明けまして――
苗奈えな
明けまして――
「就職活動はしてるのか?」
定年が見え始めた年齢の父の声は、酒の匂いを含んでいた。
年末の居間には、テレビの音と笑い声が満ちている。画面の中では、紅い衣装を着た歌手が流行りの曲を大げさな身振りで歌っていた。台所からは、母が皿を重ねる乾いた音が聞こえる。
「うるさいな」
聡はソファに深く腰を沈めたまま、テレビ画面から目を離さなかった。
わざと見ない。ここで視線を向けたら、また続きを言われる。
態度で話を終わらせたつもりだったが、父には伝わらなかったようだ。
「うるさい、じゃないだろ。もう何回目だ? 今年ももう終わるんだぞ? いつになったら就職するんだお前は」
父は肘を膝に乗せ、少しだけ身を乗り出した。酔っているはずなのに声は妙に落ち着いていて、逃げ場を塞ぐように低い。
「それで? 就職はどうなった」
その問いが落ちた瞬間、居間の空気が目に見えて沈んだ。さっきまで漂っていた酒と料理の匂いが、急に重く感じられる。テレビの歌声だけが、場違いなほど明るく響いていた。
「……うるせえって言ってんだろうが」
聡は視線を上げないまま、喉の奥に溜まったものを無理やり押し出すように言った。
「いい加減その態度をやめろ。子どもじゃないんだから」
父は声を荒げない。諭すようなその口調が、かえって逃げ場を塞ぐ。
分かっている。言われなくても分かっている。図星だからこそ、胸の奥が熱くなり、腹が立つのだ。
「うるせえもんをうるせえって言って、なにがわりいんだよ」
「なんでそういう態度をとるんだ。35歳にもなってみっとも――」
最後まで聞かなかった。
父の言葉が続くより先に、体が動いた。テーブルの上に置かれていたリモコンを掴み、考える間もなく壁に向かって投げつける。乾いた衝撃音が居間に響き、リモコンは床に跳ねて転がった。
「うるせえって言ってんだろ! 年末なのに、そんな話すんじゃねえよ!」
声を張り上げた瞬間、胸の奥に溜まっていたものが一気に吐き出される。驚いた顔をする父の顔を見ると、熱くなっていた胸が少しだけ冷えた気がした。
聡は立ち上がり、悲し気な顔をしている母の横を通り過ぎて、そのままリビングを出た。背中に両親の視線を感じたが、振り返らない。
自室のドアを開け、そのまま力任せに閉めた。
バン、という鈍い音が部屋に響く。
その音を境に、居間のざわめきは一気に壁の向こうへ追いやられた。テレビの歌声も、両親の気配も、すべてが遠くなる。
部屋は暗かった。カーテンは常に閉め切られたままで、外の光はほとんど入らない。年末の冷えた空気が、誰もいない部屋に溜まっている。
聡はベッドに寝転んで、深く息を吐いた。
聡は、自分の年齢の話をされるのが嫌いだ。年齢を意識した途端、何もしてこなかった時間が、まとめて押し寄せてくる気がするからだ。
高校の頃は、勉強を頑張った。成績も悪くなく、周りからは「いい大学に行ける」と言われていた。実際、名の知れた大学を出て、誰もが知るような会社にも入ることができた。
その時は、本気で思っていた。これで人生は安泰だ、と。
だが、その安泰な人生とやらは長く続かなかった。研修を終えて配属された先で受けたのは、壮絶なパワハラだった。小さな棘ではあったが、上司の言葉一つ一つが重なり、気がつけば会社に行くこと自体が怖くなっていた。
結局、勤めたのは一年にも満たない。その後は、次を決めるでもなく、ただ時間に流されるまま、気がつけば今の年齢になっていた。
大丈夫。本気を出せば、まだ間に合う。人生はいつだってやり直せるのだから。
何もしていない自分をはっきり認めてしまえば、その瞬間に、これまで必死に積み上げてきた言い訳も、「まだ大丈夫だ」と踏みとどまってきた理由も、音を立てて崩れ落ちてしまう気がしていた。
だから聡は、そうなる前に声を荒げる。感情を先にぶつけてしまえば、相手の言葉は途中で遮られ、耳の痛い話はそれ以上踏み込んでこない。怒りの言動は、現実に触れさせないための、薄くて脆い壁だった。
気持ちを切り替えるように、聡はポケットからスマホを取り出した。
