19:生き残りゲーム

■生き残りゲームの真相


「ごちそうさま」

「お粗末さまでした」

 姉ちゃんが作った晩ごはんを平らげて、食器を流しへ運ぶ。


「琢磨、今日使った体操服、洗濯機に入れておいてね。片付けが終わったら洗濯するから」


「ありがとう」

 姉ちゃんの心配そうな視線が、元気の無いおれを追いかけてくる。


 無理もない。

 エヴァの言葉が頭から離れないんだから。

 あれは、ほとんど“死の宣告”だ。


 自室に入ると、押し入れの上の段でノートパソコンとにらめっこしているやつがいた。

 背中を向けていて表情は見えないが、おれ以上に深刻そうだ。


 椅子に腰を下ろし、ダミアンの方へ体を向けた。


「おい、ダミアン」

√ ……なんだ。


 ダミアンは体を動かさず、首だけ回して……、回して……


「うわぁっ!」

 ドタンッ!!


 首だけ180度回転したダミアンを見て、びっくりして椅子ごとぶっ倒れた。

 怖い。

 心臓がバクバクしている。


√ 何をしている。用が無いなら呼ぶな。


 ダミアンの首はそのままぐるりと360度回転し、元に戻る。

 大丈夫?

 ルナの首、ねじ切れてない?

 古いホラー映画を思い出したよ。


 おれはダミアンを抱き上げ、勉強机のパソコンモニターの前に置いた。


 置物の猫のようにピクリとも動かない。

 自称、吸血族最強のダミアンは、なんというか……

 放心状態だ。


 ドライキャットフードの小袋を横に置いてやると、前足で器用に掴み、お菓子みたいにポリポリ食べ始めた。

 悪魔のこいつは平気でも、宿主のルナには栄養が必要だ。

 たぶん食欲は無いけど、無理して食べてるんだろう。


 食べ終わったタイミングを見計らい、おれは口を開いた。


「エヴァって何ものなんだ?」


 ペロペロと前足を舐めていたダミアンが、ピタッと動きを止め、虚ろな目をこちらに向けた。


√ エヴァはこのゲームに参加している最古の吸血族だ。あのババアは既に数千年生きていると聞いたことがある。それだけに経験を積んでいるし、持っている魔力も膨大だ。


 ……ちょっと待て。なんか新しい単語が出てきたぞ?


「ゲームってなんだ?」


√ ゲームとは、我々がいま行っている生き残りゲームだ。魔王様の主催で、殺されれば消滅、生き残れば次があるのだ。以前も話したが、生き残るというのは宿主の自然死だな。


「魔王に強制されているのか?」


√ いや、志願すれば参加できる。消滅するリスクを冒してまで、参加するやつはあまりいないがな。


 ……つまり、こいつは好き好んでこの世界に来たってことか。


「そんなことして、お前にメリットはあるのか?」


√ あるぞ。まず生き残れれば魔力を強化してもらえる。それに、眷属の吸血鬼が長生きすれば、生きた年数分の褒美がもらえる。褒美というのも魔力の強化だがな。前回、吾輩の眷属は三百年以上生きたので、膨大な魔力を与えられたのだ。


 えらく饒舌になってきた。話しているうちに、元気を取り戻したようだ。


「三百年ってすごいのか?」


 吸血鬼は永遠に生きられると小説で読んだことがある。

 だから、死なないものだとばかり……


√ 吸血鬼は永遠に生きることができる。だが、それは“殺されなければ”の話だ。

 一呼吸置き、ダミアンは続ける。


√ 吸血鬼も含め、吾輩らの天敵は人間なのだ。人間は吾輩らを見つけると、昼間に集団で襲ってくるからな。いくら永遠に生きられると言われていても、実際には五十年生きられればかなり長いほうだ。


