第4章 

第4章 新しい出会い


 ママの優待券で、いつでもタダで入れるゲーセンに私は活路を見出そうとしていた。とにかくここなら、何かあっても、ママがなんとかしてくれると思った。

 どこの階で降ろすかはエレベーター次第の椅子型エレベーターに乗って、これまたどこに着いたのかと悩みながら、ひたすらにクレーンゲームができる階に着くために、何回もエレベーターチャンレンジをする。

 ママが、ゲーセンですぐに目的に着いちゃったら、それしか楽しめないからと作ったエレベーターだった。椅子に乗ると、ぐるんと回転しながら、各階を通る。上に行きたいのに、下に下がることもある全然目的地に着かないとんでもないエレベーターだった。

 でも、ゲーセンに来る人は、結構楽しんでる。

 目的地にすぐ行きたい人には、もちろん階段という手もあるわけだけど。

 それに一緒に来た人が同じ場所に着くとも限らないんだから、めちゃくちゃなエレベーターだ。

 私は、工事中のときに、この椅子型エレベーターに乗って、

「ママ、これ意味がわからない」

 と言ったら、

「わけなんかわかってたまるもんですか。いろんな思いが詰まってるのよ」

 と言い出して、私はその言葉を聞いても意味がわからなかった。

 クレーンゲームがたくさん並んでる五階が私のお気に入りだった。

 マジックファンデーションで化粧をして、まずこのゲーセンに通うことにした。

「ママ、ゲーセン行ってくる」

 と言うと、痩せた私を見て、

「いってらっしゃい」

 と満面の笑みで送り出してくれた。私は恵まれているのだろうか。

 なんでもコツをつかむのは得意だと思う。

 クレーンゲームが一番好き。いろんなぬいぐるみやフィギュアを戦利品として持ち帰り、ママの寝室に置いてもらった。私からの感謝のしるしだ。私の優しさでもある。私が、いなくてもさみしくないように。

 その日も抱えきれないぐらいのぬいぐるみを取っていた。

「そのぬいぐるみいいな~」

 私が、夢中でゲームに集中していると、後ろから声がした。

 振り返ると、寒冷前線というバンドのライブ限定パーカーを来た女性が立っていた。

「欲しい?」

 と聞くと、

「うん、欲しい」

 と言われたので、

「あげるよ」

 と持っていたぬいぐるみを差し出した。

「いいの?」

「それより、それさ、寒冷前線の限定パーカーじゃない?」

「そう。知ってる?」

「うん。こないだのドキュメンタリーも見たよ」

「へぇ。じゃ、ぬいぐるみもらう代わりに、ラーメンおごるよ。話したい」

「うん。持仙の味辛ラーメンがいいな」

「あそこの辛くて有名よね。私も好き。いいよ。そこにしよ。おごる」

 とんとん拍子に話が進んだが、しまったと思った。

 ここで花火のときみたいに、汗をかいたら、マジックファンデーションが落ちてしまうのではないか。

 すぐ後悔の風に吹かれた。

 ちょっと軽くパニックになっていると、

「なんて名前?」

 と聞かれた。さらに慌てた私は、

「ももか。甘谷ももか」

 と嘘を答えていた。

「私は、阿生フエ。フエって呼んでくれていいよ。笛を吹いてくれたら、駆け付けるっていうのが私のモットーなの。覚えやすいでしょ。今から持仙に行く?」

「今日はやめておく。荷物がたくさんあるし、ママがご飯作って待ってると思う」

 本当は、自分で作らないとご飯なんか出てこないのに、小さな嘘を重ねた。

「あっそう。いいとこの子なのね。ご飯作って待っててくれるママがいるなんて」

 と言われて、私は何も答えられなかった。

 フエとは連絡先を交換して別れた。

 家に着いて、夕飯の支度をしていると、スマホに通知が届いていた。

「いつにする?」

 フエからのメッセージだった。

 明日の午前十一時に出会ったゲーセンで待ち合わせをした。

 明日は、いつもよりばっちりと化粧して出かけなければならない。何しろ私は、フエに会うときは、「ももか」に変身するのだから。

 なぜか新しい出会いによって、私の日常に、変化が訪れ、期待と不安で、寝つきが悪かった。なかなか眠れずにいたら、寝坊し、さらに慣れない化粧までするので、玄関の扉を出たときには、約束の時間ぎりぎりだった。