画面を点けると、時刻は23:58を示している。年が変わるまで、もう僅かしかない。
Youtubeを開くと、おすすめ欄の一番上に見慣れたサムネイルが表示された。考えるより先に、それをタップする。
推しの配信だ。
神様モチーフのVtuberだ。
画面に映っているのは、巫女服を思わせる白と朱の衣装をまとい、頭に狐の耳を生やした少女の姿だ。背後には、簡素な社殿が描かれている。
今日彼女がしているのは、年越し配信だった。配信画面の左側には、現在の年月日と時刻が表示されていた。
本当は、配信が始まる瞬間から見たかった。だが年末くらいは家族と過ごせ、と父に言われ、しぶしぶリビングで時間を潰していた。その結果が、さっきのやり取りだ。
もういい。あんな空気の中に戻る理由はない。それなら、推しと過ごすしかないだろう。もともと心待ちにしていた配信だ。少なくとも、家族と同じ部屋で黙り込んでいるよりは、ずっと楽しいはずだった。
『あと2分だよ。みんな準備できてる?』
鈴を転がしたような声が、スピーカー越しに部屋へ広がる。柔らかく澄んでいて、自然と耳に残る声だった。
『できてるよー』
『初詣に来ました』
『参拝納めと参拝初め、同時にしてやるぜ』
『ご利益ください』
今注目されているVtuberなだけあって、同時に視聴している人の数は四桁を超えている。画面下のコメント欄は、読み取る間もないほどの速さで流れ続け、年越し前の浮き立った空気をそのまま映している。
『神様になんでも言ってね。願い叶えてあげるよん』
画面の中の神様は、冗談めかした軽い調子でそう言った。
『それにしても、年越しを一緒に過ごせて嬉しいなあ。ここにいる皆で年越そうね』
聡はベッドに寝転んだまま、スマホの画面を見続ける。薄暗い部屋には、自分の呼吸の音と、スピーカーから流れる彼女の声だけがある。
この空間では、リビングで浴びせられた問いも、責める視線もない。
彼女は、聡を怒らない。
彼女は、聡を責めない。
彼女だけが、聡を受け入れてくれる。
『そういえば、みんなは自分の今年の目標、ちゃんと達成した? 神はねー、ちゃんと達成できたよ』
彼女の今年の目標はなんだっただろうか。
たしか一つは、『信者(=チャンネル登録者数)を十万人以上にする』こと。もう一つは、『たくさんの人を、良い方向に導く』ことだったはずだ。
そう考えれば、前者はすでに達成されている。画面の下の方に表示されている登録者数は、現在十五万人をゆうに超えていた。
では、後者はどうなのだろうか。
答えは分からない。ただ、彼女自身が「できている」と言うのなら、そうなのだろう。それを疑おうとは思わない。
彼女の一言をきっかけに、コメント欄は再び加速していた。
『達成した!』
『無理でした……』
『来年がんばる』
コメントが、噴水のようにすごいスピードで上昇していく。喜びも悲しみも区別されることなく、すべてが同じ速さで押し流されていった。
『できなかった人も大丈夫だよー。来年頑張ろう!』
声は相変わらず優しい。語尾も柔らかく、失敗した人を責めるような棘は感じられない。スピーカー越しに流れるその声音は、暗い部屋の空気を静かに撫でるようだった。
それでも、聡の胸の奥では、さっきのリビングの空気がざらりと音を立てて擦れた。酒の匂いを含んだ低い声。逃げ場を塞ぐように落とされた問いかけ。その感触が、時間差でじわじわと染み出してくる。
父の声が、輪郭を伴って、はっきりとよみがえった。
『でも、正直にね。嘘はダメだよー。罰が当たるからねー』
神様の優しい声が、途切れずに耳へ流れ込んでくる。
画面左の時計が静かに切り替わり、『2025/12/31/23:59:01』を示した。残り一分。数字だけが、やけにくっきりと目に入る。
聡はスマホのキーボードを呼び出し、指を動かした。
「できなかった」
正直な言葉を打ち込み、送信ボタンの手前で、指が止まる。
その間にも、コメント欄では無数の言葉が流れ続け、彼の迷いなど意に介さないまま画面を埋めていった。
『高校受験合格したよ!』
『資格取れた!』
