取材記録01:教祖インタビュー

録音媒体:DATテープ

日時:1988年 秋

場所:都内某所・教団内応接室

取材者:“D”と表記

被取材者:教団代表(以下“A師”)


D:

——録音、入ってます。今日はお時間をいただき、ありがとうございます。まず、ここに来て最初に感じたのは……静かですね。驚くほど。


A師:

人は騒音を「生きている証」だと思い込んでいます。しかしそれは勘違いで、本当の意味で生きているとき、魂は静かなものです。今、あなたの魂も少し静かになっているでしょう。


D:

……どうなんでしょう、良く分かりません。


A師:

私には分かりますよ。それが、余計なものが削がれている状態です。


(※この時点で、取材者の呼吸音が一瞬乱れる)


D:

では本題に入ります。世間では、あなた方は「危険な集団」だとする声があります。それについては、どのようにお考えですか。


A師:

危険、という言葉は便利ですね。理解できないものを箱に押し込め、それ以上考えないで済む。あなたは、危険だと思ってここに来ましたか?


D:

私は取材する立場ですから、あくまでフラットに、公正中立に真実を記録したいと思ってます。ですが正直に言えば……少し警戒はしています。


A師:

それで十分です。盲信より、よほど健全だ。


D:

教祖として、信者を導く立場にあるわけですが、あなた自身は自分をどう定義しているんですか。


A師:

私は形式上、教祖ではありますが、ミドルマンという立場をとっています。要するに、神と人間の仲介人と思っていただければ。


D:

もう少し具体的にご説明いただけますか。


A師:

人は皆、真実に目を背けて生きています。いうなれば、真実そのものを見ているのでなく、真実の落とす影を見て真実だと思い込んでいる。私は真実の方こそを見るべきだと伝えているだけです。


(沈黙 約4秒)


脳科学の話をしましょう。人間の脳は、世界をそのまま認識していません。感覚情報を切り取り補完し「もっともらしい世界」を生成している。


D:

知覚は主観的だ、という話ですね。


A師:

主観的というより、編集された情報を見ているに過ぎないのです。あなたは今、私の顔を見ていますが、実際には光子が網膜に当たった結果を、脳が「顔」と認識しているだけだ。あなたの見ている私の顔と、実際の私の顔は違うかもしれない。つまりすべての人間は、生まれた瞬間から「影」を見て生きている。


D:

しかし科学は、世界の事象に対して客観的に分析することで、より正確なモデルを——


A師:

——モデル、です。あなたは今、とても大事な言葉を使った。現代科学は、真実そのものを扱っていません。扱っているのは、真実の影。いくら影を説明できたところで、真実そのものではない。仮のモデルを作っているだけなのです。それに価値がないとは言いませんが。


D:

私には、あなたが科学と宗教を同列に置いているようにしか思えません。


A師:

それらは役割が違うだけで、立っている場所は同じなんです。ただ宗教は、少なくとも私は、真実を見ています。


D:

では、あなたの言う「真実」とは何ですか。具体的に。


A師:

ほとんどの人は、直接見ることはできません。よって説明には多くの時間を要しますが……


D:

それでは結局のところ――


A師:

端的に言えば、もっと私たちは、影を生み出す光源の方を見なければならないということです。


D:

それが、神だと?


A師:

名前は何でもいい。宇宙の構造でもいいし、法則でもいいし、あなた自身がまだ言語化できていない「違和感」でもいい。


D:

……信者は、それを理解しているんですか?


A師:

理解したと思っている段階の人もいます。


D:

……あなた自身は、真実を見たんですか。


(沈黙)


A師:

見た、と言うと恐らく誤解される。ただ、神の啓示を受け取っているのです。


D:

……話を変えます。入信者の多くは、社会に不満を抱いていたり、孤独を抱えている人が多いと言われています。そういう人を狙って勧誘しているのでしょうか。


A師:

狙っているわけではなく、社会が与えなかった答えを、彼らはここで見つけただけです。あなたは、社会から十分に答えをもらいましたか?


D:

答え……毎日、一生懸命仕事をして、家族と過ごして、その中で見えてくるものはあります。生きるとは、そういうことではないのですか。


A師:

満たされていない人ほど、そうおっしゃる。


D:

私は満たされていますよ。もちろん、完全にというわけではありませんが。


A師:

(沈黙 約6秒)


D:

……では最後に。あなたの言葉や活動によって、他人の人生を壊す可能性について、どう考えていますか。


A師:

壊れるのではありません。誰もが、最初から正しく組み立てられていないのです。


D:

それを決めるのは、誰ですか。


A師:

その人自身ですよ。


D:

……このあとご予定があられるということで、今日はここまでにします。


A師:

また来ますか。


D:

……ええ。後日また、取材させていただきます。本日はどうも、ありがとうございました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る