第7話 血の女神


 「――巫女さまのご降臨である」


 男の厳かな声が堂内に響く。さざめきが一瞬で静寂に変わった。


 強い香が焚きしめられた薄暗い堂内には、老若男女関わらず、多くの人間が集まっていた。一様に灰色の簡素な道服を身に着けている。


 人々の前にはしばいの舞台のような壇が設えられている。壇上には数本の燭が灯されており、仄明るくなっている。


 壇の両袖からそれぞれ、か細い人物がひとりずつ現れ、壇の正面に向かって歩いて行った。

 壇の中央には、さらに階段状のひな壇が造られ、一番上に椅子が二脚並んでいる。両袖から現れた人物は、ひな壇を上り、それぞれ椅子に腰を下ろした。


 いずれも十五、六歳の華奢な少女だった。長い黒髪を頭頂でふたつの髷に結び、それ以外を胸前と背中に長く垂らしている。

 陶器の人形のように美しい少女ふたり。そっくりの容姿は、双子であることを明らかにしている。


 ただし、瞳の色は異なっていた。左に坐した少女は紅玉のような赤、右に坐した少女は碧玉のような碧。

 衣装も瞳に合わせたのか、左の少女は赤い裙裳に薄紅色の衫を重ね、薄紅色の披帛ひれをまとっている。右の少女は碧の裙裳、薄緑の衫、薄緑の披帛ひれだった。


 少女たちの背後には、異形の神像があった。黒檀で彫られているのか、真っ黒だ。王冠を被り、豊かな長い髪を腰まで伸ばしている。

 胡坐をかいた坐像で、腕は左右に二本ずつ、首には幾重にも首飾りを垂らしていた。


 神像の顔は不明瞭だが、女神像だった。


「〈血の女神〉と巫女さまに、跪拝、叩頭礼を」


 再び男の声が響く。すると一同は一斉に跪き、深く叩頭礼をした。


「それでは、これより〈不死の儀〉を執り行う」


 男の声が終わるや、銅鑼の音が静寂を切り裂いて鳴り響いた。


 壇の左手側から背の高い黒衣の男と、同じく黒い裙裳をまとった女が現れた。右手側からは、灰色の道服の男たちによって臥牀が運ばれてきた。

 臥牀の上は白い布で覆われており、人が横たわっているような隆起がある。臥牀の下には口の広い大甕が置かれた。


 背の高い黒衣の男が臥牀の後ろに立ち、ひな壇の少女たちに跪拝する。そして人々からは見えないように、臥牀の布を自分側の半分だけ捲り上げた。


 男の手には、獣の角のような円錐形の器具が握られている。男が器具を布の中に押し込む所作をすると、呼応するかのように黒い裙裳の女が、大甕の上に高脚の杯を差し出した。


 男の手元の下、臥牀から滴る液体。女が杯でそれを受け、捧げ持ってひな壇を上がっていく。液体は大甕に細い筋を引いて落ちていく。


 黒い裙裳の女は、椅子に座る少女に拝礼し、左側の少女に杯を捧げた。


 紅玉の瞳の少女は杯を受け取り、口をつけて飲む仕草をする。続いて隣に座る碧玉の瞳の少女に渡すと、その少女も同様に飲む仕草をした。


 黒い裙裳の女が杯を受け取り、少女たちに拝礼して、ひな壇から降りてきた。そして杯を黒衣の男に渡す。


 黒衣の男は両手で杯を受け、頭上に高く掲げた。


「〈血の女神〉が供物をお受け取りくださった。〈不死の儀〉は成った」


 怒涛のような叫びが、静寂を壊した。人々――信徒たちは歓喜の声を上げ、涙を流した。


 むせかえる香に、生臭い血の匂いが混じり合う。

 爛れたような熱狂が、薄暗い堂内を飲み込んでいた。

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