第2話 練習試合

練習試合当日。

監督が吠える。

「今日の相手は私立北辰総合学園さんだ!格上だが恐れず攻めること!分かったか!」

「「「はい!」」」


雨宮 恒一は、ベンチの端に座っていた。

ユニフォームは着ている。スパイクも履いている。

なのに、ここに座っているだけで、胸の奥がざわつく。

「……本当に、出す気かよ」

 隣で誰かが小声で言った。

 名前は聞こえなかったが、その視線が一瞬、こちらに向いたのは分かった。

無理もない。

保健室登校。高校での実戦経験ほぼゼロ。中学以来、公式戦はおろか、練習ですら登板していないし部活にも出ていない。信用されていなくて当然だろう。

それでも今日は…

「雨宮!肩をつくれ。」

5回の表。監督が淡々と言う。


その一言だけで心臓はバクつくし足は震えるし最悪だった。

榮枝君と一緒にブルペンに向かう。

試合では控えの捕手が球を受けている。うちのエースの調子は良さそうだ。

「雨宮、お前うちのエースの名前も知らないんだろう?」

榮枝君がおちょくる様に聞いてくる。

「えっと…その………分かりません。」

「ハッハ、まぁそうだよな。あいつの名前は相澤晴彦。俺と同じシニア出身でな、制球力はないが球威もあるし変化球もいい感じ。だがスタミナが無い。せいぜい投げられて七回まで。9回は絶対無理。だから監督も雨宮をリリーフとして出したいんだろう。」

「相澤君か…」

「無駄話はここらへんにして何球投げる?」

「じゃあ…3球で。」

「少なっ!そんなんで肩できんのかよ。」

「今日はいいんだ。」

―――――――――――――――――――

「さて、出番だぞ雨宮!」

「う、うん…」

「大丈夫!緊張すんな。俺のミットだけ見てろ。」

「…」

恐る恐るマウンドへ足を踏みいれる。

マウンドに立つとやはり視界が狭くなる。

打者のヘルメットがやけに大きく見えた。


…考えるな…考えたら終わる。


捕手のサインはストレート。というかそれしか練習してない。

セットポジション。

足が震える。指先の感覚が無い。自分がボールを握っているのかすら分からない極度の緊張。


それでも。振りかぶり、腕を振る。


僕の体から離れたボールは大きく外れスローボールとなって後ろのフェンスに当たる。

大失投。


やってしまった。

ベンチから様々声が聞こえるが内容は全部同じだろう。聞く必要は無い。それでも心臓はうるさいくらいに鳴り、手は震え、ありえないほどの汗が湧いてくる。

そんな僕の感情も皆の怒声も一閃。

「しっかりせんか!雨宮!」

監督の怒声が聞こえた。怒声は怒声でも皆のとは違う声だった。腑抜けた僕を締めるような一声。

そうだ、たかが練習試合。そんな思い詰めることでもないよな。もっと軽く、軽く。キャッチボールぐらいの感じで…


“パンッ”

銃声のような乾いた音がグラウンドに鳴り響く。


ここでは僕はエースじゃない。エースはもういるのだから。じゃあ僕のやることは一つ。うちのエースに勝利をあげよう。リリーフとして最高の結果を出そう。それしか僕に存在価値はないのだから。


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2025年12月27日 15:00

保健室のエース 落伍 @rkg_rei

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