「ママ、今日は、遅くなるかもしれない」

「奈子ちゃんと一緒?」

「違う。新しい友達」

 とだけ言い残して、私は、走った。

 最近、慌ててること多いなと反省しつつ、ひたすら待ち合わせの時間に遅れないようにひたすら走った。

 その途中で、フエは、テクを待ってるんじゃなくて、ももかを待ってるんだと気づいて、化粧直しをする必要があることに気づいた。

 また失敗だ。

 使用上の注意がまた一つ追加だ。

「注意。塗ったら、走らないでください。化粧直しが必要になります」

 時間は少し遅れることになるけど、ゲーセンに着く前に、トイレを見つけて、もう一度入念にマジックファンデーションを塗り、水を飲み、体を冷やし、汗をかかないようにゆっくりゲーセンに向かった。

 ゲーセンでは、ゆっくりと自分の行きたい階に行ける階段を使い、待ち合わせから七分遅れで、待ち合わせ場所に着いた。

「ごめん。遅れちゃって」

 と言ったら、フエは笑顔で、

「このゲーセンは、時間に着くことはないわ」

 と言ってくれた。

 ゲーセンでお互いの好きなゲームをしたり、対戦したりして、しばらく過ごした後、持仙に向かった。

「お腹すいたね」

 私がお腹に手をあてると笑われた。

 昨日ちゃんと持仙でのシミュレーションはしてあった。ピンチの場面を想像して、解決策を考えていたから、眠れなかったのだ。

 持仙には、何度か訪れたことがあり、女性用の化粧室が改装されて、使いやすくなっていることも知っていた。だから、あのときとっさに持仙を選んだ私を褒めてあげたい。

 辛いラーメンで汗をかいたら、化粧室へ直行だ。

「フエ、メニュー決まってる?」

「うん。辛さ4にしようと思う。ももかは?」

「ちょっと考える」

 そう言って、私は長い悩みの中に入っていった。本当に食べたいのは、辛さ6、だけど、マジックファンデーションのことを考えると、辛さ2ぐらいじゃないと、全部化粧が落ちてしまう。