『昇進したー』
なぜだろう。良い報告ばかりが目につくようになる。
『おお、みんなすごいねー! おめでとう!』
画面を流れる言葉の一つ一つが、推しの褒める言葉が、胸の奥を小さく叩いて心をざわつかせる。
――こいつらに負けたくない。それに、推しにがっかりされたくない。
視線を逃がすように、聡はスマホを握り直し、親指でスパチャのボタンを押した。
金額を入力する画面が開く。
せっかくだし、目立つ色の金額にしよう。そんな考えが、理屈というより反射に近いかたちで浮かぶ。親のクレジットカードだし、今さら気にする理由もない。
一万円を入力し、コメントを打つ。
『稲荷ちゃんの配信見て、頑張って就職できたよ!』
送信。
画面が一瞬だけ止まったように感じられた。次の瞬間、胸の奥にじわりとした熱が広がる。
推しに、嘘をついてしまったのだと、遅れて実感する。身体とは対象に、部屋の空気がほんの少しだけ冷えた気がした。
その妙な背徳感を抱えたまま、聡のコメントは赤い枠に囲まれ、画面の上部に固定表示された。流れ続ける無数のコメントの中で、そこだけが動かず、目に残り続ける。
そして、そこにあるコメントは絶対に配信で読まれる。
『お! お賽銭ありがとう』
神様は、ほんの一瞬だけ目を細めた。その仕草は親しげで、見下ろすでも、拒むでもない。だが同時に、なにかの反応を確かめるようにも見えた。
『就職できたんだ! おめでとう!』
声色は、配信が始まったときから変わらない。柔らかく、迷いのない肯定だけを含んでいる。
『ちゃんと前に進めたんだね。えらいね』
コメント欄が、一斉に明るい言葉で埋め尽くされる。祝福の流れが画面を覆い、画面の向こうから押し寄せてくるように、静かに、しかし確実に逃げ場を塞いでいった。
――なんだか、首輪みたいだな。
聡はそう思った。首の根元に、見えない重さが触れた気がする。祝福の言葉が増えるたび、その重さが少しずつ積み重なり、外れない輪となって、ゆっくりと締まっていく感覚があった。
『神様、ちゃんと見てるからね』
その一言で、背筋が冷えた。肌の表面をなぞるような寒気が、首筋から背中へ落ちていく。
――そういう設定だ。キャラだ。
そう言い聞かせても、「見てる」という言葉だけが、妙に現実味を帯びて残る。
その瞬間、部屋の外の音がすっと遠のく。テレビの音も、うるさい両親の気配も薄れ、自分と彼女だけしかいないように感じられた。
なんだろう、この感覚。せっかく推しから向けられた言葉のはずなのに、胸の内側に薄い膜が張るみたいに、温度だけがすっと下がった。嬉しさより先に、理由の分からない居心地の悪さが、喉の奥に引っかかる。
『じゃあ、いくよ!』
気がつけば、画面の空気が切り替わり、カウントダウンが始まっていた。
『十、九、八……』
神様の声に合わせて、数字が一つずつ減っていく。コメント欄の流れは極端に遅くなり、皆が「明けましておめでとう」を打つ瞬間を待ち構えているのが分かる。中には、待ちきれずに先走る文字も混じっていた。
置いていかれるような気がして、聡も慌ててチャット欄に指を伸ばす。
『三! 二! 一!』
『明け──』
突然、視界が塗り潰されたように白く弾けた。
目の前にあった画面も、部屋の暗さも、一瞬で消える。輪郭という輪郭がほどけ、何も見分けられなくなる。
同時に、音が途切れた。スピーカーから流れていた声も、画面も、すべてが真空に吸い込まれたように消失する。
やがて、完全な無音の底へ、声だけが静かに落ちてきた。
『あと2分だよ。準備できてる?』
さっき聞いたばかりの調子だ。耳の奥にまだ残っているはずの高さと、違いがまるで分からない。
次の瞬間、視界が急に引き戻され、聡は自分の部屋にいることに気づいた。
カーテンの閉め切られた、暗い部屋。
「は?」
聡は、思わず瞬きを何回もした。白い光の残像が、まぶたの裏に焼きついたまま、なかなか消えない。
頭がぼうっとする。酒は一滴も飲んでいないはずなのに、足元が少し揺れるような感覚があり、部屋の輪郭がふわりと歪んで見えた。
――寝てたのか?
