第1話 おばあちゃんと見るホラー

「はー」


 お昼休み。


 パックのジュースを飲みながら、トウカはため息をついた。


「どうしたの? ため息なんかついてさ」


 そう聞いてきたのはトウカの友人のキリカだ。キリカは深緑色の長い髪と目を持つ、常にだるそうな雰囲気を纏わせた、ダウナー系の女子高生だ。キリカとトウカは今、教室で机を合わせて一緒に昼食を食べていた。


「なんか悩みでもあんの?」


「うん、ちょっとね。おばあちゃんのことでさ」


「‥‥‥トウカって、本当にいつもおばあちゃんのことばっかり考えてるよね」


「そうだね。いつもじゃないけど、大体はおばあちゃんのことを考えてるかな」


「ふーん‥‥‥」


 キリカはお弁当を食べながらぼそっと呟いた。


「羨ましいな」


「ん? 何か言った?」


「なんでもなーい」


 キリカはうんうん唸りながら悩むトウカのことをぼんやりとした目つきで眺めた。


「とりあえずさ、その悩みごとを私に相談してみなよ。少しは力になれるかもしれないから」


「確かに、そうだね。それじゃお言葉に甘えて相談させてもらおうかな」


 トウカはキリカにここ最近の悩みを話した。


「おばあちゃんとの思い出を作りたい?」


「そう。私との忘れられない思い出をおばあちゃんに遺していきたいんだよ。私が死んでも、私のことを憶えててほしいから」


「ふーん‥‥‥」


 キリカはちょっと考えて、こう言った。


「じゃあさ、おばあちゃんに怖い思いをさせる‥‥‥っていうのはどうかな?」


「怖い思い?」


「そ。人は特別な嬉しい出来事よりも、特別に怖い思いをした体験の方を長く憶えて忘れないものらしいからさ。だから‥‥‥」


 キリカは箸を置き、すっと手を伸ばすと両手でトウカの首を包み込むようにした。


「私がここでトウカの首を絞めたら、きっとトウカは私のことを忘れないと思う」


 キリカはそして、ぽつりと呟いた。


「‥‥‥私もトウカに忘れてほしくないからね」


 しかし、トウカはきょとんとした顔でこう言った。


「え? いやそんなことされなくてもキリカちゃんのことは一生忘れないけど‥‥‥」


「‥‥‥はっ、え‥‥‥──ずるいよね、トウカは」


「え? 何が?」


「わかんないならいいよ。全く、鈍感なんだから」


 そう言って、キリカは昼食に戻る。トウカも釈然としないながらも昼食に戻った。


 ◇


「ということでおばあちゃん! ホラー映画を見よう!」


「どういう訳じゃ」


 帰って早々にそんなことを言い出すトウカに、カエデは突っ込んだ。カエデはあのあとなんとかしてネタを絞り出して原稿を〆切に間に合わせた。そして、今はほっとして羊羹を食べながらお茶を飲んでる最中だった。


