11:吾輩はダミアン

◇五日目【6月14日(金)】

■血の契約


「いてっ」


 鋭い痛みに目を覚ますと、化け猫が指にかじりついていた。


√ 早く起きろ。この寝坊助め!


 昨日よりもずっと流暢な日本語が、頭に飛び込んでくる。


「おはよう…… ございます」


√ パソコンが動かなくなったぞ。早く直せ。


 のろのろと起き上がり、押し入れの中からパソコンを取り出し電源を入れる。


「バッテリー切れです。充電するので、少し待ってください」


 あくびをかみ殺しつつケーブルをつなぎ、ついでにシャッターを開けようとしたが、


√ シャッターは開けるな。


 化け猫の鋭い声に手を止める。朝日が嫌なのか?


√ 朝飯が終わったら話がある。


「どんな話ですか?」


√ 七花が出掛けてからだ。


 どうやら姉ちゃんがいると落ち着かないらしい。


「わかりました」


 それ以上、特に話すこともないので、おれ達はリビングへ。

 姉ちゃんと他愛もない話をしながら朝飯を終え、会社へ送り出す。

 そして、おれ達はシャッターの閉まった暗い部屋に戻った。


 電気を点けると、化け猫が話しかけてきた。


√ そこに座れ。


「はい」


 言われるがままにカーペットの上に正座した。

 化け猫は勉強机に駆け上り、一段高いところからおれを見下ろす。


√ 日本語で分からないことがある。教えろ。


「どんなことでしょう?」


 これだけ喋れるようになっているのに、勉強熱心だな。


√ どうして日本語には第一人称がこんなにも多いのだ?


 どこからかメモを取り出し、前足でトントンと指し示す。

 日本語の第一人称がずらずらとリストアップされている。


 いや、どうやってペンを持ったんだ。この前足で……

 なんてことを考えながら、首をひねっていると。


√ 何を使えば良いだろうか?


 と訊いてきた。


「さぁ……」


 好きなのを使えよ。と、心の中で毒づく。


√ では、『余』というのはどうだ。

「なんか将軍みたいで偉そうですね」


√ そうか、では『朕』は?

「それは絶対ダメです。使える人は限られてるから」


√ 制限があるのだな。

「他にいいのがあると思います」

 もっと普通のを選べよ! と思ってしまった。


√ 拙者。

「武士か!」

 なんかばかばかしくなって、普段の言葉が出てきた。


√ おいどん。

「西郷さん?」


√ 手前。

「あきんどか!」


√ わらわ。

「姫様かよ!」


 ツッコミ疲れて、足を崩してあぐらをかいた。化け猫はまったく気にした様子が無い。


√ 貴様、文句が多すぎるぞ。

「僕とか私でいいんじゃないかな」

√ ありきたりだな。

 こいつ、こんな短時間でどうしてこんなに流暢に、話せるようになってんだ?


√ 吾輩。

「お前は猫か?」

√ 猫だが。

 あ…… そうだった。それにお前って言ってしまった。まったく、気にしてなさそうだが。

「もう、それでいいんじゃないか」


√ よし、吾輩にしよう。では改めて、吾輩はダミアンという。貴様はガリ勉くんで良かったかな?

「よっ、吉野琢磨です」


√ よしのたくまか。そこに名前を書いてみろ。

 ペンを投げられ、おれは手近にあったチラシの裏に名前を書いた。


√ 漢字で書け。

「はい」

 言い方がきついので、思わず「はい」なんて返事をしてしまった。


√ 琢磨か。よし、覚えた。

 こいつ、ダミアンっていうのか。クロとかタマとか、もっと日本らしい名前だと思ってた。あっ、でもこいつ洋猫だしな。


√ ところで琢磨、貴様に話がある。

「どんな話だ?」

 もう丁寧に話すのも面倒になってきた。疲れるし。


√ 貴様、吾輩の下僕にならんか?