一瞬、そんな考えが浮かぶ。
確かめよう。
聡は無意識のうちに、自分の状況を一つずつ確認し始めていた。
スマホは、まだ手の中にある。画面は点いたままで、じんわりとした熱が指先に伝わる。
――今は、何時だ。
そう思って、視線を左へ動かす。
配信画面の左側。
そこに表示されている時刻は、『2025/12/31/23:58:43』。
「……やっぱり夢だったのか?」
さっき、23:59まで行った。
カウントダウンもした。
でも、どうやら夢だったようだ。
聡は指で画面をなぞり、コメント欄を少しだけ上へ戻した。
そこで、神様が言う。
『そういえば、みんなは自分の今年の目標、ちゃんと達成した? 神はねー、ちゃんと達成できたよ』
その瞬間、胸の奥がきゅっと縮んだ。
聞き覚えのある言葉だった。あまりにも、はっきりと。
心臓が一拍、遅れて跳ねる。どきり、という感覚が胸の内側に残り、理由も分からないまま気味の悪さが広がっていく。
言葉が詰まった。さっきとまったく同じ言葉。
しかも、画面に並ぶ文字の配置まで、嫌になるほど見覚えがあった。
『達成した!』
『無理でした……』
『来年がんばる』
同じ。
順番まで同じ。
まるで録画をもう一度再生しているみたいに、同じ速さで流れていく。
喉の奥が、急にからからに乾いた。
息を吸おうとしても、空気がうまく喉を通らない。舌が上顎に張りつき、つばを飲み込もうとしても、かすかな痛みだけが残った。
さっき自分が送ったはずの言葉が、頭の中によみがえる。文字の並びも、送信ボタンを押した瞬間の指の感触も、はっきり覚えている。
それなのに、その痕跡が画面のどこにも見当たらない気がして、視線を動かすことができなかった。
聡は、画面から目を離せなくなる。
なにも出来ないまま配信を見つめ続けていると、スピーカーから、また同じ声が流れ出した。
『あと2分だよ。準備できてる?』
胸の奥のざわつきが収まらないまま、聡はベッドから急いで身を起こした。シーツが擦れる音が、やけに大きく耳に残る。
画面の左に表示された時刻は、『2025/12/31/23:58:04』。
さすがにおかしい。
聡は腰を上げ、自室のドアへ向かった。床に落ちた自分のうっすらとした影が、一歩踏み出すたびに揺れる。ほんの数歩の距離なのに、空気が重く、やけに遠く感じられた。
ドアノブに手をかけた瞬間、金属の冷たさが掌に貼りついた。思わず指先に力がこもり、無意識に握り込んでしまう。
ひねる。だが、返ってきたのは動きではなく、内部で詰まったような鈍い抵抗だった。
取っ手は、途中で何かに噛み合ったまま固まり、まったく下がらなかった。
「……え?」
もう一度、力を込めて押した。
金属がきしむ音だけが、静まり返った部屋に不自然に響く。内部で何かが歪んだような感触が、手首を通して伝わってきた。だが、ドアノブは途中で突き当たったまま止まり、ドアは微動だにしない。
鍵なんて、かけていない。
聡は一度ノドアブから手を離した。掌に残った冷たさを振り払うように、短く息を吸い、吐く。胸の奥で、焦りだけが空回りしていた。
そして、今度は意識して、体重を預けるように力を込めた。
がっ、と乾いた音が鳴る。その音だけが、開いた証拠のように虚しく残り、ドアはやはり動かなかった。
背中に、じっとりとした嫌な汗が伝い落ちる。
「……なんでだよ」
誰に向けたわけでもない声が、喉の奥で擦れ、乾いた息と一緒に漏れ出た。自分の声なのに、ひどく遠く感じられる。
拳で、ドアを叩く。