 そんなものなのか。

 吸血鬼は弱点が多いことで有名だけど、それって物語の中だけのことかと思っていた。


√ 話がそれた。魔王様からは魔力だけではなく、ギフトも与えられる。


 ギフト……

 吸血族から下僕に与えるだけじゃなく、魔王から吸血族に与えるパターンもあるんだ。


「で、どんな能力なんだ?」


√ 実はまだよくわからんのだ。いろいろと試してはいるのだが、攻撃系統の能力ではなさそうだ。


「お前、自分の能力も分からないのか?」


√ ギフトに関しては説明がないからな。手探りで調べるしかないのだ。

 どうやら魔王は、あまり親切じゃないらしい。


√ キャットフード、もう一袋くれ。

「あぁ」

 棚の上から試供品の袋を取って渡す。


√ 吾輩がゲームに参加した一番の理由だが……

 ダミアンはキャットフードの袋を開け、手で一掴みして口に放り込んだ。

 猫のくせに、ほっぺたがハムスターみたいにふくらんでいる。


√ 地獄は吾輩にとって、刺激のないつまらないところでな。

 もぐもぐしながら、ダミアンはどこか遠くを見つめる。


√ こっちの世界は美しい。吾輩は命を危険にさらしてでも、人間界に来たかったのだ。

 人間にとっては迷惑な話だが、熱っぽく語るダミアンの瞳はきらきら輝いている。


 他にも気になることは山ほどある。

 おれは一つずつ確認していくことにした。


「おれがエヴァに石を投げられたとき、無事でいられたのはなぜだ?」


√ 防御魔力を纏ったのだ。簡単に言うと魔力の鎧だな。鎧の効果は自分と、体が接触しているものだ。貴様が無事だったのは、素手で吾輩の尻尾を握っていたからだ。


「じゃあ、あのときお前の尻尾を掴むのが遅れていたら……」


√ 貴様の頭に穴が空いていただろうな。

 ゾッとする答えに、体が勝手に震える。あのエヴァってやつ、ほんとにやばすぎる。


「つっ、次の質問いいか?」

√ 良いぞ。


「血の契約でおれの体に影響が出ているみたいなんだけど」


√ それに関しては吾輩も知らなかった。吾輩、この世界に来るのは三度目なのでな。いろいろと経験が不足しているのだ。いや、そんなことに詳しいのは、あのババアの年の功というものかもしれんがな。


 ダミアンは、キャットフードをポリポリと噛み砕きながら、おれの体をじろじろと観察する。


√ 本来なら吾輩が手に入れるはずの能力が、貴様に備わってしまったということだな。確かに疲れやすいとは思っていたのだ。体力もあまり無いし。


 なるほど、心優といっしょに走ってもすぐに疲れが回復したし、郷原やグール相手に怪我をしたときも、やけに治りが早かった。

 そう振り返ると、違和感の正体が見えてくる。おれの体は、確実に変わり始めている。


「おれはまだ人間なのか?」


√ 人間だ。それは間違いない。

 即答されたけど、どうも信用できないな。


√ 次!

「人気者ってなんだ?」


√ 人気者とは、多くの者に持て囃される存在のことだ。

「誰が辞書の内容をそのまま答えろといった! 真面目に答えろ」


√ ……貴様、人の過去を詮索するのは、あまりいいこととは思えんぞ。

 こいつ、絶対に何かを隠している。


「こ、た、え、ろ」

 ダミアンは嫌そうにため息をつくと、渋々話し始めた。


√ 前回、人間界に来たときの話をしただろ。吾輩の眷属が三百年生きた話だ。

「あぁ」


√ あのとき、他の吸血族の眷属を全員浄化してやったのだ。そのおかげでこの四百年、吸血鬼騒ぎは起きなかった。どうだ、吾輩に感謝しろ。ふぁはっはっはっ。いてっ。

 思わずデコピンしてやった。


「それって、つまり、他の吸血族にめちゃくちゃ恨まれてるってことだよな?」


√ 吾輩は魔王様が決めたルール内で戦ったまでだ。恨むほうがどうかしている。


 ぷくっと頬を膨らませて、ムスッとしている。

 猫ってこんな表情できたっけ?