「あっ、羊羹だ! 買ったの?」


「いや、編集にもらった。なかなかうまいぞ。トウカも食べてみたらどうじゃ」


「うん、食べる食べるー!」


 トウカはとりあえず、お茶を飲みながら羊羹を食べた。そして食べながら今日あったことを話した。


「なるほどのう。怖い思いをした体験ほど長く心に残りやすい‥‥‥」


「そう! だからホラー映画を一緒に見たら怖い思いと一緒に、私と見たってこともずっと憶えていられるんじゃないかって!」


「なるほどの。‥‥‥ところでお主の友人のキリカ、何か前よりも湿度が増しておらんか?」


「そんなことないよー。まあ、最近ことあるごとに私の匂いを嗅ごうとしてくるけど‥‥‥体育のあととか特に‥‥‥」


「そうか‥‥‥何かあったらすぐに相談するんじゃぞ?」


 キリカのことは置いといて。


「とにかく! そういうことだから、今日はおばあちゃんと一緒にホラー映画を見るよ!」


「今からか!? いや、せめて休日の昼間とかの方がいいじゃろ。そっちの方がまだ怖さも紛れるし‥‥‥」


「紛れちゃだめなの! とびっきり怖い思いをしてくれなくちゃ意味ないんだから!」


「いやしかし‥‥‥トウカよ、お主ホラーとか苦手だったじゃろ? お主が幼少の時分に、怖い番組見た挙句夜中トイレまで行けなくなっておねしょをしたことが‥‥‥」


「わーわー! それは子どもの時だから! 今はもう大人なんだし、ホラー映画くらい平気だよ!」


「ほんとかのう‥‥‥」


「ほんとだって! ほら、一緒に見よ見よ!」


 トウカはスマホの画面をテレビに映した。


「今日見るのはねー‥‥‥これ! 『サメお化けの襲来』ってやつ!」


「それは‥‥‥怖いんかのう?なんだか絵本みたいなタイトルじゃが‥‥‥」


「いやいや、こういう奴が意外と怖かったりするんだよ!」


 トウカはそれを再生した。吹き替え版だ。外国の俳優に日本の声優の声が重なっていく。


「今の会話は要るんかのう? カットした方が良くないか?」


「おばあちゃん、ストーリーに集中しようよ」


 作家のカエデはそういうところが気になるようだ。


「‥‥‥あれ? こやつはなんという名前じゃったか。メアリーとかじゃったかのう?」


「もー、違うよおばあちゃん。アリアだよ」


『初めまして。私はリリーよ。よろしくね』


「あれ‥‥‥?」


「わしの方が近かったのう」


 さて、物語の方も進んでいき、徐々に怖さも増していく。


『ゴアアアアア!!』


「ひっ! マグロお化けだ!」


「マグロお化けそんなに怖いかのう‥‥‥」


「ひっ、サバお化けだ!」


「ふむ、魚介縛りか」


「ひいっ! しゃけだあー!!」


「日常か? ‥‥‥というか、ただのしゃけは別に怖くないじゃろ」


 と、こんな感じで終始トウカだけが怖がっていてカエデは全然怖がっていなかった。


「ちょ、おばあちゃん! おばあちゃんは怖くないの!?」


「いや別に‥‥‥」


「なんでえー!?」


 おばあちゃんは強かった。最後まで怖がることはなく平気な顔をしていた。


「こ、怖かった‥‥‥!」


「そうか? わしはあんまり怖くはなかったのう。結局サメお化け出てこんかったし‥‥‥」


「なんでえ‥‥‥?」


 信じられないものを見るような目でカエデを見つめるトウカ。忘れられなくなったのは残念ながらトウカの方であった。


 さて、その夜。


「あの、おばあちゃん‥‥‥今夜は一緒に寝てもいい?」


 案の定というか、なんというか。


 1人で眠れなくなってしまったトウカがカエデの寝室を訪ねてきた。


「おお、良いぞ」


「ありがとね‥‥‥怖くて眠れなくなっちゃって‥‥‥」


「まあ、そうなるだろうとは思っておったぞ」


「ううー、やっぱり大人になっても怖いものは怖かったよ‥‥‥」


「‥‥‥まあでも、大人になったとは言ってもトウカもまだ十六じゃからのう。わしもお主くらいの年には怪談の類はやはり怖かったし、わしぐらいの年齢になればトウカも克服出来るかもしれんぞ?」


「ほんと!? って、おばあちゃんくらいの年齢になったら私もう死んでるじゃーん」


「ははは」


 カエデの寝室は畳敷きの和室だ。布団が敷いてあって、カエデはその中に寝ていた。真っ白な無地の、浴衣のような寝巻きを着ていた。トウカは、布団の中に潜り込んだ。


「ううー!」


「‥‥‥今もまだ、そんなに怖いのか?」


「そりゃ怖いよ!」


「まあ確かに、こういうのは時間が経つほど怖くなってくるものだからの」


「そうだよ!」


「なるほど、それなら‥‥‥」


 カエデは寝返りを打ってトウカの方を向いた。そして、そのまま片方の腕でトウカのことをゆるく抱きしめると、トウカの頭を撫で始めた。


「よしよし、よしよーし。大丈夫じゃよ。わしがついておるでな。怖がらず、安心してお眠り‥‥‥」


 トウカは、満更でもないような表情をしながらも、少し膨れて


「もー、おばあちゃん。私ももう子供じゃないんだから‥‥‥」


 と、形ばかりの抗議をした。


「まあまあ、たまにはこういうのもいいじゃろ。よしよし、よしよし‥‥‥」


 カエデはトウカのことをそうやってしばらく撫でていたが、やがて遠いところを見るような目つきをして言った。


「懐かしいのう。わしも昔、こうして撫でてもらったものじゃ」


「‥‥‥それって、あの人に?」


「そうじゃ。あの人に、よくこうして撫でてもらっていたんじゃよ」


 あの人、というのはカエデが地獄に堕ちる原因となった女性のことである。


 トウカは、うとうととしながらもカエデに聞いた。


「‥‥‥ねえ、おばあちゃん。今日のこと、思い出に残った?」


「ああ。残ったぞ。トウカが尋常でないくらい怖がった日としてのう」


「‥‥‥もう」


 少し思ってた感じと違ったけど、思い出に残ったならいいやとトウカは思った。


 このまま色んな思い出を残すことで、カエデが私のことをずっと憶えててくれたらいいと、トウカはそう思った。私のことを忘れないでいてくれたらと。私のことを────


 私のことだけを忘れないでいていくれたらいいと、そう思った。


 ‥‥‥


 さて、トウカはカエデに撫でられながら眠ったことで、悪夢も見ずに穏やかに、安心してすやすやと眠ることが出来た。


 いや、安心し過ぎてしまったのだろう。


「ごめんおばあちゃん‥‥‥」


「いやいや、大丈夫じゃよ」


 トウカは布団の上に大きな世界地図を作ってしまったのであった‥‥‥。


「ううー‥‥‥」


「よしよし」

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のじゃロリと暮らす日々 大崎 狂花 @tmtk012

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