第2話 【月光に咲く花】
矢は尽き、刃先がぐらつく折れかけの棒と化した槍を引き摺りながら、 ただ歩く。
せめて杖にでもなってくれたら、楽になるのにさ……。
手に持った棒に、恨めしい視線を落とし、 でも捨てるわけにもいかないこの状況に、私は苛立ち、ぼやく。
「……なんでこんな目に合ってるの……私。 ……ツイてない」
なんとか森に紛れ込むことは出来た。 傷もそこまで深くない。
重い足取り、速い拍動。 荒れてはいるが、確かな呼吸。
振り返らず、心許ない気持ちを隠しきれずに、つい、言葉をこぼす。
「……みんな、無事……。 上手く撒けた……かな……」
罠の見回りと、運が良ければ兎を一羽。 上手く行けば、豪華な晩御飯にありつけられるかも。
なんて浮ついた足取りで、森に向け街道を歩いていただけの夕方。
背後から早駆けで通りすがった騎馬達が、少し前で停まり、 馬上の見知った顔が振り返り様、私に”にべもなく”告げ、手招きする。
「人手が足らんっ!お前も来いっ!」
急かされ駆け寄った私を、もたもたするなと言わんばかりの腕が、 有無も言わさず掴み上げ、馬の背中に引き摺り込む。
こんなことなら、あの時最初から、 ”森の中を通って行くべきだった”、と唇を噛むが、もうすでに遅すぎる。 後悔を抱え、今は目的地と違う森の中、ただただひたすら歩く。
このまま茂みに紛れておけば、やり過ごすことも容易いかも。 そう思う私の気持ちとは裏腹に、歩き続けた私の視界が開く。
見開いた目に映る、月光に柔らかく照らされた、白い花の群れ。 見つめた先で揺れる花。
目を凝らし、見据える。
焦点の先には、屈み込もうとする男、と、 地面に倒れ後退りしながら、拒絶の声を上げる少女がいた。
「えっ?……あれは? ……まずいっ!……間に合って!」
身体は拒絶をするかのように重く、足取りは更に鈍い。
焦る気持ちと逸る心で、足を前に押し出し走り、賊の動きを見る。 上から乗りかかり、男が少女の頬を強く弾いた……ように見えた。
「神様っ! お願いっ! 間に合わせてっ!」
祈り。そして、焦り。
「クソッ! 矢があれば……ここから射ってやるのに……!」
近づくと、のしかかる男の横には、背中を槍で突かれ、 倒されたであろう、父親と見える亡骸が少女に追いすがるかのように、倒れている。 距離を詰めて背後に回り込み、 手に持つ重りでしかなかった槍を横に振り上げる。
が、刃先が勢いで明後日の方へ飛び去った。
それに構わず、男を、無我夢中に槍で薙ぎ、叫ぶ。
「離れろ〜! この、変態野郎っ!」
男は少女の上から弾き飛ばされ、転がる。
唖然とした顔のまま、口から泡を吹く男の顔を、蹴りつけてやろうと思った。 が、そこまですることも無さそうだ、と踏みとどまった。
本懐を果たせぬ使い方をされた短槍を、脇に放り投げ、 少女を抱きかかえると、優しく語りかけた。
「間に合った。……お嬢ちゃん……ねえ、お嬢ちゃん。大丈夫? 生きてる? もう大丈夫。大丈夫だからね」
百合色の髪の少女は目を大きく見開き、私を、 両の瞳でしっかりと見つめ返した。
赤く充血した瞳。 たくさん流したであろう、涙の痕。
私はもう一度、優しく落ち着かせる様にゆっくりと語りかける。
「もう、大丈夫だからね」
少女は、静かに瞼を閉じ、 私に抱き抱えられながら、気を失った。
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