デバッグマン~勇者じゃない俺の異世界修正記録~
靴下 香
製作活動終了、あるいは始まり
第1話「終わっちゃったね」
「二人きりに、なっちゃったね」
目の前でキーボードをカチャカチャしていた先輩が、小さなため息と一緒にそんなことを言った。
「その通りではあるんですけど、もうちょっと別のシーンで聞きたかったですねそのセリフ」
同じく俺もキーボードを操作しながら正直なお気持ちを表明しておく。
あるいは自分がもう少し若ければといったところだろうか。
流石に三十路の半ばにもなれば、トキメキを感じる前に何言ってんだこいつという気分にもなってしまうわけで。
「ノリ、悪いなー。お母さんそんな風に育てた覚えはないわよ?」
「誰がお母さんですか。っていうか三十路の息子を持つ気分のほどは如何ですか?」
「あー! あー! 墓穴! まだ当分入る予定のない墓穴掘った! 忘れて頂戴!」
「りょーかいです、っと」
いつものおふざけが出来るのも今日までと思えば感じるものはある。
けれど肝心の最後を過ごす相方がこの調子じゃあしんみりもできないもんだ。
「で?」
「で? とは」
「もうすぐ終わるけど。
「どうする、ですか」
どうするも何も、どうにもならんし、しようがないといった感じではある。
「むしろ先輩はどうなんです? やっぱプログラミング系へ?」
「や、アタシはもういいや。本業のほうに集中するつもり。やっぱインディーズ、同人界隈って気楽だけど、こういう事あるしね、もうこりごりよ」
「……俺、あんま詳しくないんですけど。こういうもんなんです?」
「DL販売サイトとかで見ない? アーリーアクセス、ベータ版発表から何年も音沙汰ないまま、忘れられたころにひっそり販売中止ってさ」
正直なところ、あまりよくはわかっていないが、先輩がそういうのならそうなんだろう。
「けどま、ウチはまだマシだったよ。代表がいなくなっても、どういうわけか給料だけはしっかり振り込まれてたしさ。ひどいとこは未払いのまま行方不明とかあるあるだし」
「そういうもん、ですか」
「そういうもんよ。だから、じゃないけど個人製作の所が多いわけだし」
便利な世の中になったものだとは思う、そう言えるだけ生きてきたとは言えないかもしれないが。
ただそれでも、昔少し憧れていたゲーム制作なんてものが気軽に出来るようになって、一部の人間が同人活動で目もくらむようなお金を稼げたりするようになって。
気軽に、もしくは敷居が低い状態で挑戦できる分、サークルの責任者たちが相次いで責任放棄して行方不明になるって言うのも気軽に出来るようになったというのなら、何とも言えない話だが。
「雷に打たれる、じゃあないけどね。防げない事故はあるものだって――よしっと」
「あ、終わりました?」
「ん、これで一応完成よ」
パソコンデスクのスキマから、一枚のROMカードを渡される。
「で? 大和君は改めてこれからどうするの?」
「そう、ですね……」
「あぁ、アタシの事は気にしないでいいよ。残ったバグ取りとか終わったのなら大和君の物だって販売してくれてもいいし、好きにしたらいい。ホントに売って、いくらか稼いだとしても取り分を要求する事はしないわ」
まぁ、うん。
「アーリー版、4しかDLされてませんけど」
「だから言ってんのよ」
「ずるい人ですね、先輩は」
「ずるいかもしれないけど、面倒見は良かったでしょ?」
否定はしない。
ズブの素人がサブプログラミングを任せられるほどには、成長できたのは先輩のおかげだし。
「ま、いいや。それじゃあね。お疲れ様でした、何処かで会ったらお茶くらいはしようね」
「……はい、お世話になりました。お疲れ様です」
そういって本当に気軽に、先輩はサークルで借りていたマンションの一室から、出て行った。
開発期間3年が長いのか短いのかはわからない。
けれども、多少の愛着が沸いてもおかしくないくらいには時間をかけたとは思う。
「どうするか、ねぇ?」
シナリオは尻切れトンボ状態、未使用のままにされている無駄に気合いの入ったキャラクターたちのイラスト、別にこのゲームじゃなくて良くね? なんて言わざるを得ないほど使い古されたゲームシステムの詰まった、開発陣のほとんどから見放されてしまったこのゲームを。
少なくとも先輩と俺、プログラマーの及び得る仕事は終わらせることが出来た。
「嫌いじゃ、ないんだけどな」
むしろ好きと言っていい。
ブームは巡るものだと言われているが、俺にとってこのゲームはまさに一周回ってのものだった。
あるいは多少の愛着とやらがあるからそう思っているだけなのかもしれないが。
「まぁ、うん。俺のもう一つの仕事、やりながら考えるでもいいか」
幸い時間に余裕はある。
先月までしっかり支払われていた給料はだいぶ残っているし、少なくとも3か月くらいは働かずとも生活できるだろう、贅沢しなければ。
それだけの時間があれば考えもまとまるだろうし、のんびりデバックと修正作業をして、ほんとの意味で完成させてから結論を出せばいい。
「……フォルトゥリア。何とも渋いタイトルだよまったく」
今時分流行らないとはっきりわかる。
重厚なファンタジーを謳って誰が手に取るんだって話だし、販売サイトに掲載されているゲーム内容紹介文にすら手に取りたくなるような一文も見当たらない。
「色々変えてしまって販売するってのもアリかも? や、そういう俺自身がセンスないんだけどさ。まぁいいや、ちょっと起動してみるか」
リーダーにソフトを差し込んで、起動しっぱなしだったPCを操作した、その時。
「あ、れ――」
目の前が、真っ白になった。
これでもサブカルチャーという巨大な界隈、その末席にいた身だ。
「異世界転移、ねぇ?」
見渡す景色は明らかに現代では見られないどころか、おファンタジー丸出し。
なんなら画面越しではあるが散々仕事として見てきたものだ、わかりたくないけどわかってしまう。
「まじ?」
重ねてわかりたくない、断じてわかりたくない。
現世というか現代日本に未練はたらたらだ、いっそのことトラックにでも轢かれた上での転生であったのなら割り切れたのかもしれないが。
「真新しさもなけりゃ、わくわくもないっての」
そうとも、ここはついさっきサークルでの製作活動が終了したアクションRPGゲーム、フォルトゥリアの世界である。
現実世界からゲーム世界へ転移するなんてどんなバグだよ、自称ウィザード級プログラマーの先輩は本当に魔法使いだった? アホかと。
「……バグ?」
なるほど、我ながらそうなのかもしれないと思う。
バグがバグを呼んでゲーム転移を引き起こすなんてことはメルヘンも良いところだろうが、少なくともこうして転移してしまっている現実から目を逸らすことは出来ない。
どっちみちバグ取り、修正作業はしようと思っていたんだ。
画面越しにするのもゲームの中でするのも大きな違いではないだろう。
「あり得ないセンではあるけれど。バグ修正しているうちに、現実へ帰る方法が見つかるかもしれないし」
流石に死んでみりゃ現実に戻れるんじゃないかを気軽には試せない、そんな度胸はない。
やれるだけやって行き詰った時、最後の手段として覚悟だけはしておくけれども。
ともあれ。
「お仕事、しますかー」
フォルトゥリアという世界へと一歩踏み出した。
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