12:太陽が昇る前に

◇八日目【6月17日(月)】

■早朝トレーニング


 週明け。おれはダミアンを連れて一人で登校した。

 ダミアンが日本語を普通に話せるようになったというのもあるが、いつまでも学校を休んでいるわけにいかない。

 ちなみに心優はソフトボール部の朝練で、先に登校している。


「ねぇ、ニュース見た?」


「見た見た。また吸血殺人が起きたんだって。しかも隣の区でしょう」


「そうだよ。あの辺りだって」


 昼休み、自分の席で寝ながら、女子たちの噂話を聞いていた。

 今朝のニュースでは、隣の区で吸血殺人の被害者の遺体が見つかったと言っていたらしい。

 会話の感じだと、発見現場はこの高台にある学校から見える場所のようだ。


 おれは窓の外に目をやる。

 校舎に沿って植えられた樹木の枝で、ダミアンが昼寝をしているのが見える。

 こうして見張ってくれているのは、おれの死がそのままあいつの死に直結している証拠だろう。


「ふぁあああああ……」


 おれはあくびをしながら、机から体を起こした。


 眠いのには理由がある。

 それは週末の朝のことだ。

ーー《二日前》ーー


√ 起きろ、この寝坊助。

 早朝、ダミアンに叩き起こされた。


「なんだよ、まだ四時半じゃないか」


 ダミアンはおれの枕もとで仁王立ちしていた。


√ 早く着替えろ、この蛆虫め。これから貴様の根性を叩き直してやる。


 なんだ、朝から軍隊ごっこか?

 そういや昨夜、ハリウッドの戦争映画を観てたな。


 おれは眠い目をこすりながら、ゆっくりとベッドから下りた。


「鍛え直すってなに?」


√ これから貴様に戦い方を教えてやる。公園のときのように、一方的にやられっぱなしにならないようにな。


 どうやら、郷原たちにやられたときのことを言っているようだ。


「そんなの無理だよ。郷原はこの辺りで一番ケンカが強いんだぜ。それに比べておれは、ガリ勉くんなんて馬鹿にされるくらい弱いんだ」


 ケンカで郷原に勝つなんて無理だ!

 ということを力強く言ってみた。


√ 弱いことを自慢するな、バカ野郎め。男なら一矢報いてやろうというくらいの気概を持て。


 持ったさ。

 だから中学のとき、キックボクシングのジムに二カ月かよった。


 だけどいくらジムで鍛えても、郷原とは格が違った。

 中三の三学期、郷原に呼び出されたときも、おれはビビッて手も足も出せなかった。

 いくら格闘技を習っても、心が負けていたらなにもできない。


√ 貴様が吾輩の下僕にならないのなら、危険を回避できるように鍛えなければならない。貴様の命は吾輩の命でもあるからな。


 下僕ってなんだよ。

 前にも下僕になれって言ってたな。


「仮に体を鍛えるにしても、早すぎないか? まだ太陽も出てない時間だぜ」


√ 太陽は嫌いだ。


 こいつは吸血族とか言うやつだった……


「太陽が出ていたら、外に出られないのか?」


√ 普通の猫としては外出できるぞ。ただ、このように二本足では歩けんな。


「外に出るときは、四本足でいいだろ。むしろ二本足で歩いているところを人に見られたら、大騒ぎになるぞ」


√ 吾輩はたとえ10分でも普通に歩きたいのだ。


 今日の日の出は四時五十分みたいだな。

 目覚まし代わりのスマホに、日の出の時間が出ていた。


「二本足で歩きたきゃ、学校の屋上でも歩いてろよ。誰も来ないぞ」


√ 二本足で歩くには魔力を使う。魔力を使っているときに日光に当たると火傷をするのだ。太陽が出ているときに出来ることと言えば、雨を降らすか、貴様とつまらん話をすることくらいだな。


 結構不便なんだな、吸血族。

 というか、つまらなくて悪かったな。


「じゃぁ、夜ひとりで屋根の上でも散歩すればいいじゃないか」

√ 夜、貴様を一人にするのは不安だ。

 おれの命の心配か?


「もう少し寝ていたいんだけど……」

√ 着替えろ。早くしないと七花の血を貰いに行くぞ。


「お前、姉ちゃんには手を出さないって、約束しただろ」

 おれは立ち上がってダミアンに詰め寄った。


√ 殺しはしない。もちろんヴァンパイアにもしないが、血を貰うくらいいだろ。


「だめだ。姉ちゃんには絶対手を出すな」


√ では、吾輩に従え。行くぞ!


 くそ、姉ちゃんを人質にするなんて。悪魔め。

ーー《現在》ーー


 ということがあって、今日で朝のトレーニングは三日目になる。


 ダミアンが言う「トレーニング」は、ランニングや筋力、瞬発力などの基礎トレーニングのことだ。

 今日も朝から二時間くらいみっちりとやらされた。

 昼寝をしてもしかたない、と思う。


「ねえねえ、たっくん。ジョギング始めたんだって?」


 眠くて目に涙をためていると、騒がしいのがやってきた。


「何で知ってんだ、そんなこと」


「へへっ、ななちゃんに聞いた」


 さすが我が家に入り浸っているだけあって、おれの行動は筒抜けだな。


「何時から走ってるの? ジョギング付き合ってあげようか?」


 心優がニヤニヤして訊いてくる。

 足の速さを自慢しようって魂胆が見え見えだ。

 こいつは帰宅部のおれと違って走るのが速いからな。


「四時四十分から走ってる」


「えっ」


 なんだ?

 分かりやすく固まったな。


 さすがに心優でも、そんな時間に起きてないか。


「なんでぇ。朝寝坊のたっくんが、なんでそんな時間に起きてるのよ」


「いや…… あの、ほら、生活習慣を改めようと思ってさ。早起きすると気持ちいいし」

 毎朝、猫に叩き起こされているとは言えない。


「ほんとに? その割には昼間っからぐっすり眠ってたじゃない」

 ……見てたのかよ。


「まっ、不健康な生活習慣を変えようなんて、いい心がけだね」


「そうだろ、はははは」


 よし、誤魔化せた。

 たぶん。


「じゃぁ、明日からジョギングに付き合ってあげよう!」


 ……は?

 なんでそうなる。


「いや、いくらなんでも太陽も出てない時間に、女の子が外出するのは危ないんじゃないかな」


「たっくんが一緒にいるでしょ」


 悪魔を名乗るやつも一緒にいるんだけど。


「なに? 誰かと一緒に走ってるの?」


 ……鋭い。

 なんて答えようか悩んでいると、


「えっ、もしかして女の子?」


 確かにメスだけど、中身は男だな。

 なんて他愛もないことを考えていると、心優の様子が明らかにおかしくなっていった。


「ごめん、その…… たっくんにそんな関係の子がいること、知らなかったの……」


 いや、泣きそうな顔で笑うな!

 なんで勝手に話進めてんだよ!


「ルナと一緒なんだけど」


「へっ?」


 このあと、心優はおれのトレーニングに付き合うことが決まった。


 ダミアンには、二本足で歩く事は諦めてもらおう。

 そう思って木の上を見ると、ダミアンは慌てたように起き上がり、キョロキョロと周りを見回していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る