 バレる危険をおかすのか。回避するのか。

 勇気の出なかった私は、辛さ1を選んで無難な人生を選択した。

 フエのラーメンを見ると、辛そうでおいしそうだった。後ろ髪が引かれる思いがしたが、私は、自分のラーメンをすする。

 私は少し汗をかいた程度だったが、得意げにこう言った。

「やっぱ辛いもの食べたら、化粧直さないとね。女性の身だしなみだもんね」

 考えたセリフは完璧だった。フエには、何も気づかれていない。

 フエと会う回数は、日に日に増えていった。

 フエは、大学二年生で、深夜の通信販売の電話受付のアルバイトをしていて、実家暮らしだと言った。

 フエに教わることは多かった。ファッションのこと、化粧のこと。

 私も年齢は正直に高校生だと伝えた。

「大人っぽく見えるよ。化粧のせいかな」

 と言われて、

「そう?」

 なんて答えてみた。内心は、結構嬉しかった。いつも私の周りでは、私は子供扱いだったから。

 フエは、私が、化粧品を選びたいと言うと、ちゃんと付き合ってくれた。

「ももか、それより、こっちの方がいい」

 とアドバイスもくれて、それが家に帰って鏡を見ると、ジャストフィットで、私は、おしゃれをすることが楽しくなった。

 ママは、私の新しく買った服を見て、

「すごく似合ってる。どこで買ったの?高いでしょ」

 と聞いてきたので、私は、得意げに、

「いや、三千円くらい」

 と言うと、

「買い物上手になったわね」

 と褒めてくれて、買った店を聞かれた。

 偽りの名で行動しているとは言わずに、新しい友達ができたことだけをママには伝えた。

 ある日、フエと化粧品の話をしていると、

「基礎化粧品でいいものがあるの。サンプル手配するから、ももかの住所教えて」

 と言われた。私は、とっさに物凄く嫌そうな顔をして、

「ごめん」

 と断った。他に一言も添えずに。

 すると、フエは、場を取り繕うかのように、

「ごめん、ごめん。でしゃばりすぎだよね。余計なことだった」

 と言ってくれたけど、私は何の言葉も返せずに、場の空気は明らかに沈んだ。

 私は、やっと我に返り、

「デートで割引券を使う男ってどう思う?」

 などとどうでもいい話で、場を取り繕った。

 フエは、ときどきどこかとても寂しそうな顔をするときがあった。

 でも、私と仲良くしてくれようとしているのも伝わってきた。

 私があげたぬいぐるみの写真を見せて、

「ほら、今日はお花と一緒に撮ったんだよ」

 と何度も笑顔で写真を見せてくれた。

 でも、私が住所を教えなかったことが原因なのか。私とフエは、その後、互いのプライベートについては一切語らずに、当たり障りのない話しかしなくなった。

 フエは、スタイル抜群なのに、私と一緒で食べることが好きだった。

 新しいお店も開拓しようと、ゲーセンの休憩室で、二人で検索していて、気になるお店を発見した。

 大盛りで有名だと書いてあった。「ギガストーリー」というお店だ。すぐ行ってみようということになった。

 激辛でなければ、マジックファンデーションも落ちないと思ったので、余裕だった。

 今までの数々のプチ危機を脱して、油断していた。

「いらっしゃいませ」

 いかにも大盛りのお店だと確信させられる重量級の店員さんに迎えられた。フエと私は、顔を見合わせた。周りをぐるっと見渡すと、客層は、男性六割、家族連れ三割、女性一割といったところだろうか。

 席に案内されて、フエが、メニューを見ながら言った。

「ほんとうに凄いボリュームだね。運ばれてきたやつ見た?」

「見た。どれどれ」

 と私もメニューを見始めて、目が輝くのを感じた。

「私は、さっきお菓子食べちゃったから、このハーフのパスタ食べるけど、ももかは?」

 私は、どれも挑戦してみたいと思いながら、まだメニューを見ていた。

 決めた。

「私、ビックグラタン」

「一人で食べるの?」

「食べるよ」

 店員さんを呼んで、注文を終え、出された水を一口飲み、ゆっくり店内を見渡して、ある人に目が留まった。

 やばい。

 どっきんと心臓が動いた。

 井脇ユズだ。

 でも、少し遠いから別人かもしれない。いや、でも、あの顔は確かに井脇ユズっぽい。

私は、一気に挙動不審になった。

 フエが私の異変を察知した。

「どうかした?知り合い?」

 と聞くので、

「ううん」

 とまた私は、小さな嘘をついた。

 落ち着け、落ち着け、私。

 今の姿ならバレるわけがない。化粧もしているし、服装も制服とはまるで違っている。

 それでも、小さな嘘を重ねると、ピンチは何度でもやってくる。

 料理を運んできたのが、井脇ユズだった。

 私は、無意識に顔を隠した。なんとなく。

「ビックグラタンはどちらに?」

「はい」

 私が答えると、私の前に置いてくれた。

「取り皿をお持ちしましょうか?」

 と井脇ユズが言った。

「いえ。一人で食べるので」

 と答えると、すかさず、

「他のお客様ですと、三人ぐらいで」

 と言われて、私は頬を赤らめ、下を向いて、汗をかいていた。

 最後に、井脇ユズは、

「痩せているからいいじゃないですが。たくさん食べてください」

 とユズスマイルを炸裂させ、去って行った。

 思わぬ井脇ユズの登場で、私はすっかりフエの存在を忘れていた。

 もくもくとビックグラタンを食べている間中、ずっと恥ずかしいのとグラタンの熱さで、大量に汗をかいた。

 すると、マジックファンデーションが落ち始めていることに気づき、慌てて、

「ちょっとトイレに」

 と言って、スマホだけ持って、席を立った。

 トイレに入ると、何も考えずに、いつもの癖で、ばしゃばしゃばしゃと顔を洗ってしまった。

 そして、青ざめた。

 席にマジックファンデーションを忘れてきたことに。

 やっちまった。

 仕方なくフエにすぐLINEした。

「会計は私がするから、先に帰って」

「待ってるよ」

「ほんとに帰って」

「そんなに時間かかる?」

「うん。ごめん。バイトの時間でしょ。お腹壊してしまって、出られない。私が会計しますと店員さんに言って、お願いだから、先に帰って」

 私の怒涛のメッセージにフエは帰ることを了承してくれた。

 私は、トイレの中で途方に暮れた。

 どうしたものか。

 ここでこうしている間にも、マジックファンデーションの効力は薄まっていくと思い、意を決して、トイレを出た。

 まただ。

 井脇ユズだ。

「先に出られた方がお会計すませていかれましたよ。お客様、大丈夫ですか?」

 そう言って、顔を覗き込まれた。

 二人ともきょとんとしていた。

私は、すぐ顔をそらした。

 バレた?