 いや、首が一回転しても生きてるんだし、深く考えるのやめよう。


 四百年の平和ってのは確かにありがたい話かもしれないが、こいつが同胞に恨まれていることは、おれにとっては頭の痛い問題だ。

 もし、おれとダミアンが血の契約を交わしたことが広まれば、大勢の吸血族に命を狙われるのは確実だ。


「お前の眷属は騒ぎを起こさなかったのか?」


√ 吾輩の眷属は素直で気のいいやつだったので、長生きできるように指示を与えておいたのだ。


「そんな方法があるのか?」


√ ヴァンパイアが血を摂らなければ生きていけないことは、貴様も知っているだろ。ならば、絶えず血を入手出来ればいいわけだ。


「まあ……理屈としては分かるけど」


√ ヴァンパイアは欲望に忠実だ。だからすぐ人を殺して騒ぎを起こし、最終的に討伐されるのだ。

 そういう理由で、ヴァンパイアは五十年も経たずに死ぬのか。


√ 吾輩の眷属だった男の名はウィリアムという。吾輩はウィリアムをグレート・ブリテン島の北部にある小さな村に連れて行ったのだ。その村はあまり外界と接触の無い村で、食料は自給自足していたのだが、稀に日照りが続いて農作物が壊滅的な被害を受ける年があってな。そんな年には、村人の二割くらいが飢えで亡くなっていたのだ。だから、吾輩は日照りの年にウィリアムに雨を降らせるように指示した。


「雨を降らせるようにって?」


√ ある程度の魔力を持ったヴァンパイアなら、雨雲を呼んで雨を降らせることくらいできるぞ。


 それ、小説で読んだ憶えがある。


√ 今日はもともと曇っていたが、エヴァとすれ違った後、一気に暗くなって雨が降り出しただろう?


「あれって、エヴァがやったのか?」


√ そうだ。吸血族や、大きな魔力を持つヴァンパイアであれば誰でも雨を降らせることは可能だ。


 ヴァンパイアより上位の吸血族なら、天候を操るくらいは朝飯前ってことか。


√ 話を戻すぞ。吾輩は、村人に「ウィリアムは山に住む仙人だ」と説明し、「雨が必要なら、いつでも呼びに来い」と伝えた。すると、村人たちは大喜びして、何かお礼をしたいと言い出したのだ。


「イギリスに仙人って概念あんの?」


√ イギリス…… というかスコットランドだな。そのへんは適当に説明しておいたが、それなりに納得していたぞ。


 こいつ、意外といい加減なことしてんな。


√ そこで吾輩は、礼として花嫁を要求したのだ。こうして、ウィリアムは年頃の娘を妻に迎え、村から少し離れた山中の朽ちた屋敷を修理して暮らすことになった。ウィリアムは巧みに妻を説得し、毎日少しずつ血をもらうことに成功した。あとはその繰り返しだ。吾輩の宿主はすぐに自然死したが、ウィリアムは生き延びる才覚があったようでな。そのおかげで、吾輩は大量の魔力を得ることができた。


「よく嫁さんを言い含められたな」


√ ヴァンパイアはある程度の魔力を持っていれば、人を魅了することが出来るからな。


 それも知ってるぞ。

 ソースは小説だけど。


 最後にエヴァが言った気になることを訊いた。


「憑依が定着するってなんだ?」


√ 憑依したばかりだと、魔力が安定せず制御が難しいのだ。しかし、次の満月の夜になれば、憑依は定着し本来の実力を発揮できるようになる。


「つまり、次の満月がきたらエヴァが襲ってくるってことか?」


√ そうだな。ババアの性格からして、他人に獲物を譲ることはないだろう。


 満月。次の満月って、いつだっけ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る