第4話 事故物件の幽霊は、スマホがお好き

街外れの森の奥。


 そこに建っていたのは、ツタに覆われた古びた洋館だった。


 かつては貴族の別荘だったのだろう。造りは立派だが、窓ガラスは割れ、庭は荒れ放題。


 そして何より――空気が重い。


 夕暮れの薄暗さと相まって、完璧な「出る」雰囲気を醸し出している。


「……おいアリス。ここ、マジでヤバくないか?」 


「そうですか? 見てください店長、この柱! 総大理石ですよ! 切り出して売れば一本100万Gは下りません!」


 アリスは恐怖など微塵も感じていない様子で、柱をコンコンと叩いて「いい音です♡」と査定している。


 たくましい奴だ。


 俺はため息をつきつつ、ハンドガン(ベレッタ)に装着した『タクティカルライト(戦術用照明)』を点灯させた。


 カチッ。


 強烈なLEDの光が、埃っぽいホールを切り裂く。


「……お邪魔します」


 ギィィィ……と錆びついた蝶番を鳴らして、重厚な扉を開ける。


 その瞬間だった。


『……帰れ……』


 ヒュオオオオ……と冷たい風が吹き抜け、どこからともなく女の声が響いた。


『……ここハ……ワタシノ……場所……』


「うおっ!?」


「で、出ましたね!」


 次の瞬間、廊下に置かれていた古い椅子や花瓶が、ひとりでにガタガタと震えだし――ふわりと浮き上がった。


 ポルターガイスト現象だ!


「店長! 来ますよ!」


「くそっ、物理無効の幽霊相手に、一発100円の弾を撃てるかよ!」


 俺はとっさに身を屈める。


 浮遊した椅子が、俺の頭上をかすめて壁に激突し、木っ端微塵に砕けた。


「アリス! 伏せろ! こいつら実体がないから銃が効かねぇ!」


「ええっ!? じゃあどうするんですか! 家賃0円が逃げちゃいますよ!」


「命の方が大事だろうが!」


 その時。

 ホールの階段の上に、「それ」が現れた。


 透き通るような黒髪を長く伸ばし、白いドレスを纏った、青白い顔の少女。


 彼女は虚ろなアメジスト色の瞳でこちらを見下ろし、スッと手を上げた。


『……出て行けと言っているのです……!』


 ズズズズ……と、巨大なタンスまでもが浮き上がり、俺たち目掛けて飛んでくる。


 殺す気だ! こいつ、ガチの悪霊だ!


「ちっ……! だったら、これならどうだ!」


 俺はハンドガンの銃口を彼女に向けた。

 だが、引き金は引かない。


 代わりに、銃身下部のスイッチを最大出力に切り替えた。


『戦術閃光(ストロボ)モード:ON』


 バチバチバチバチッ!!!


 暗闇の中で、超高輝度のLEDライトが激しく点滅した。


 これは本来、突入時に敵の目を眩ませるための機能だ。


 だが、薄暗い屋敷に引きこもっていた幽霊にとって、現代の「人工的な光の暴力」は劇薬だったらしい。


「きゃあああああっ!?」


 幽霊の少女は悲鳴を上げ、両手で顔を覆った。


「ま、眩しいっ! 何ですのこれ!? 太陽より眩しいですわーッ!?」


「今だアリス! 確保……は無理だから、とりあえず説得だ!」


「了解です! あの、幽霊さん! 私たち怪しいものじゃありません!」


 俺がライトを消すと、少女は目を白黒させながら、ふらふらと空中に漂っていた。


 浮いていた家具がドサドサと落ちる。


「はぁ、はぁ……。な、何なのですかあなたたちは……。いきなりあんな『光の魔術』を使うなんて……」


 少女が涙目で睨んでくる。


 ……あれ?


 よく見ると、めちゃくちゃ美人だ。


 深窓の令嬢というか、どこかの国のお姫様のような品がある。


 ただ、体が半透明で透けていることを除けば。


「俺たちはただの貧乏な冒険者だ。家賃が安い……いや、タダだと聞いてここに来た」


「タダ? ふん、ここはわたくしの城ですわ。人間風情に貸す部屋などなくてよ」


 彼女はプイと顔を背けたが、その視線がチラチラと俺の腰元に向けられていることに気づいた。

 俺のポケットに入っている「スマホ」だ。


 ライトの操作のために取り出した画面が、まだ光っている。


「……その、光る板。それは何ですの?」


「これか? これはスマートフォンっていって……」


 俺が画面を見せると、彼女はスルスルと降りてきた。


「なんて繊細な光……。魔導具? いいえ、魔力を感じませんわ。……不思議。すごく……引かれますわ」


 彼女は吸い寄せられるようにスマホに顔を近づけ――。


「ちょ、近い! 触ると冷たっ……!」


 彼女の指が画面に触れた、その瞬間。 


 シュゥゥン! という音と共に、彼女の体が霧のように吸い込まれてしまった。


「うおっ!? 入った!?」


 俺の手の中で、スマホがブルブルと震える。

 そして、画面の中に『ドット絵の黒髪少女』が表示された。


『あら? あらあら? 何ですのこの空間! すごく居心地がいいですわ!』


 スマホのスピーカーから、彼女の興奮した声が聞こえてくる。


『電気? 電子の海? 狭い屋敷とは大違いですわ! すごい! 速い! わたくし、こんなに速く動けますのーッ!?』


 画面上のアイコンが勝手に動き出し、カメラアプリが起動したり、ライトが点滅したりと大暴走を始めた。


「店長! スマホが乗っ取られてます!」


「おい幽霊! 勝手に人の電池を消費するな! 出て行け!」


『嫌ですわ! ここ、気に入りましたもの! わたくしの名前はレイ。この屋敷の主にして、かつての王女ですわ!』


 画面の中で、レイと名乗った元幽霊・現スマホアプリ(?)が、高笑いを上げた。


『あなたたち、ここに住みたいのでして? ならば条件がありますわ!』


「じょ、条件?」


『わたくしとここから出ること! ずっとこの屋敷に縛られて退屈でしたの。でも、この「スマホ」という乗り物があれば、どこへでも行けますわ!』


 レイの声は、数百年の退屈から解放された喜びで弾んでいた。


『わたくしを冒険に連れて行きなさい! その代わり、この屋敷は好きに使ってよろしくてよ! あと、わたくしがあなたの道具(ガジェット)の制御をサポートして差し上げますわ!』


 俺とアリスは顔を見合わせた。


 家賃タダ。


 しかも、現代兵器の制御サポート付き?


「……店長。これって」


「ああ。……爆アド(爆発的アドバンテージ)だな」


 こうして。

 幽霊屋敷の主、古代の王女(自称)レイは、俺のスマホに取り憑くことで「3人目の仲間」となった。


 だが俺はまだ知らなかった。


 彼女がただのサポートAIなどではなく、「ミサイルに憑依して敵に特攻する」ことを至上の喜びとする、とんでもないスピード狂であることを。


『さあマスター! 早速外へ出ましょう! まずは全速力で走ってくださいまし! 風を感じたいですわーッ!!』


「充電減るから静かにしてくれぇぇ!!」

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2025年12月28日 19:23
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2025年12月30日 19:23

現代兵器チートだけど「弾代」が高すぎて万年赤字です。~「素材回収」の聖女と、「ミサイル特攻」の幽霊王女と一緒に、世界一せちがらい冒険始めました~ @pepolon

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