のじゃロリと暮らす日々

大崎 狂花

プロローグ いつもの日々

「ただいまー!」


 トウカは元気よく帰宅した。制服の上からコートを羽織っており、寒さのためか鼻の頭や頬がやや赤い。


 彼女はこの物語の主人公、黒川トウカである。白いセミロングの髪に白寄りの灰色の目をした女子高校生だ。やや特徴的な髪と目の色をしてはいるものの、内面はごく普通の女子高生である。少々変わったところはあるものの、世間から完全に浮いてしまうということはなく、十分普通の範疇に収まることが出来る。成績も運動神経も並であるし、一般的な女子高生だ。


 今日もトウカは学校で普通に授業を受け、ごく一般的に帰宅した。いつも通りで、何ら変わったところはない。


 帰宅した後も、またいつも通りに「うー、寒い寒い」と言いながら居間の襖を開けて中へ入った。


「また寝てる!」


 開口一番トウカがそう言ったのは、居間のこたつに首まで入って目を瞑ってる小さな女の子がいたからだ。


「寝ちゃおらんよ。寝てはおらん。ただ、少し目を瞑って休んでおるだけでな‥‥‥」


「もー、そんなこと言って! また〆切に遅れても知らないよ、おばあちゃん!」


 おばあちゃん────そう呼ばれた女の子は渋々起き上がって近くによけておいた座椅子を引き寄せるとそこへ座った。赤色の長い髪を腰まで伸ばし、赤い目をしたその少女は小学生にしか見えない。どう見たって小学生女子だ。


 しかし、この少女は見た目通りの年ではない。トウカが生まれるよりももっと前から生きている、文字通りのおばあちゃんだ。


 この女児系おばあちゃんの名前は吉川カエデ。死なない────というより、死ねない体を持つ人間だ。包丁を刺しても、病気になっても、老衰でも死なない。老いることもない。完璧で究極の不老不死少女(?)なのだ。何でも、生きながらにして無間地獄に堕ちたことが原因らしいのだが‥‥‥そこら辺についてはトウカはあまり詳しく知らない。別に知る必要もないと思っている。


 トウカはこのカエデおばあちゃんと2人で暮らしている。幼い頃に両親を事故で亡くし、親戚一同引き取ることを渋ったため、カエデが引き取ることになったのだ。


 血の繋がりはないが、一緒に暮らしているカエデのことを、トウカは親しみを込めておばあちゃんと呼んでいる。


「おばあちゃん、またネタに詰まってるの?」


「ああ、そうなんじゃよ‥‥‥」


 このカエデは小説家をしている。けっこうな人気作家だが、ちょくちょくネタに詰まっている。さっきも、ネタに詰まった挙句昼寝をしていたようである。


 トウカはこたつに入りながら聞いた。


「今はどんな小説を書いてるんだっけ?」


「えっと、異世界に転生して鯖になった男が味噌と塩を仲間にして悪い魔法使いを懲らしめるために旅をする、という話じゃな」


「‥‥‥それってコメディ?」


「いや、一応純文学のつもりじゃ」


「何その純文学‥‥‥」


 こたつに入る。寒さに強張っていたトウカの手足が暖かさに解けていくのを感じる。


「というか、書斎で書けばいいじゃん。居間で書くから緊張感なくてアイデアも浮かばないんじゃないの?」


「書斎は寒くてのう‥‥‥」


「まあ確かに‥‥‥でも書斎の本を持ってきて居間に置きっぱなしにするのはやめてよ。ちゃんと使ったら書斎に戻してね?」


「んー、気が向いたらの‥‥‥」


「もー」


 さて、カエデもトウカもこたつに入ってしばらく緩んだ表情をしていたが、やがてトウカが口を開いてこんなことを言い出した。


「じゃあさ、おばあちゃん! 今日の夕飯は私と一緒に作ってみようよ!」


「え?」


「ネタに詰まってるんだったらさ、いつもと違うことをしてみるのがいいんじゃない?」


 いつもは大体カエデが夕飯を作っているのだ。


「それに、私が死んでも私のことを思い出してもらえるように、いっぱい思い出作らなきゃね!」


「まあそれは良いが‥‥‥しかしトウカよ。お主は何というか、その、料理があまり上手くないじゃろう?」


 トウカは料理が壊滅的に下手だ。だからこそ今までカエデが作っていたのだ。


「アニメそのままの紫色の名状し難い何かが出てきた時には流石に我が目を疑ったぞ‥‥‥」


「まあまあ、おばあちゃんと一緒に作れば流石に変なふうにはならないでしょ!」


 トウカはこたつから立ち上がると、宣言した。


「よし、作ろう!」


 こうして、カエデとトウカは夕食を作ることになったのだが‥‥‥


「トウカよ、今日作るのはハンバーグじゃったな?」


「そうだけど?」


「今お主が手に持っとるものはなんじゃ」


「しおからとジャムとセミのぬけがら‥‥‥」


「いやジャイアンシチューの材料!」


「あとトーテムポールも持ってきたよ」


「せめて食材を持ってきてくれ‥‥‥」


 ちょっと不安なところはありつつも、なんとかハンバーグ作りを進めていく。


「そういえば、葬送のフリーレンっていうアニメ見たんだけど、主人公がおばあちゃんに似てたよ」


「そうなのか。後で見てみようかのう」


 色々ありつつも、なんとか夕食を完成させることができた。


「ふう、疲れた‥‥‥」


「ごめんね色々と迷惑かけて‥‥‥」


「いやいや、いいんじゃよ。わしの昔の知り合いにも似たような料理下手がおったからのう‥‥‥」


「へー‥‥‥それっておばあちゃんが前に言ってた人?」


「そうじゃな」


 トウカは前に聞いたことがある。カエデが死ねないという地獄に堕ちた原因となった人物がいると。


 カエデには昔、とても大切に思っていた人物がいた。その人と一緒なら地獄に堕ちてもいいと思って、カエデは彼女と罪を犯した。そしてその結果、カエデは1人この世に取り残され、決して死ねないという無間地獄に堕ちることになったのだ。


「その人って、私に似てるって言ってたよね」


「そうじゃな。お主によく似て美しい女性じゃったよ」


 カエデとトウカは2人で作った夕食を食べた。


「ふむ、確かに2人で作った夕食を食べるというのはなかなか良いものじゃな」


「そうだね。‥‥‥レシピ通りに作ってもこんなにおいしくなるなら、レシピにないもの入れたらもっとおいしくなるんじゃない?」


「せめて食べられるものを入れとくれ‥‥‥」


 いつもの日々は、こうして過ぎていくのだった。

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