第8話 芍薬 1
「おまえが、おれを頼ってくれるとはな。感動したぞ」
「……頼みたくはなかったが、おまえしかいない」
「そういえば、昼間ともに出かけるのは初めてだな。おまえのその恰好、なかなか新鮮だぞ」
月祥はいま、金繡楼の
(どうせ、見るからに胡人だからな)
永春は西方から東海までの交易の中心地であるため、月祥の異質な容姿は奇異ではない。だが、すれ違いざまにちらちらと見られている気がする。
「そりゃ、おまえが永春一の美貌だからだ。自覚ないとは言わさんぞ」
「やめてくれ。宵娥のときに言われるならともかく、素のときに言われても褒められている気にはならない」
「それだけ目立つと、悪さはできんな」
暁賢は声を上げて笑った。
尚書省六部刑部は、皇城の乗天門街に在る。暁賢が前もって根回ししておいたらしく、名乗ったらすぐに招き入れられた。
「今日のお越しでよかったです。明日には埋葬する予定でしたので」
下官が暁賢と月祥を安置所まで案内してくれた。
「お帰りのときに、お声がけください」
下官が退出すると、月祥はさっそく遺体の確認を始めた。少し腐敗が進んでいるようだが、まだ十分に皮膚を保っている。
二十歳になるかならないかの若い娘だった。死に顔に苦悶の様子はなく、眠っているように穏やかだ。
「……暁賢」
それは、すぐに見つかった。
娘の頸に穿たれたふたつの穴。ちょうど人間の犬歯で噛まれたくらいの大きさだった。
「やはり、血を糧とする異類の仕業か」
「いや、違う」
「違う、とは」
「よく見ろ。牙で突き破ったのなら、こんなに鋭利な穴にはならない。これは、鋭利な刃物で穿った穴だ。たとえば……細い管のような、筒状の器具とか」
――瀉血器。
ふと、月祥に思い当たるものがあった。
「どうした」
「瀉血を知っているか」
「知らんな。血を出すということか」
「西方の国で行われている医術のひとつだ。人間の身体には四種の体液があって、その調和が乱れると病気になる。調和を取り戻すためには不調な体液を排出する必要があり、瀉血を行う。その際に使う器具を瀉血器という」
「ふぅん。稜でも、体内の気と血と水の調和が健康維持に重要だと考えるが、似たようなものか。で、この傷痕が、その瀉血器の穴に似ていると」
「……と思う」
月祥は身体の他の部位も調べた。同様の穴は、左胸と両手首、両大腿にも見つかった。
「気の毒に……」
暁賢が痛ましそうに眉根を寄せる。
「抵抗した形跡がない。おそらく、薬物かなにかで眠らされているうちに処置されたのだろう。――目的は、血を抜き取ること」
「なんのために」
「そこまでは、わからん。だが……人間の仕業の可能性もあるということだ」
そこで、月祥はふと思いつく。
「行方不明者の情報はないのか。若い娘がいなくなったのなら、家族が探しそうなものだが」
「それは、おれも確認した。殺された娘たちについて、捜索が行われた記録はない。それどころか、遺族も見つからない」
「天涯孤独なのか」
「そうじゃない。遺族も行方がわからんということだ」
「家族そろって行方知れず?」
月祥は暁賢を見つめた。暁賢は困ったように頭を掻いて、
「……じつは、気になることがある。娘たちの遺族には、ひとつ共通点がある」
「共通点」
「いずれも〈
「〈精魄道〉……あの、独特の導引によって不老長寿を目指す養生法を唱える教団か」
「そうだ。だが、いま〈精魄道〉の導引は永春でも人気のある養生法で、そこいらの街路でも朝っぱらから年寄りや
月祥と暁賢は尚書省六部刑部を出て、暁賢の馴染みの茶楼へ行った。
茶楼の個室で、香り高い熱い茶を飲む。すると、鼻の奥にはりついた死臭が抜けて、清涼になった。
「〈精魄道〉とは、いつから流行りだしたのだ」
月祥が問う。
「戴万貴を知っているか。永春でも有数の富商だった男だ」
「聞いたことはある。うちの客ではなかったが。だった、とは」
「半年前に亡くなった。事故だったようだ。で、その寡婦である薛氏が提唱したのが、あの養生法の始まりだ」
「寡婦が導引か」
「薛氏は娘のころから評判の美人だったようだな。流行りの髪型や衣裳をいち早く取り込み、美しさと若さを保つ術にも熱心だったらしい」
「だから不老に憧れたのか。なるほどな」
「冷めた言い方だな。おまえはほぼ不老不死かもしれんが、不老長寿は大半の人間の願いだぞ」
「わたしたちは不死ではない。人間よりははるかに長命だが、滅ぼす方法だってある。そういうおまえは、不老長寿なんて興味あるのか」
「いつまでも美味い酒を飲んでいられるくらいには、元気でいたいと思うぞ」
澄ました顔で、暁賢は茶を口に含む。
「それで、寡婦が創始者となって〈精魄道〉が組織されたのか」
「そこがいまひとつわからん。薛氏は自身のことには熱心だが、他人を巻き込んで宗教的な組織を創るなどという欲はなさそうなのだ。かつて戴家の下婢だった者に聞いたのだが、気まぐれで、あまり思慮深い性分ではないらしい」
「では、誰かほかの者が背後にいると」
「いるだろうな。これは別の下婢に聞いたのだが」
「おまえ、いつの間に、そんなに調べたのだ」
次々と出てくる情報に、月祥は半ば呆れる。
「おまえが、延徳坊で見つかった遺体を調べたいと文を寄越してからだな。なにか始めるつもりだと感じたから、手伝おうと思って」
「嘘だな。退屈していたから、面白そうだと乗ってきたのだろう」
「おれの友情を信じないのか」
「信じない」
暁賢は、わざと大仰に落胆して見せた。
(いくら閑人とはいえ、全部自分で聞き取りをして回ったわけではないだろう。間諜か、それに似た働きをする従僕が複数いるはずだ)
人を使い、情報を集める術に慣れている。そういう身分の生まれなのだ。
「それで、別の下婢からなにを聞いた」
「薄情なやつだ。……戴が亡くなる少し前から、異国の男が出入りするようになっていたそうだ。商人で、ついでに
「夫人となにか?」
「
「夫人に取り入って操っているのか。そいつが〈精魄道〉を組織したわけか」
そこまで話して、月祥は不意にひらめく。
「……ちょっとまて、寡婦の姓が、薛とは」
「そうだ」
暁賢がにやりと笑う。
「
「……」
茶楼をあとにして、大路を連れ立って歩く。
いつしか宵闇が降り、酒家の燈籠がにぎやかな人の波を照らしていた。
「店はだいじょうぶか」
「
「ならば、もう一軒付き合え」
月祥は足を止め、暁賢を見る。並んで立つと、少しだけ暁賢のほうが背が高い。
「たまには、外で飲むのも悪くなかろう」
どこか無邪気に笑って、暁賢は月祥の返答を待たず歩き始めた。
(わたしが断るとは、思わないのだな)
人ごみに紛れていく広い背中を、見送るように眺める。
――おれの友情を信じないのか。
先ほどの暁賢の言葉が蘇る。半分は冗談だったかもしれない。
だが、半分は――。
ふ、と無意識に笑みを漏らし、月祥は暁賢の背中を追いかけて歩いた。
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月痕幻夢譚 桜木 タマヲ @sapphiresoda27
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