第5話

昨日は全く眠れなかった。

嘘でしょまさかと思っては打ち消し、早く寝ないとという気持ちと、どうしようという気持ちが入り乱れ、寝るどころではなくなってしまった。

重だるい体をなんとか動かし、会社に行く準備をする。

吐きたいくらい気持ち悪いが、社会人として風邪でもないのに急に休むわけにもいかない。


職場に向かう途中、何者かの視線を感じた。誰かに見られている気がしたが、事件のことを考えすぎだからかもしれない。

仕事は半分上の空で、ふとした時に事件のことばかりを考えてしまう。そのため考えないように、わざと普段より忙しく仕事量をこなした。

家に帰り、すぐにベッドに横になる。

頭の中は事件のことでいっぱいだ。

警察に言った方がいいのかな。でも、関わりたくない。

そう思うと同時に、ふとかつてのお告げを思い出す。

「彼が犯した罪を私が被る事になる…だっけ。」

ぽつりと口に出た言葉だったが、だんだん現実味を帯びてきた。

あの怪しいウエイターはお告げは正しいと言っていた。

でもなんで?なんで私?関わりたくないのに。

とりあえず、今は考えないようにしよう。

無理やり考えをシャットアウトする。

今日は規則正しい生活ができるように考えよう。そう思い立ち、入浴や食事をすませ、早めに寝ることにした。


数日も経つと段々と女子高生殺害事件の事をニュースで取り上げることは減ってきた。

ただ犯人はわからないままらしい。

今日は土曜日で休みのため、喫茶店に行くことにした。

「こんにちは。」

「いらっしゃいませ。お待ちしてました。」

二度と行かないと思っていた喫茶店に自ら足を運ぶなんて、ちょっと前では考えられないことだ。

「何になさいますか?」

久々にウエイターをみたが、やっぱりどこからどう見ても怪しい雰囲気を醸し出している。

「お冷貰えるかな?」

「お冷ですか?ありますよ。」

いつもの如くニコニコと笑っている。

底が見えない。

「じゃあお冷1つお願いします。」

「お冷のみですと、110円掛かりますが、宜しいですか?」

「はい、大丈夫です。」

「じゃあお冷1つ。」

そう言ってウエイターはカウンターに消えていく。

適当に席を見繕って座る。

カウンター席は嫌だったので、1番離れている席にした。

「お待たせいたしました。」

ただの透明な水が目の前に置かれる。

どこからどう見てもただの水だ。

少しほっとする。

「もしかして警戒されてます?」

図星をつかれてしまい、思わず体がビクリと跳ねる。

「だって、この前はいきなり体調が悪くなったから。」

「あれはホットコーヒーのせいではありませんよ。ただのきっかけに過ぎません。」

「どういうこと?」

訝しげに伺いみると、どうぞとお冷を勧められた。

飲むかどうか迷ったが、透明なので思い切って口をつける。

一口こくんと飲むと、再び耳鳴りと目眩がし始める。

頭痛も始まり思わず頭を抑える。

「おやおや、またですか。」

「頭が…痛い…気持ち悪い。」

近いはずのウエイターの声が遠くに聞こえる。

《このままいくと、貴女は彼が犯していた罪を被る事になる。彼は貴女を犯人に仕立てあげる。どうする?》

頭の中に声が響く。

横目でウエイターを見るがウエイターはニコニコしているだけだった。

「どうするって言ったって、どうしたらいいの?」

ウエイターからしたらただの独り言かもしれないが、黙って愉快そうに見ている。

《難しいことを聞くね》

「難しい事って…。」

頭を抑えていると、ウエイターがすっと人差し指を立てて私の顔に近づけた。

思わずウエイターを見上げると、そのまま自分の口元まで持っていく。

「イエス、ノーで答えられる事を言うと良いかもしれませんよ。」

「いえす、のー?」

「そうです。」

頭が痛いながらも整えるため、一つ大きく深呼吸をした。

「彼って言うのは、2年前に付き合ってた彼?」

《YES》

「私は警察に言ったら良い?」

《YES》

頭の中で声が響く。

「弁護士に相談したら良い?」

《YES》

「職場の上司に言ったら良い?」

《YES》

ウエイターを見上げると変わらず怪しくニコニコしている。

「職場を巻き込まないため、仕事を辞めたら良い?」

《NO》

「それはノーなんだ…」

思わず呟く。

「でも、関わりたくない。私には関係ないのに。どうして。」

《…》

だんだんグルグルとしていた頭がハッキリしてきた。

なんで、どうして、関わりたくない。ずっとずっと思ってきた事だった。

「もうそろそろですかね。」

隣に立つウエイターの言葉が近くに聞こえた。

気がついたら私は泣いていた。

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