第10話 俺たちの中将と参謀
あれから。
仕事そのものは、何も変わっていない。
ただ、なんと言うのだろう。
今まで、怖がられていたのだろう。
鬼教官と陰で呼ばれていたことは知っていた。
「あ、俺たちのリチェルカルド中将!!おはよーございます」
「……おはよう」
俺たちのってなんだ。
「元気出してくださいよ!!一緒にレイヴァー少将の講義受ければ、彼女なんてすぐできますって!!」
「嫌だが……?」
なんだか、特に部下達からの距離が生暖かくなった気がするのだ。
親近感と引き換えに、私が大切に守ってきた上司像が、あの日に壊された気がする。
戻る日は来るのか?
これが良かったのか、悪かったのかは分からないが、多分取り返しはつかない。
それだけは確信できた。
「リチェルカルド中将!!次はオセロで勝負です!!食堂で待ってるんで!!逃げ出ないでくださいよ!!」
「君が食堂に来るなと言ったはずだが。ジェイク君」
「ジャックです!!」
あと、勝負がついた筈なのに、少年はずっと私に勝負を挑むようになっている。
運勝負とかパズルなんかは彼が勝っていることもあるのに、圧倒的勝利数になるまでカウントしているらしく、終わる気配がない。
「君にとって最終的な勝利条件はなんなんだ?ジャム君」
「僕はパンに塗るもんじゃありません!!ジャック!!貴方に100勝の大差をつけて、周りに圧倒的勝利を認めてもらうことです!」
「100勝するって……それは今後、私は3桁、あるいは4桁の勝負に付き合う必要があると言うことか?ガム君」
「ジャック!!噛まない!!最短で100勝ですから」
自信満々に言っているが、勝率は私の方が高い。
なんだろう。
このアホさ、弟子の満面の笑みでパズルに間違えている時に似ている。
この前なんか、弟子はジグソーパズルの違うピースを指で無理やり押し潰して、「ハマった!完成だ!」と嬉しそうに飛び跳ねていたな。
私はツッコミを入れようとしたが、褒めて欲しそうだったので、諦めて頭を撫でた。
それと近い。
多分、頭も筋肉でできているタイプで、勝てたら何でもいいのだろう。
私は自分から少年に近づいて、顔をまじまじと観察した。
「ジューン君、君はもしかして、算数が苦手なタイプかな?
あぁ、心配しなくていい、人は誰でも苦手はある。大人のための学び直しの場所を知っているんだが、紹介しようか?」
弟子が自分の学歴を気にしていた時、色々調べたのだ。
結局、稼ぐのに忙しいと断られたが。私がその間援助してもいいと言ったのに。
「……わざとですね?バカにするのも今のうちですから!!
見ていてくださいよ!!貴方が泣きべそかく姿が容易に想像できますからね!!」
「そうか、期待しているよ、ブラック君。会議があるんで、失礼するよ。次の試合が決まったら、呼びにきてくれ」
「名前もちゃんと呼ばせますから!!」
手をひらひらと降って、私はその場を離れた。
一度資料を取りに自室へ戻ると、レイヴァーが珍しく書類を眺めていた。
机に足を乗せているので、姿勢は最悪だが。
「珍しいな」
そういうと、レイヴァーは書類から目を離して眉を上げた。
「お前こそ、珍しいじゃないか。職場で笑ってるなんて」
「そうか?気のせいじゃないか」
「……ふぅん?気のせいかもな。ところで、次の会議で、中央に行くメンバーが決まるみたいだぞ。一部、お前も推している者もいるが。どうする?」
脳裏にチョコスコーン好きのあの上官が思い浮かぶ。
「遠慮したいところだが。私が行くところで、中央の上層部の意見に各地区が頷くだけの状態は変わらないだろう」
私は椅子に座るとレイヴァーに顔を向けた。
「むしろ、私が行くことで他の地区から見た東部軍の印象が悪くなることが見えている。私は……良くも悪くも、有名だからな」
「分かった。じゃあ、会議前に仲のいい上官達何人かに言っておこう。逆に推したい人はいるか?」
推したい者か。
誰が入れられるか、誰が入れられたいか。
推考し、リスクがないことを踏まえて提案してみる。
「軍医を最低1人は入れたい。できれは、3、4名。軍医の各地の交流の機会が少ないと聞いた。予算上はそんなに掛からないだろうから、話は通しやすいと思うんだ」
「了解。1名ならある程度上のもの、3、4名なら意欲のある若手も入れよう」
「頼む」
人脈作りに関して、レイヴァーの右に出るものはいないだろう。
そう話すと、レイヴァーは毎回、伊達にサボっていないからな、と不敵に笑う。
「私も人脈作りを頑張らないと、とは思うんだが。この前もそうだが、私はどうやら共感性がないのかもしれない」
反省してはいるが、じゃあすぐに頑張って身につくものでもない。
水筒の水でそれ以上の弱音を流し込む。
レイヴァーは別にいいんじゃないか、と書類で紙飛行機を作ってこちらに飛ばしてきた。
危ないな。
というより遊ぶな。
「私が用意した道具を使うのはお前だがな。
私は用意する能力はあっても、使う能力はない。話題は提供できても、カリスマ性はない」
そうだろうか。
カリスマ性がどういうものか分からないが。
……いや、分かりたくない、のかもしれないが。
「お前だったら、私がいなくても、昇進の道は固いと思っている」
そう言っても、この男はくつくつと薄く笑う。
私も、こんな話をしたところでこの男の意見が変わるとは、思っていない。
「私だけだと動機がない。私はお前の夢に、全ベットしているんだ。お前の夢が1番愉快そうだからな」
多分、子供の頃の話をしているのだろう。
昔、一度だけ軍学校でただのクラスメイトだったレイヴァーに語った夢。
“僕は、将来軍のトップになる。父を引き摺り下ろして、本当に平和な国を作る“
周りからは信じてもらえなかったが、レイヴァーだけはそれからずっと私にしつこくついてきて一緒に行動してくるようになった。
狡猾で、享楽的なこの男は子供だった私の夢にずっとついてきている。
私も変えるつもりはないが、人の夢にここまでついて来れる人間は早々いないし、私自身もびっくりはしているが……ここまでくると、私だって信じざるを得まい。
私は立ち上がり書類の冊子を掴むと、レイヴァーの机に置いた。
「そろそろ行くぞ、参謀」
レイヴァーは胡散臭く、それでも頼もしく笑う。
「分かりましたよ、未来の総統様」
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