20:同胞の息がかかったやつ

◇十一日目【6月20日(木)】


■すれ違った少年


 エヴァに遭遇した翌日、おれ達はエヴァが言っていた『同胞の息がかかったやつ』を探すことにした。


 とはいえ、だいたい目星はついている。

 昨日、すれ違った男子学生。

 エヴァが後をつけていた、あの坊ちゃん刈りのやつだ。


 通学路の奈落坂を上りながら、あたりをキョロキョロ見回す。

 けど、簡単には見つからない。

 校門で待ち伏せしたほうが効率がいいかもしれないな。


「それでさ、たっくん! 練習試合が決まったんだよ!」

「うん」

 隣では心優が楽しそうに話している。


「対戦相手がうちに来てくれるんだって! ホームで初試合だよ!」

「そうか」

 適当に相槌を打ちながら、おれはスクールバッグの上で丸くなっているダミアンを見る。


 昨夜もずっと動画を観ていたせいか、気持ちよさそうに居眠りしていた。

 ……悪魔のくせに、人間みたいな生活しやがって。


「ねぇ、たっくん! 聞いてるの!?」

 頬をぷくっと膨らませて心優が詰め寄ってくる。

 生返事してたの、バレたかな?


 まあ、どうせ大した話じゃないだろう。

 新しいパッケージになったお菓子の内容量が減ったとか、ボリュームたっぷりに見えた弁当が上げ底だったとか、だいたいそんな話だ。


 不景気で企業も努力してるんだから察してやれ。

 値上げされたら、小遣いが足りなくなるぞ。

 ていうか、お前は学校帰りの買い食いやめろ。

 部活引退したら絶対太るぞ?


 そんなことを考えながら、心優の腹回りを眺めていると、ギロッと睨まれた。


「たっくん、どうして私のお腹をジロジロ見てるのよ」


「いや別に」

 おれは心優の腹からそっと目を逸らす。


「なんか、釈然としないんだけど」

 心優はブツブツ言いながら、自分の腹を触り始めた。

 ……まさか気にしてるのか?

  いや、まだ現役だし、さすがに太ってはいないと思うけど。


「なぁ心優。背がおれとお前の間くらいで、丸顔で坊ちゃん刈りの男子生徒知らないか?」

 おれの身長は172センチ、心優は…… 160くらいか?


 心優はわざとらしく顎に手を当てて、

「うぅぅん……  そうねぇ……  わからん!」


「だろうな」


 全校生徒は約八百人、単純計算で男子は四百人。

 それだけの情報で分かるわけがない。


「もっと詳しい特徴、おしえてみ」

 心優は協力してくれるようだ。

 といっても、どんな特徴があったかな。


「えぇっと、やたらと目つきがきつかったような気がするな。それから、顔色がすごく悪かった」

 顔色が悪かったのは、エヴァに尾行されていることを知っていたからだろうか?

 びくびくしているように見えたし。


 あれっ?


 あのときエヴァは、あんなに可愛い女子高生の姿をしていたのに、あいつはどうしてヤバイ奴だって気づいたんだ?


 違和感に気づいたおれは、ダミアンに相談するため、心優から離れることにした。

「心優、おれちょっと用事があるから先に行って……」


 そう言いかけた時、心優は胸の前でポンと手を打って、顔の前で勢いよく人差し指を立てた。


「わかった! その男子、知ってる!」


 おれ達は心優のクラス、二年四組の教室の前側の入り口から、中の様子をこっそり覗いていた。


 ダミアンとは校舎の前で別れた。

 今ごろ、おれのクラスの横に植えられた木の上で、気ままにくつろいでいるだろう。


「ねぇ、あの子じゃない?」

 心優が窓際に座る男子生徒を指さす。


「心優、もうちょっと小さい声で」

「なんでよ?」

「いいから」


 廊下でコソコソと中を覗き込むおれ達を、二年四組の生徒がチラチラ見ながら教室に入っていく。


 心優の指先を追うと――

 昨日すれ違ったあの坊ちゃん刈りのやつが、ぼんやりと窓の外を眺めていた。


「名前は?」

「えっと、なかはら…… ゆうた君、だったと思う。ちょっと待って」

 心優はカバンをがさごそ漁り、一枚の紙を取り出す。


「あった」

 得意げにニヤリと笑って見せる。


「ヘヘっ、座席表!」


「なんでそんなの持ち歩いてんだ?」

 たぶん、カバンの中を整理しないから、四月から入れたまんまになってたんだろうけど……


 おれ達は中原から見えない位置に移動し、座席表を広げた。

 確かにそこには「中原 勇太」の名前が記されていた。


「心優、ちょっと頼みがあるんだけど」


「んっ、なになに?」


「あのな……」

 おれは心優にそっと耳打ちした。


「えっ、でもなんで?」

 やっぱりそう訊かれるわな。


 説明に困ってると、心優はふっと笑って、

「いいよ、見てきてあげる」


 そう言って中原の方へ歩いていった。

 ……察してくれて助かる。ありがとう、心優。


 ……と思ったのも束の間。


 心優は中原の背後二、三メートルの距離まで近づくと、なぜか急に忍び足になった。

 実に怪しい。もうちょっと普通にできないのか?


 そして、心優は後ろから中原の首元を覗こうとして…… 振り向いた中原と目が合った。


 ……沈黙。


 心優は口笛を吹く真似をして誤魔化そうとしたが、いたたまれなくなったのか、そそくさとおれのところに戻ってきた。


「あはは、ごめんたっくん。見れなかった」

 おれはがっくりと肩を落とした。


 それからというもの、休み時間になるたびに、おれは中原の様子をうかがった。


 廊下で見張っていたが、どうやらあまり教室から出ないタイプらしい。

 『同胞の息がかかったやつ』かどうか、なかなか確認するチャンスが訪れない。


「なにしてんの?」


 二年四組の教室から少し離れたところで、ドアが開くのを待っていると、後ろから心優に声をかけられた。


「別になにも」

 適当に答えつつ、心優を見ると体操服姿だった。


「まだ、中原君のこと調べてるんだ」

 首を傾げている。どうしてって訊きたいんだろうな。


「次、体育か?」

「そうだよ。バレーボール」


 四組の次の授業は体育か。

 体育は二クラス合同だから、心優たち女子は三組の教室で着替えてたのか。


「私、バレーボールが苦手でさぁ…… 前の授業でも人差し指を突き指しちゃって……」


 体育だったら、中原も体操服に着替えて出てくるはずだ。

 二年四組のドアが開くと教室から、着替えを終えた男子生徒が次々と出てきた。

 その中に―― 中原の姿を見つけた。


「心優、じゃあな」

「えっ、ちょっと――」


 心優が何か言いかけたが、それを無視して中原の後を追った。

 体育館に向かう男子生徒の間をすり抜け、中原の後ろにつくと首筋を覗く。

 そこには絆創膏が二枚、平行に並べて貼られていた。


 これは…… 噛み傷。


 間違いない。


 おれは中原に気づかれないよう、そっと距離を取った。


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