お仕事開始

第2話「役割というもの」

「うーん、改めてイラストレーターさんに感謝すべきか? それとも勝手にサークルメンバーをモデルにしてたことに対して肖像権の侵害を訴えるべきか? わかんねぇなこれ」


 幸いにしてポップしたフィールドはまだ低難易度な場所で、セーフエリアが近くにあった。

 やって来たセーブポイントであるクリスタルに映る自分を見れば、なんとなくゲームキャラクターにしたらこんな感じだろうという自分の姿が映って一安心である。


「さて、と」


 一番の懸念は何だったかと言えば、既に俺へ何らかの役割ロールが与えられているかどうかだった。

 ここでもし自分の姿が主人公である勇者の姿をしていたらやってられるかと匙を投げていたところだろう。


 だが杞憂に終わった。

 クリスタルを操作して浮かび上がったヤマト・アキラというステータス一覧に主人公、あるいは主人公パーティを匂わせる一文は何処にもなく、ひとまずただのNPCに近い位置に設定されていると思いたい。


「んー……パラメーター的には、騎士タイプか? 悪くはないな」


 敵対存在、つまるところモンスターと戦う必要があるのかと問われればある、いやだって出現するモンスターはフルアクティブで、こっちが何をしなくとも勝手に襲ってくるし。


 ただ、戦う意味はあまりない。

 俺がすべきことは攻略ではなく修正作業だ、デバック作業に向き合うためにある程度レベリングなんかはしなくてはならないが、それだけである。


 そう言う意味から必要なステータスを確保しやすいだろう騎士タイプはありがたいと言える。


「レベリングね。ここら辺でいい場所、あったけかな」


 転移してきたこのフォルトゥリアが、俺の知るマップと変わらないのであればという前提だが、ここはゲーム序盤に訪れる草原マップだ。

 近くに冒険を始める準備をするための街……というか村はあるが、初期装備よりはマシ程度の装備しかない。


 だったら少し先に行ったところにあるだろう、グレイブスの洞窟あたりが良いか。


「次元収納には……っと。うん、ロングソードが一本ね、十分だ」


 パラメーターに応じて収納できるインベントリには剣士か騎士タイプの初期装備として持たされるロングソードがあったし、わざわざ村に行って準備をする必要はないだろう。


 ただ、問題があるとすれば。


「現実世界でもっと運動でもしておくべきだったかな? ゲームってことで身体動いてくんないかな」


 アクションゲームが故に激しい動きを求められる。

 緊急回避であるローリングとかぶっちゃけ出来る気がしないんだよな。


「でも出来なきゃ死ぬしなぁ……よ、っと」


 試しに何も考えず前転っぽいことをしてみれば。


「ふむ。動きはする、な。何かちょっと疲れた感があるのはスタミナゲージが減った感触か」


 ゲーム世界万歳、ご都合万歳。

 緊急回避に、ステップ動作、ロングソードを手に持って素振りしてみれば中々サマになっている風味がある。


「なら後は反射神経だなんだって部分だけど……三十路のおっさんに求めるもんじゃないっての。はぁ、スキルツリーはそっち系伸ばすとするか。危機察知と危険回避スキルの習得は急務だなぁ」


 索敵能力と、自動回避に頼らざるを得ないでしょ。

 グレイブスの洞窟に行くまでの間に、慣れがてらモンスターと戦ってちょっとだけでもレベル上げておこう。


「行くか」


 セーブという項目が何処にも出てこなかったクリスタルから離れ、脳内にあるマップを辿ることにする。




「うーん、悪くない」


 改めてではあるが、やっぱり俺はこのゲームが嫌いではないらしい。

 ありがちなシステム、インターフェースを踏襲するって言うのは言い変えれば誰にでも取っつきやすいということでもある。


「ただ、普通に痛いのは勘弁してほしいなこれ――っと!」


 突進してきた小型のイノシシ型モンスター、ボアを切り捨てる。

 一度回避し損ねて腕を牙で軽くえぐられたが、まぁまぁ痛かった。


 未だ夢物語の体感型VRゲームを先取りしてしまった気分だよ。

 痛いだなんだも感じるならゲームどころじゃなくなるねまったく。


「レベルが上がった感じは気持ちいいし、身体もちょっと軽くなるって感じで良いんだけどもな」


 パラメーターに補助されていると言うべきだろうか。

 体感的な部分はレベルアップと共に実感として得られているし、この感じなら無茶しなきゃどうとでもなるだろう。


「散々やったテストプレイがこういう風に活かされるとは、思わなかったけど」


 モンスターの行動設定なんかはプログラマーのお仕事だったわけで、こういう時どうするかってのは頭に入っている。

 だから思っていたよりも反射神経を必要とせず、こういう時このモンスターはこういう行動をするっていう先読みで動けるのは助かるよ。


「ま、流石にゲーム開始地点近くだけあってバグはないか」


 一通りポップするモンスターと戦ってはみたが、異常は見つからなかった。

 これでなんか見つかってたら自分でやった仕事がいい加減すぎると落ち込むところだ。


 とは言え、さっさとバグが発生しているかも知れない場所を巡りたい俺としては効率よく行きたいという気持ちもあるわけで。


「……グレイブスの洞窟。再現できるかな?」


 行こうとしているダンジョン、グレイブスの洞窟はゴブリンやオークと言った人型のモンスターが発生する場所だ。

 メインストーリーには関わらず、サブクエストとして攫われた娘を助けて欲しいなんて依頼を受けてようやく立ち寄るダンジョンである。


「先輩が修正しちゃってるかね? まぁ、出来なくてもここよりは効率良いか」


 サークル代表からメインストーリーに関わる部分のデバックを優先しろって指示もあって、後回しにしたままの修正箇所があそこには一つある。


「バグ修正を仕事にしてるやつが、バグ利用して遊ぶなんてね。笑うべきか反省すべきかわかんねぇけどお仕事は効率よくやるもんだってことで」


 利用した後ちゃんと修正すればいいだろう。

 我ながら適当が過ぎるかもしれないが、終わり良ければ総て良しがモットーである。


「さ、稼ぐか」

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2025年12月28日 17:00
2025年12月29日 17:00
2025年12月30日 17:00

デバッグマン~勇者じゃない俺の異世界修正記録~ 靴下 香 @nicemell

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