鈍い音が、壁の内側に吸い込まれるように消えた。跳ね返るはずの反響はなく、叩いた感触だけが拳に残り、次の瞬間にはそれすら曖昧になる。
息を殺し、耳を澄ませてみる。
だが、聞こえてくるはずの音が、何ひとつない。テレビの音も、両親の気配も、生活の音さえも消えていた。鼓動の音さえ、胸の内側でくぐもっている気がした。
――静かすぎる。
慌ててカーテンに手を伸ばし、勢いよく引き開けた。普段なら、隣の家の窓から漏れる明かりや、遠くの街灯の光が目に入るはずだった。だが、そこにあったのは、奥行きの分からない闇だけ。夜空とも違う、貼り付けたような黒が、窓の向こうに広がっている。
嫌な予感に駆られ、窓に手をかける。引こうとしても、押そうとしても、びくりとも動かない。ドアと同じだ。
この部屋だけが、家から切り離されている。分厚い壁ではなく、見えない蓋で密閉された箱の中に押し込められ、外の世界と完全に遮断された。そんな感覚が、遅れて、じわじわと全身を包み込んできた。
その静けさを破るように、背後でスマホから声がする。
『あと2分だよ。準備できてる?』
反射的に、振り返った。
画面には、さっきと寸分違わない光景が映っている。
同じ言葉。
同じコメント。
そして、12月31日の表記。
「なんだよこれ!?」
逃げ場を探すように、聡はドアノブに縋りつき、もう一度ひねった。喉の奥から、言葉にならない息が漏れる。
爪が金属に食い込み、手のひらが裂けそうなほど力を込める。力を入れるたび、指先が痺れ、皮膚の感覚が薄紙を剥がすように削がれていった。自分の手なのに、どこか他人のものみたいだ。
それでも、ドアは開かない。びくりともせず、こちらの必死さを受け止める気配すらなかった。
体当たりする。肩からぶつかり、鈍い衝撃が骨に響いた。それでもドアは、揺れもしない。続けて窓へ向かい、拳を振り下ろす。ガラスに当たったはずの感触は、硬さを失い、殴った腕だけが痺れた。割れる音も、罅の走る気配もない。
息を荒くしながら、その場に立ち尽くす。
――出られない。
その事実が、すぐには飲み込めず、胸の奥で行き場を失って暴れ始めた。心臓の鼓動が一拍ごとに大きくなり、息の仕方が分からなくなる。理解より先に、焦りだけが身体を満たしていく。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
叫び声と一緒に、理性が弾け飛んだ。聡は机に手をつき、置かれていた物をなぎ払う。ペン立てが倒れ、床に散った文房具が乾いた音を立てて転がる。引き出しを乱暴に引き抜き、紙束を掴んでは投げ捨てた。白い紙が宙を舞い、壁や床に貼り付いていく。
ベッドに向かって蹴りを入れる。マットレスが歪み、枕が跳ね上がって床に落ちた。棚に置いてあった小物が次々に落下し、割れないはずのものまで壊れたような音を立てる。何かを確かめる余裕もなく、手当たり次第に掴んでは投げ、叩き、踏みつける。
呼吸は浅く、視界が狭まる。自分が何を壊しているのか分からない。ただ、動きを止めた瞬間に、この部屋がまた迫ってくる気がして、やめられなかった。
『でも、正直にね。嘘はダメだよー』
散らかる床の上で、変わらない優しい声が続いている。その声音だけが、この密閉された部屋に響く。
配信画面の左に表示される時刻は、2025/12/31。
『罰が当たるからねー』
神様は、ずっとそこにいる。
神様は、ずっと見ている。
明けまして―― 苗奈えな @anioji
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