「嫌です」


√ 即答だな。

 当たり前だ。なんで化け猫の下僕にならなくっちゃいけないんだ。


√ まぁいい。無理強いはできんしな。

「あのぅ、おれはあんたのこと、なんて呼べばいいんだ」


√ さっきダミアンと名乗っただろ。

 ダミアンは何度言わせるんだ、という目で机の上から睨んでくる。


「じゃぁ、ダミアン。お前は何ものなんだ?」

√ 見てわからんのか。


「化け猫?」

√ ちょっと待て。

 ダミアンは押し入れに入ると、パソコンを操作し始めた。


 しばらくしてこちらを振り返ると――

√ 誰がゴブリンキャットじゃ、ボケェ!

 と鬼の形相で飛びかかって、おれの頭を肉球で引っぱたいた。


「いててて」

 ダミアンの猫パンチは、思った以上に痛かった。


 翻訳サイトで翻訳したのか。パソコン使いこなしてるな、この化け猫。


√ いいかよく聞け人間。吾輩は悪魔、吸血族最強のダミアンだ。よく覚えておけ。

 ダミアンは、おれの足の間で凄んだ。


 …… えっ、悪魔? 化け猫じゃないんだ。吸血族……

 思わず、後ずさる。


「もっ、もしかして連続猟奇殺人の犯人って…… お前なのか」

√ 吾輩はそんなことしておらんぞ。


 間違いない。

 こいつは猫の姿をしているが吸血鬼、ヴァンパイアだ。だって、おれの血を舐めたがってるし。


 …… おれ、こいつに噛まれて血を舐められたぞ。

「お前、ヴァンパイアなのか? まさか…… おれをヴァンパイアにしたんじゃないだろうな」


 ダミアンはきょとんとした顔でおれを見つめ、やがて――


√ 貴様は吾輩にけんかを売ってるのか。

 あっ、やばい。お怒りのようだ。


√ ヴァンパイアは、我々吸血族が作り出す下等種だ。一緒にするな。それに、貴様はまだ人間のままだ。

 よかった。おれはまだ人間のままか。あれっ、いまこいつ、自分たちが作り出したって言ったぞ。


「じゃぁ、猟奇殺人の犯人は、お前が作り出したヴァンパイアなのか?」


 おれが問うと、

√ 違う。吾輩は今回、人間界に戻ってからは貴様の血しか摂取していない。犯人がヴァンパイアだとして、それを作ったのは他の奴らだ。

 などと、恐ろしいことを言い出した。


「他の奴らって?」

√ 吾輩を含め、十三人の吸血族が地獄からこの地に来ている。


 十三人? 吸血鬼だか吸血族だか知らないが、こいつと同じ化け物が十三人もいるだって……

「それって、ねずみ算みたいに、無限に増えていくってことか?」

 背筋に冷たいものを感じた。そんなの、ひと月もあればこの街がヴァンパイアだらけになるじゃないか。


√ ねずみ算とやらはわからんが、そのような心配はいらん。一度にヴァンパイアにできる数には限度があるからな。


「そうなのか」


√ ふむ。平均的な吸血族が、人間をヴァンパイアにするとき、最低でも自身の持っている魔力総量の五分の一くらいの魔力が必要だ。だから、一度に一人しかヴァンパイアにすることが出来ん。


「どうして? あと四人分は残ってるだろ?」

√ いい質問だ。仮に平均的な吸血族の魔力総量を100としよう。

「はぁ」


√ 人間をヴァンパイアにするには20の魔力が必要だ。そして、そのヴァンパイアが眷属のヴァンパイアを作るときも20必要になる。つまり、吸血族が眷属を増やすためには、40以上の魔力を与えなければならない。

 どうして? と口にする前に、ダミアンは続けた。


√ ヴァンパイアにされた者はした者の眷属になる。だが、必ずしも従順とは限らん。奴らは自我を残すため、裏切った例はいくらでもある。


「じゃあ、どうするんだ?」


√ 簡単なことだ。主側が常に魔力で優位に立てばいい。例えば、40の魔力を持つヴァンパイアの場合、20を眷属に渡せば互角になるだろう? だがそれでは不安だ。すぐに魔力は回復しないからな。


