【第一部 第一章 悪鬼上陸】1:悪夢の始まり
◇初日【6月10日(月)】
■理不尽の夜
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さっきからおれの頭の中に、誰かの苛立ちと失意が流れこんでくる。
『失敗した』
それは日本語じゃなく。いや、人間の言葉ですらない。なのに、なぜか意味は分かる。
あれっ? こいつら、気付いていないのか?
こいつら―― さっきから一方的に殴りかかってくる、この連中のことだ。
……耳から聞こえたわけじゃないし、気づくわけないか。
√ %$#&
「ぐはっ!」
とっさに腕でかばった腹に、容赦のない蹴りが突き刺さる。
公園の地面に横たわっていたおれの体が、一瞬ふわりと浮いた。
脳内には、さっきから意味不明な言葉が次々と流れ込んでくる。
やばい、頭を打ったのか……?
「ったく、マジで気に入らねえ奴だ」
おれは郷原に蹴り上げられた腹を押さえ、胎児のように丸くなって咳き込んだ。
郷原の二人の取り巻き――川田と坂田が、バカにしたように笑う。
「ガリ勉くん、大丈夫かぁ?」
「お前、中学んときから変わんねぇな」
郷原の金魚の糞のくせに笑わせやがる。
いや、今の状況は笑えないなぁ。
日が暮れるまで埠頭近くの公園でブランコに座って考え事してたのを、今さらながら後悔した。
郷原たちと再会したのは一年三ヶ月ぶり、中学の卒業式以来だ。
「ねぇ、吉野くん、吉野琢磨くん、なんか言ってよ」
郷原がしゃがみ込み、おれを覗き込んでくる。
顔をゆがませながら、馴れ馴れしく名前を呼ぶ声が、いちいちムカつく。
郷原は180センチを超える長身で、おれよりも10センチは高い。
細身だけど、無駄な肉のない引き締まった体つき。いわゆる細マッチョってやつだ。
一方のおれは、高校二年になる今まで、スポーツとはほぼ無縁の帰宅部を貫き通している。
いや、厳密に言えば中学の頃、近所のキックボクシングジムにちょっとだけ通ってたことがある。
でも、実際にやったのはシャドーボクシングとミット打ちくらいで、技術が身についたわけじゃない。
そんなおれが、郷原に勝てるはずもなく。
カマキリみたいな獰猛な顔が、すぐ目の前まで迫る。
おれは反射的に睨み返した。
どう足掻いても勝てないのは分かってるが、この理不尽に対しての、ささやかな抵抗というやつだ。
「こいつ……」
√ %∩$#∋&
郷原が立ち上がり、再びおれの腹を蹴り上げた。
とっさに腕で腹を庇うも、その上からでも容赦ない衝撃が突き抜ける。
「ぐぅぅ……!」
くっそ、この野郎!
手も足も出ないのが不甲斐ない。
衝撃が腹を揺らし、吐き気がこみ上げる。
思わず顔を背けて咳き込んだ。
呼吸は乱れ、喉の奥に酸っぱいものが広がる。
「うげぇ、きったねぇ……」
坂田が後ずさる気配がした。
さっきまで座っていたブランコに目を向けると、座面の上で黒猫が苦しそうに横たわって、おれをじっと見つめていた。
こいつと関わったのがまずかったかな。黒猫は不吉だって言うし。
「ちっ、行くぞ」
郷原は興が冷めたのか吐き捨て、横たわるおれを軽く鼻で笑うと、取り巻きを引き連れてその場を去っていった。
おれは虚ろな目で夜空を仰ぐ。
くそっ、こんなことなら、悠斗と合コンに行くんだった。
すっごい美人が来るって言ってたしなぁ……
――――――――――――
■黒猫
ボォォォォォォ――
大型船の汽笛が、夜の空気を震わせる。
郷原たちが去ってしばらく、おれは地面に倒れたまま動けずにいた。
ようやく上体を起こし、あぐらをかく。
……雨?
さっきから冷たいものが頬に当たると思っていたら、ポツポツと雨が降り始めていた。
今は六月中旬。梅雨に入ったばかりで、いつ降ってもおかしくない。
とはいえ、土砂降りになってずぶ濡れになるのも勘弁してほしい。
――いや、そのほうが上着も綺麗になっていいか。
黒猫が気になってブランコを見たが、もうそこに姿はなかった。
さっきまで、確かにそこにいたのに。
少し長めの毛を持つ、丸い顔の外国産の猫。
毛並みは泥で汚れ、痩せ細っていたから、たぶん捨て猫だろう。
おれは片膝を立て、ゆっくりと立ち上がった。
服の中まで砂が入り込んで、気持ち悪い。
今日はマジでついていない。
バイト先の人事から「今日で最後な」と告げられ、帰り道では郷原に絡まれた。
「最悪だ!」
おれはふらふらとした足取りで、公園の出口に向かう。
「くっそ……」
吐き捨てて、公園を出て車道を横切ろうとしたとき、
√ #&$(%#!¥
「えっ?」
頭の中に、『止まれ』という命令が直接流れ込んできた。
さっきと同じで、人間の言葉じゃない。
反射的に足を止めた。
――次の瞬間。
ボワーン! ボワーン!
猛スピードで突っ込んできた大型トラックが、大きなクラクションを鳴らしながら、おれの鼻先10センチをかすめていった。
「っ……!」
ペタンと尻もちをつき、呆然と辺りを見回す。
さっきの黒猫以外、誰もいない。
今の声、まさか……
思い返せば、郷原に蹴られたときも、ガードする場所を的確に指示された気がする。
恐る恐る、黒猫を見ると、金色に光るその瞳が、おれをまっすぐ射抜いていた。
――まるで、人のように。
なんだこいつ……
おれは気味の悪さに耐えきれず、一目散に家へ逃げ帰った。
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