 背中にたっぷり汗をかいて、その場を逃げるように去った。

 二日後に、フエに会うと、何か言われるかなと身構えたが、

「あの店員さん、めちゃくちゃかっこよかったね」

 と私の無礼な態度より、井脇ユズのことで頭がいっぱいみたいだった。

 井脇ユズ恐るべし。

「うん」

「ももかも気になった?」

「全然。私はそれどころじゃなかった」

「また一緒に行こうね」

「なんで?」

「なんでって、またあたの店員さんに会いたいんだもの」

「いるかいないかわかんないじゃん」

「それは行かなくちゃわかんないじゃん」

「私、太っちゃうよ」

 マジックファンデーションはつけているときしか痩せないのだ。

「いいよ、ももかは食べても痩せているもの」

 私は、井脇ユズと目が合ったときに、気づかれたんじゃないと、学校で、井脇ユズを見かけると、無意識に、目をそらしてしまっていた。

 元々何の関わりもなく、私の存在を知ってるかどうかも怪しいものだが、あのときのあの感じがどうも気づかれたのではないかと何か悪い予感がしていた。

「話変わるけど、寒冷前線のライブチケットあるんだけど、ももか行く?」

「えっ、行きたい」

「じゃ、今度の土曜日で、ライブ会場の駅に四時ね」

 ライブのことを話し終え、帰ろうとすると、電車より、ちょうどいいバスがあったので、珍しくバスで帰ることにした。

 バスは、会社帰りの人で混んでいた。

「はっ、はっ、はっくしょーん」

 私が、大きなくしゃみをすると、脇に立っていた人に、

「なんだ、そのくしゃみ」

 と言われて、その人の方を見ると、またまた井脇ユズだった。

 私は、つーっと鼻水まで垂れてきた。

 花粉症か、寒暖差アレルギーかはわからない。

「ふっ。ふふふ」

 と本当に可笑しそうに井脇ユズは笑ってこっちを見ていた。

 井脇ユズの顔がくしゃくしゃになって、私はどきっとした。とても素敵な笑顔だった。こんな風に笑うんだなと。私の脳内で、そのときに初めて井脇ユズが、かっこいい人として、私の中に記憶された。

