第11話 夕方と夜の間

「なんなんですか、このパフェ」


 電話で呼び出され、セナと2人で兄に連れてこられたのは、街中のおしゃれなカフェだった。

 談笑していたところ、突然視界を塞ぐようにテーブルに鎮座したパフェ。

 目の前の、目線より高いクリームを目にして、感想がそれしか出なかった。

 

「友人がオーナーなんだよ。試作品を食って感想言ってくれって頼まれたんだ。大人も食べきれる優しい甘さが売りなんだと」

「だから、妹と弟は呼ばれなかったわけね」

「最低人数3人だからな」


 パフェの横幅は自分の手のひらより大きい。

 ……自分達を高く見積もりすぎではないだろうか?

 

「じゃあ、いけるね」

 

 計算ができない弟子の側に数字の話はしてはいけない。

 普段、詐欺師とか近づいてこないんだろうか。

 仕方ない。少なくとも、セナ側のクリームから片すか。


 

「そういえば、師匠は今仕事、順調なの?」

 

 説明していないことを思い出す。

 相談しておいて、報告していなかった。

 

「えぇ、おかげさまで。私の格好良さは損なわれましたが、事態は解決しましたね」

 

「そんなのあったっけ?」

「いつだってありますよ」


 むしろないと思っているのか?

 

「そうだな弟よ、ハイパーウルトラ格好良いお兄様がいるんだから、弟だってちょっとは格好良くないとな……んげっ!?」

 

 兄さんの小皿にクリームの山半分を乗せた。

 甘党ではない兄は思いっきり睨んできたが、嫌そうにコーヒーにクリームを浮かべる。

 

「クリームも牛乳も値上がりしてますから、味わって食べませんとね、兄さん」

 

「確かに、スーパーの食料品が高くなって困るんだよね。稼ぎは変わらないのに。なんとかなるもの?」

 

 セナはこれっていくらだろう、と言いながら、パフェのクリームをスプーンでつつく。

 

「こら、行儀が悪いですよセナ。ニュースでも偶に流れていますが、隣国との貿易摩擦ですね。私の知識は偏っているので……兄さん」

「あー……まぁ、関税の話だな。技術戦争とか不作から始まったわけだが」


 セナはじっと話を聞いているが、口はぽかんと開いていた。

 開いたままの口に試しにクリームを入れたら口は閉じた。

 どうやら、完全にフリーズはしていないようだ。


 「……あー、要するに、そこら辺は国の政治家とかお偉いさんがなんとかするからよ」

 

 兄は頭をガシガシとかいて、視線を逸らす。

 聞いてる人間に知識がないとできない話だったな、これは。

 

「ま、難しい話は無しだ。ともかく、何があってもおめーらは俺が食わしてやる」

 

 兄は軽く笑ったが、セナは暗い顔のままだった。

 

「ハロウィンとか、クリスマスまでには値上がり止まって欲しいなぁ。まだ先だけどさ、仮装とかご馳走、プレゼントとかって結構お金かかるじゃん?」

 

 セナは腕を組んで唸る。

 眉間に皺が寄っていたので、口元にチェリーを持って行ったら目線だけこちらに寄越したが、何も言わず黙って食べた。

 別にお金を気にしなくてもいいのに。

 

「去年はかなり仮装に力入れたしな。今年はお手軽なものにでもするか」

 

 私が狼男やりたかったのに、兄に取られた恨みは未だ持っている。

 八重歯あるんだからヴァンパイアやればいいのに……なんて言ったら私の命は消えるだろう。

 兄は歯医者が怖くて逆に毎月歯医者で検診に行き、必死に健康な歯を維持しているという拗れた歯医者嫌いで、八重歯がコンプレックスだ。

 

「年々セラピナとルクのサンタ捕獲の罠が厳しくなっていくの、なんとかなりません?玄関でスライディングしていなかったら、金槌が今頃後頭部にめり込んでいたんですよ?」

 

 毎年兄が計画役、私が実行役をやらされているせいで、私だけ年々過激になる罠に立ち向かっているのだ。

 何とかしないと、私はそのうちクリスマスに命を落とすと思っている。

 

「そろそろサンタの真実、教えたほうがいいのかな?2人はいつまでサンタを信じていたの?」

 

 セナが子どもの親ならいつかは向き合う問題に悩んでいるらしい。

 どうなんだろう。

 こういうのは、自分から気がつくまで、が一般的な気もするが。

 

「私は兄さんがピッキングで私の部屋に侵入していたのを発見した、9歳のクリスマスに気が付きましたね。黙って寝たふりをしておきましたが」

「あの頃の俺はガキだったからな。事前に弟に睡眠薬を飲ませておくという確実な手段を知らなかったんだ」


 犯罪はやめてほしい。

 