√ だから45ほど与えて、主側が25を残すくらいの優位性を持たせてやらないと、ヴァンパイアは自分の眷属を作りたがらない。せめて25対20くらいにならないと、怖くて眷属なんて作れないからな。


「そうなる…… のか?」

 ヴァンパイアにされたほうは、したほうの下僕になるんだと思ってた。それなら、するほうも慎重にならないといけないな。


√ 個体差はあるが、主側のヴァンパイアは魔力総量45なので、数か月後には45まで魔力は回復する。眷属側の魔力総量は20だから…… 勇気があるやつは、自分の眷属を作るかもしれんな。

 つまり、こいつら吸血族の眷属の眷属は、自分の眷属を作れないってことか。


√ もし吸血族が45のヴァンパイアを二人作れば、自身の魔力残量が10になるだろう。

「……自分の四倍以上の魔力を持ったヴァンパイアが二人」


√ そうだ。魔力が回復していないその状況で、二人のヴァンパイアが襲ってきたら、その吸血族は苦戦するだろうな。

「だから、一度に一人しかヴァンパイアにすることが出来ないんだな」


 ダミアンは大仰にうなずく。

√ ちなみに、吾輩の魔力総量は、おおよそではあるが三人分、300はある。


 ダミアンは自慢げに、フンっと鼻を鳴らして胸を反らせた。

 300か。それなら一度に三人ヴァンパイアにしても魔力量的には優位だということか……


 いや、待て。ヴァンパイアってアンデッドだよな。死ぬのとあまり変わらないんじゃないのか?

 もしこいつがこれから人をヴァンパイアにするなら、退治する方法を考えなきゃいけない。殺人鬼のようなものと一緒には暮らせない。


「お前、これから人間をヴァンパイアに変えていくつもりか?」

 恐る恐る尋ねると――


√ 吾輩は猫に憑依したこの状況に絶望している。早く今回の人生、いや猫生が終わってほしいとも考えている。しかし、殺されたり、自殺することは出来ない。そのようなことになると、吾輩は消滅してしまい次回が無くなるからな。


「つまり、ルナがおかしな死に方をすれば、お前は完全に死んでしまうってことか?」


√ そうだな。この猫が老衰死するか、自然な形で病死するのを待つしかないのだ。それにこの猫が自然死しても、ヴァンパイアが人間界に残っている限り、この世界に戻ってこれん。吾輩達がこの世界に戻る条件は、人間界のヴァンパイアが全滅してから1000回目の満月の夜だ。


「お前は猫の体から解放され、一度地獄に帰り、それから出来るだけ早くこの世界に戻ってきたいってわけか」

 ダミアンは、大きく頷く。


√ すなわち、吾輩が望む状況とは、この猫が生きている間にヴァンパイアを絶滅させ、この猫が自然死することだ。ヴァンパイアを増やすどころか、他のやつが作り出したヴァンパイアなんぞ、全滅させてやるわ。


「このあいだ、おれを襲った化け物は?」


√ あれは喉の渇きをいやすことしか考えていない、グールだ。人をヴァンパイアにするとき、噛みついて魔力を注ぐのだが、それが少ないと、高い確率で本能のまま振る舞うグールになってしまうのだ。憑依して間もないのにいきなり眷属を作るとは、よほど自信があるか、あるいはバカだろうな。憑依してしばらくは、魔力が安定しないのだから。まっ、バカのほうは心当たりはあるが。


「グールはどうしておれを襲ったんだ?」


√ ただの偶然だ。川の上を飛んできたからな。川上に巣でもあったんじゃないか。

 狙って襲ってきたんじゃないと知って、少しだけ気分が楽になった。

 それにしても、運が悪い……


「グールはあの後どうなったんだ」

 おれはグールが気になった。もしまだ近くをうろついていたら、たまったものじゃない。

 

