第2話 爆乳姫子という理想の奥さま

爆乳姫子さん、そのお名前から想像される通り……いえ、それ以上に豊かな母性を体現したような容姿の持ち主。しかし、彼女の本質はその包容力あふれるお姿だけでなく、家事全般、特に料理における完璧な仕事ぶりにございます。


「いいお米を頂いたの」と私が電話で漏らした瞬間、「それなら私が一番美味しい状態に導いてあげるわ」と、エプロン持参で颯爽と駆けつけてくれました。それにしても、お米の銘柄ごとに研ぎ方や浸水時間を変えるなど、それは主婦の一般常識なのでしょうか。この溢れんばかりの知識と包容力。彼女なら、明日どこへ嫁いでも即座に「理想の奥様」として崇められることでしょう。


それに引き換え、私の料理の腕前は、未だ「レシピ本との格闘」の域を出ません。お嫁入りの道は、ヒマラヤ山脈よりも遠く険しいものに感じられます。


「いいじゃない。私がお嫁さんになってあげるから」


姫子さんは土鍋の火力を『こげまるくん』のレバーで絶妙に調整しながら、事もなげにそんな恐ろしいことをおっしゃいます。


その謎理論はやめてくださいませ。その言の葉を口にする度に、周囲の誤解が深まっていくのです。最近では私の両親のみならず、ご近所の方々まで『あのお二人はいつ式を挙げるのかしら』なんて眼差しを向けてくるのですよ。


特に我が両親の期待に満ちた目がつらい。姫子さんが我が家へ嫁いでくる日を指折り数えて待っている姿は、私の娘としてのプライドを完膚なきまでに粉砕しております。私の女子力は、親の目から見てもそこまで絶望的なのでしょうか。ダブルウェディングドレスという前衛的な結婚式だけは、何としても回避せねばなりません。


そんな私の葛藤をよそに、土鍋からは香ばしさが一段と強まってまいりました。 お米が炊き上がる前の、あの独特の甘い蒸気の香り。炊飯器のスイッチ一つで済ませる日常では味わえない、贅沢で静謐な「待機」の時間。


「さて、ご飯の準備は整ったわね。次は脇役を揃えましょうか」


姫子さんが流れるような動作でお味噌汁を作り始めます。 当家で使用しておりますのは、馴染みの味噌蔵から直接買い付けている、こだわりの「豆味噌」でございます。赤味噌というよりは、もはや深淵な黒。某味噌地方の血を騒がせる、濃厚でコクの深いお味。かつて私の母はこのお味噌汁の一杯で父の胃袋を掴み、結婚へと至ったという伝説の一品でございます。


当然、私もその味を受け継いでいるはずなのですが、なぜ姫子さんが作るお味噌汁は、私よりも「我が家の味」に近いのでしょうか。


「ふふ、お味噌を溶く瞬間の香りが一番のご馳走ね」


楽しそうに笑う姫子さんに、私は微かな敗北感を抱かずにはいられません。しかし、負けてばかりでは女がすたります。私も自らの存在価値を示すべく、パントリーの隅から秘蔵の品を取り出しました。


小ぶりな常滑焼の壺。中身は、私が丹精込めて育てている「自家製ぬか漬け」でございます。 毎日欠かさずかき混ぜ、乳酸菌の機嫌を伺いながら熟成させた胡瓜と大根。これこそが、私の女子力の結晶。熱々のご飯には、これ以上の相棒はおりません。


「あら、いい香り。お嬢のぬか床、順調に育っているみたいね」


褒められると、少しだけ鼻が高くなります。そうです。チョロイのでございます。 そうこうしているうちに、土鍋の火が消され、重要な「蒸らし」の時間に突入しました。


本日の食卓を彩る器は、瀬戸の誇り、赤津焼を選びましょう。 独特の深緑が美しい織部釉の茶碗。この落ち着いた緑色が、炊きあがったお米の純白を、より一層神々しく際立たせてくれるはず。


ふと見ると、食卓にはお茶碗の他に、小鉢がいくつか並べられています。それも、やけに形の良いものが。


「これが食べたくて、さっき来る途中で直売所に行ってきたのよ。あのおじさま、私がお願いしたら二つもおまけしてくれたわ」


姫子さんが愛おしそうに並べたのは、地元産のブランド卵。 丘の途中にある、鶏の健康にこだわり抜いた養鶏場の直売所。姫子さんがそこへ買い物に行くと、なぜか「爆乳割引」あるいは「微笑みおまけ」という謎のサービスが発動するのです。おばさまに見つかって怒られていなければ良いのですが。


「TKGにしましょ」


姫子さんが、満面の笑みと共に宣言しました。


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