「そういう兄さんはいつ信じなくなったんですか」


 聞くと、兄は一度口を閉じ、軽く首を振った。

 

「……セナと同じだ」

 

 つまり、サンタを演じる人がいなかった、ということか。

 

「じゃあ、そろそろ気がついてもいいってことかな」


 セナは腕を組む。

 それは私にとっては朗報ではあるが。

 私の命と子どもの夢だったら、多分ここでは後者が優先されるだろう。

 

「夢見て楽しいうちは、夢を見させてあげたほうがいいと思いますよ?私は、兄さんって知る前は毎日それは楽しみで仕方ありませんでしたから」

 

 周りにサンタさんが来た!!と言いふらしていたことだけは、今思い返しても恥ずかしい。

 

「それじゃあ俺だったら嬉しくねぇってことにならねーか?

 てか、お前何も言ってなかったよな?俺、確かお前が15歳くらいまでやってたぞ?」

 

 ……まぁ、今ならバレてもいいか。

 

「兄さんって知ってからは、ちょっと高いものを兄さんの前で、具体的に口頭でお願いするようになりましたね」

 

 兄は無表情のままフリーズした。

 

 気が付かないバカな弟と思っていただろう。

 いい気味だ。

 セナは私の方を向いた。

 顔にクリームが付いている。

 

「でも、そう考えると、気がついててやっている可能性もあるってこと?」

 

「「え?」」

 

 兄と私の声が重なる。

 いや、そんな訳……ないよな?

 いやいや、怖いことは考えるのをやめよう。

 

 クリームに飽きて下のスポンジを掘って食べ始めたセナを見る。

 四角くカットされたオレンジをセナの前に差し出して、これからのお願いのお駄賃として差し出して、指令を出す。

 

「今年は、早めに探ってください。気がついているかどうか。貴方に私の命運がかかっているんですからね」

 

「そうだな。ガキの時間ってのは、長いようで短えからな。DIYなら任せろ。買い出しはケティスがやるからな」

「私まだ何も言ってませんけど?」

 

「じゃ、買い出しはあたしが行くよ。師匠はお菓子でも作ってよ」

「それなら私が買い出し行くんでいいです。セナは監視役に徹してください」

 

 セナは不服そうだ。

 でも、寒い中買い出しに行かせるわけにはいかない。


「というか、なんのプランも決めてないのに役割だけ先に決めても意味がないんじゃありません?」

「そうだな。じゃあ、内容はケティスが決めて、買い出しはケティス、必要なものの組み立ては俺、音楽、脚本演出はケティス、衣装作りケティス、調理がセナにしよう」

 

「ちょっと!?」

 

 セナが声を出して笑う。

 

「年末は仕事に行けなくなりそうだね、師匠」

 

 

 結局、食べ切るまでに夕暮れが来てしまった。口の周りが拭いても油っぽい。

 

「また来たいね」

「そうだな」

 

 信じられない。

 食べきれないと死にそうな顔で30回は言ってたのに。

 兄と目が合うと、兄は私の頭をわしわしかき混ぜる。

 頭のくせ毛がより強くなるから、やめてほしい。

 

「俺は、お前にはそういうアホで居続けて欲しいと思うぞ、弟よ」

「はぁ〜!?アホっていうほうがアホなんですよアホ兄さん!」


 不服だ。

 なのに、セナまで乗ってくる。

 

「アホアホいうと、猿の鳴き真似っぽいよ師匠」

「セナまで何いうんですか!!セナのバカ!おたんこなす!!」

 

 私が怒るほど、2人が笑う。

 

 口は曲がるけれど、なぜか、不快ではなかった。

 

「あーあ、日が暮れるね」

 

 セナは背中に手を回すと、赤い夕日を見て呟く。

 

「あんま夕日って、好きじゃないんだけどな。1日が終わる合図みたいじゃない?」

「確かにガキの頃とか、沢山遊んでいる時ほど夕方は来てほしくなかったよな」

「そうですか?」

 

 私はもう一度夕日を見る。

 その間にセナが立っている。

 逆光で表情は見えないが、笑っているんじゃないかと思った。

 

「私は単純に、綺麗だから好きですよ」

 

 振り返ると、藍色に染まり始めた夜と兄がいる。

 夕日が眩しいらしく、顔の前に腕を出して影を作っているようだ。

 口元が笑っている。

 

「ま、夜も好きですけどね」

 

「なんだそれ。まぁ、そういう好き嫌いないのがお前らしいけどよ」

 

 ん?

 勘違いをされているっぽいな。私は訂正する。

 

「私、朝は苦手ですよ?眠いので」

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神さまが眠るあいだに ーー名もなき星が落ちる夜 荒涼 素依 @Arasuzu_Soi

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