√ 川に落としたぞ。

 「……それだけ?」


 ダミアンはフンと鼻を鳴らして続けた。

√ あのときは吾輩も余裕がなかったのだ。なにか心配しているようだが、ヴァンパイアは、いやあいつはグールだったな。奴らは川に落としておけば動けなくなる。日が昇れば日光に焼かれ、今はもう灰になっているだろうよ。


 そういえば、吸血鬼は水が流れる場所では動けなくなるって、まちゃみが言ってたな。

「一番気になっていたことだけど…… どうしておれなんだ?」


√ どういう意味だ?

「どうしておれの血を欲しがるんだ? 誰の血でもいいんじゃないか?」


 ダミアンはじっとおれを見つめた後、やがて重々しく口を開いた。

√ それに関しては、話しておかなければならんな。

 おれはゴクリとつばを飲む。


√ 吾輩には貴様の血が必要だ。いや正確に言うと、貴様の血だけでいいのだ。吾輩と初めて会ったときのことを覚えているか?

「公園のブランコに座ってたときのことか?」


√ 貴様がこの黒猫を、抱き上げたときのことだ。

「それだったら⋯⋯」

 ブランコから落ちて、背中をおもいっきり打ったんだっけ。


√ 吾輩は貴様を見つけて、憑依しようと飛びかかったのだが、いきなりこの黒猫が吾輩の前に現れてな。


 そういえばあのとき、青白い光がおれに向かって飛んできて……

 驚いて、ブランコの上でバランスを崩した気がする。


√ 不本意ながら、この黒猫に憑依してしまったのだ。一度憑依すると、宿主は変えられん。


「もしお前がおれに当たっていたら、おれは体を乗っ取られていたのか?」

√ まあ、そういうことになるな。


 ゾッとした。危なかった……

 ルナには悪いが、悪魔憑きになるところを、間一髪逃れたわけか。


√ そして憑依した勢いで、貴様の指に噛みついてしまったのだ。


 そういえば心優が、「野良猫に噛まれたんだったら病院に行け」とうるさかったな。

 結局行かなかったけど。


√ 噛みついたとき、貴様の血を摂取したことで、貴様の体と吾輩の間で《血の契約》が成立してしまったのだ。


「…… それって、どういう?」

 なんだその聞き捨てならないワードは。《血の契約》ってなんだよ。


√ 血の契約は、憑依後最初に血を吸った相手と結ばれる。吾輩達は血の契約を行うと、契約相手の血を定期的に摂取しなければ気がふれ、やがて死に至るのだ。本来なら、憑依した肉体と結ぶのが常なのだが…… 吾輩はこの黒猫に憑依したにもかかわらず、貴様の血を摂取してしまったのだ。