 ライブの当日、フエは、約束の時間より一時間遅れてきて、開演ギリギリだった。

「寒冷前線の音源ちゃんと聞いてきた?」

「こないだのノルマってタイトルのアルバムは聴いたよ」

「それだけ?」

 ちょっと怒った口調でフエは言った。私は、フエが機嫌が悪そうだと思った。

 席に着くと、すぐにライブが始まった。

 私は、あんまり暴れると、化粧が取れると思い、あんまり楽しめなかった。

 ライブが終わって、フエに聞かれた。

「どうだった?」

「うん。良かった」

 実は、知らない曲も多くて、また小さな嘘をついた。

「明日は、どうしてもギガストーリーに行きたいの」

 そう言われれば、私はついていくしかなかった。

 家を出たときから、私の頭上でカラスがたくさん鳴いていて、不吉な予感がする日だった。

 またフエは、二時間遅刻してきた。

 そして、今まで見たことがないぐらい機嫌が悪かった。遅れてきたことをあやまりもしなかった。口数も少ない。私が、

「どこかに素敵な人いないかな」

などとどうにか話題を探して話しかけても、

「うん」

「いや」

 のどちらかしか答えない。私は、私のことで何か怒ってることがあるのか。心当たりがありすぎて、聞くことができなかった。

 ギガストーリーに入ると、すぐに井脇ユズが私を見つけて私のところへやってきた。

「こないだ、大丈夫でしたか?」

「ええ。大丈夫です」

「ちょっと聞いていいですか?もしかして内田テク?」

「違います。甘谷ももかです。誰ですか?ハイテク?」

「ふっ。やっぱ内田テクだろ?」

「違います」

 あくまでも白を切る覚悟だ。

 マジックファンデーションのことは、企業秘密でもある。奈子以外にはバレるわけにはいかない。奈子だけは、ママが許可してくれている。奈子に対するママの信頼は絶大だ。

「やっぱり彼と知り合い?」

「いや、違う」

 また嫌な沈黙の時間が流れた。

 井脇ユズが、メニューとあるものを持って注文を取りに来た。私は、ももかであることを忘れて、吹き出してしまった。

 だって井脇ユズが持ってきたものが、ママの発明品の「瞬速デジタルメモ」だったからだ。声を瞬時にメモで送ることのできる商品だ。人気がある。

 その様子を見たフエの顔色がみるみるうちに変わっていくのを見た。

 フエは、井脇ユズの持ってきた水の入ったコップを持って、

「あんた何なのよ」

 と立ち上がり、声を荒げた。

「何って?」

「友達なんじゃないの?」

 私は、なんと答えればいいのだろう。フエをじっと見た。

「好きな人を取るなんて最低!」

 と手に持っていたまだ一口も口にしていないコップの水を私の顔めがけてかけた。

 私は、冷静に怒るところはそこじゃないし、フエは、私の真実には何一つ行きついていないけど、仕方ないと諦めた。

 そのままフエは、店を出て行ってしまった。

 井脇ユズはその様子を見ていて、たくさんのおしぼりを持ってきてくれた。

 私は、もうどうなってもいいやと思い、マジックファンデーションが落ちてきて、本当の姿に戻り始めた私のままその場に留まった。ちょうどワンピースを着ていたので、服がはちきれるのは免れた。

 そして、井脇ユズは言った。

「ほら、内田テクだろ?」

 誰のせいでこうなったと思ってるだよと思ったけど、私の名前を当てることができて嬉しそうなユズスマイルに怒る気も失せた。

「はい。その通り。すいません」

 私は、すべてを受け入れ、言った。

「ビックフライください」

 とミックスフライの大きいやつを頼んで、いつも通りにたいらげた。

 食べ終え、落ち着いたところで、井脇ユズがやってきて、

「さっきはごめんな」

 と言いに来たので、私は、

「バレてたよね。それより私のことよく知ってたね。話したことないよね?」

「内田は有名だよ。だってあのおじさんに嫌われる香水を発明したミクママの娘だろ?俺は、この瞬速デジタルメモの大ファンなんだよ。お前のママはすげぇよ」

「でも、ほっといていただきたかった」

「ごめんな。また店来いよ。なんかまた痩せる発明か何かだろ。からかってごめんな」

 もう私は笑うしかなかった。

 井脇ユズは、私が店を出るときに言った。

「俺がここでバイトしていることは内緒な。俺も学校で知られたくないからさ。俺だって大変なんだぜ。学校での作り上げられたイメージってもがあるだろ。俺もミクママの新商品の秘密は守るから」

「ほんと?」

「俺、痩せるとか太ってるに興味ないから。俺は、その商品に興味ないし、他の商品のファンだからさ。女だけだろ、そんなの気にしてるのはさ。そんなに体型を気にしてる男ばかりじゃないと思うけどな」

 イケメンにはイケメンの苦労があるのだと感じた。

 井脇ユズが働いてると、学校で知られれば、ユズファンクラブが押し寄せてくるんだろうな。私は、マジックファンデーションにまつわる嘘から解放されて、少しほっとしていた。

 少し頑張りすぎてたんだと思う。

 自分を見失いかけてた。

 フエとの時間はそれなりに楽しかったけど、ずっとつかなくていい嘘をたくさん重ねていて、無理していた。

「テク、洋服を一緒に選んだりしている友達に、この高級チョコ持って行きなよ」

 とママが仕事先からもらってきた高級チョコを差し出した。

「あぁ、もう会うことはないと思う」

「どうしたのよ。あんなに嬉しそうに話していたのに」

「いろいろあって、誤解が誤解を生み、こじれてしまった」

「テクはね、自分の気持ちを話すのが、下手なのよ。ママと一緒なのね。人生損をするわよ」

「ママ譲り」

 ふっと笑ったら、ママは、

「仕方ないわ。二人で高級チョコを楽しみましょう。紅茶入れるわ」

 と言った。

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発明もってこい 渋紙のこ @honmo-noko

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