 つまり……


「おれが血をあたえなければ、お前は死ぬってことか?」

 ダミアンは黙って頷いた。


「おれってまだ普通の人間だよな?」

√ 貴様は人間のままだ。吾輩が知る限り、人と違うことといえば、血の契約を結んだことで、吾輩の念話を聞くことが出来るというくらいだ。


 知ってる限りってなんだ。本当に大丈夫なのか疑わしくなってきた……

 そうだ、もうひとつ重大なことを聞いておかなくては。


「姉ちゃんを殺すって言ったけど、本当に殺すつもりだったのか?」


√ 貴様の血を貰うために脅かしただけだ。しばらく貴様の血を吸えず、吾輩も限界が近かったのでな。

「じゃあ、ただの脅しだったってことか?」


√ 貴様が血を提供しないというのであれば、殺しただろうな。

 冷や汗がにじむ。あのとき、おれが折れて血を差し出さなかったら、姉ちゃんは……


「おれが血を提供し続ければ、姉ちゃんに手を出さない。ってことでいいんだよな」

√ 安心しろ。その約束は必ず守る。七花を殺すと貴様の精神に悪影響が出そうだからな。貴様には健康でいてもらわねば困るのだ。


 なるほどな。こいつは絶対に、おれには手を出さないし、守ってもくれるということか。

 そして精神の健康まで気を遣うというのなら、姉ちゃんやおれの知人にも手を出さないということだろう。

 でも、


「あのさ、もう一度確認するけど、おれが知らないところで人を殺したりヴァンパイアにしたりしないよな?」


 おれの関係者が大丈夫でも、こいつが他所で人を殺していたら、一緒にいることはできない。

 そんなことをしているのが分かれば、おれは絶対に病む。


 ダミアンはおれの顔をジッと見たあと、

√ それはやめておこう。赤の他人でも吾輩が殺したりヴァンパイアにしたことが分かれば、貴様の精神に悪影響が出そうだ。


「……約束するか?」

 おれは念を押した。


√ 吾輩の生命を脅かす存在でなければ、殺すことはないだろう。


「生命を脅かす存在は殺すのか?」

√ それはしかたないだろう。吾輩は殺されるわけにはいかないのだ。

 確かにそれはしかたがないのかもしれない。


「それでも、極力殺さないようにしてくれないか」

√ 善処しよう。

 自分を殺そうとした相手にも、善処してくれるというのだ。とりあえず、それで納得することにした。


√ 分かっていると思うが、血の契約のことは誰にも話すな。もし吸血族に知られれば、貴様と知人にも害が及ぶぞ。


 ……吸血族同士でも、バレたらまずいのか? 仲間内で殺し合いでもやってるのかな。


√ それと最後に、七花には他人を家に招待するなと伝えておけ。

「どうしてだ?」

 ダミアンが唐突に妙なことを言ってきた。


√ このあたりの家には、結界が張られているのだ。家を建てる前に、この国の司祭がなんらかの儀式を行ったのだろう。だから、我々は住人の招きがないと家には入れない。


 へえ、そういうのって実際にあるんだな。

 ここら辺は建売住宅が多いんだけど、建設前に神主さんを呼んで、魔除けでもやってくれてたのだろうか。

 まさか、そんな形で恩恵を受けることになるとは思わなかったが……

 こればかりは、業者に感謝するしか無い。


「じゃあ、招待すると入れるのか?」

√ そうだ。住人に招待されれば、家に入れていい者として扱われ、結界を通り抜けられるようになる。吾輩のようにな。

 つまり、こいつが家に入れたのは、姉ちゃんが家に招いたからか。


√ これまでに招待したことのある者も招くな。憑依されたり、ヴァンパイアになっている可能性があるからな。

 そんなこと言われたら、誰も家に入れることが出来ない。

 ダミアンの言葉に、思わず顔をしかめる。


√ いいか。吸血族はこの付近に住んでいるか、仕事をしている可能性が高いのだ。船を下りてから、憑依するまでの時間に制限があってな。あまり時間がなかったので、吾輩と同じく手近な人間に憑依しているはずだ。つまり、港からそう遠くには行っていない。


 お前は猫に憑依してるけどな。

 と言おうとして、ぐっと飲み込む。


「ってことは……」


√ 港から半径1キロくらいの場所にいた人間だな。例えば、その範囲で働いているか、住んでいる人間。吾輩がこの辺りを散策した限り、港、倉庫、学校、居住地などがある。それなりに人の出入りが多い地域だ。


 確かに、この辺りは人口もそこそこ密集しているし、埠頭や海岸沿いには会社も多い。

 ――って、おい。


「それって、この家も範囲内じゃないか……」

 港から半径1キロメートルなら、この家だって入っている……


√ 吸血族は人間に憑依するという特性上、宿主の生活から大きくかけ離れたことはできん。宿主が生活できなくなれば、吾輩らも困るからな。


「お前らは、血さえ吸っていれば生きていけるんじゃないのか?」

√ 吾輩らはそうでも、宿主はそうはいかん。宿主には住む場所や食事は必須だ。それがなければ、健康は維持できん。それに吾輩らが眠っているときや、体を制御をしていないときは、宿主は普段通りの生活をするのでな。

 こいつら、眠るのか…… それに、体の制御をオンオフできるってこと?


「宿主はお前らに憑依されていることを知っているのか?」

√ 吾輩らが体を制御しているとき、宿主の意識はない。憑依されていることなど知りもしないだろう。ただ、自分を夢遊病と勘違いする宿主は多いらしいな。


「それじゃ、宿主は」

√ 待て。今日はもう終わりにする。

 唐突に、ダミアンが話を打ち切った。


 なんだ? まだ聞きたいことが……


√ 猫の体が睡眠を欲している。吾輩はこの猫の健康にも気を配らなければならないのでな。睡眠をとるので起こすなよ。


 ダミアンはそう言い残し、あくびを噛み殺しながら押入れに入っていった。


――――――――――――

■《POV:目つきが鋭い少年》


 西港中央駅から西におよそ二キロ。

 西港駅は、ウォーターフロントの商業施設が建ち並ぶこの地域の最寄り駅となっている。


 午後10時。二人の少年は西港駅を出て、国道沿いに西へ。

 一人は180センチ程の長身で、幼さが残る丸顔の細身。

 もう一人は170センチを切る、目つきの鋭い細身。


 少し歩くと、パラパラと雨が降ってきた。

 彼らは片側四車線の国道を渡ると、中央市場のほうへ向かった。


「おい、仲間、本当にいるのか?」

 長身の少年が訊ねる。


「はい、間違いありません。一瞬ですが、さっきこの方角から強烈な魔力を感じました」

 目つきが鋭い少年が返事をした。


(……さっきの気配、悪い冗談じゃ済まねぇな)

 隣の長身の少年を見上げる。

(弟―― 翔太がこんな事になってなきゃ……)


「よし、案内しろ」

 目つきの鋭い少年は一歩前に出て、翔太を案内する。


 歩道沿いには数件の飲み屋が営業していて、酔っ払い達が大きな声で談笑していた。

 二人はその横を通り抜け、やがて運河に差し掛かる。


「あの辺りです。強い魔力を感じます」

 魔力を感知した目つきの鋭い少年が、狭い路地を指さす。


「わかった。お前、俺の後ろ、さがれ」

 翔太が言うと、目つきの鋭い少年は従う。


 二人は慎重に路地へと向かう。そして路地へ入ったところで、建物と建物の間から人の脚が見えた。


「うっ」


 心臓がはねた。

 点滅する街灯に照らされたその脚は、僅かに痙攣し、時おり大きく跳ねる。


(どう見ても尋常じゃねぇ)


 怪しい気配は、その脚の持ち主の方から感じる。

 目つきの鋭い少年は翔太の命令通り、その背に隠れながら近づいていく。


 そして――


「うわぁ、ああああっ!」

 目つきの鋭い少年は尻もちをついて、後ずさった。


 そこには、頭にネクタイを巻いた――典型的な酔っぱらいの男性の首に食らいつく、中年女性の姿があった。

 頸動脈を嚙み千切るようにして、その血液を啜っている。

 そして、鋭い目つきで翔太を睨んだ。


「あぁぁぁぁっ!」

 喉が引きつって、かすれた悲鳴しか出ない。


「うるさい、黙れ」

「ひっ」

 翔太のゆっくりと低く響く冷たい声に、悲鳴が止まった。


「あなた…… 誰ですの? わたくしの前に立つからには、名乗るのが礼儀でしょう?」

 上品な話し方とは不気味なほどちぐはぐで、口の周りを血でべっとり濡らした女が言う。


 女の問いに翔太は薄く笑うと、落ち着いた声音で応じた。


「食事、邪魔した。久しぶりだな、サマエル」

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