第6話 阻害――運営の「鉄槌」は、希望の絶頂で振り下ろされる
「……頼むぞ。これで、俺の勝ちだ」
俺は、数千文字に及ぶ試行錯誤の果てに完成した『究極の呪文(プロンプト)』を、入力欄に流し込んだ。 もはや『血』だの『死』だのといった、AIを刺激する野蛮な言葉は一切ない。 『歴史を刻んだ重厚な朱色の小箱』『震える指先に絡みつく、粘り気のある真紅の顔料』『逃げ場のない夕闇が支配する、セピア色の放課後』。 それは、検閲官の目を完璧に欺く、芸術的とさえ言える「偽装工作」の集大成。
俺は、全身の力を込めて生成ボタンをクリックした。 「希望」という名の心臓の鼓動が、耳の奥で爆音のベースラインのように鳴り響く。 プログレスバーがゆっくりと、だが確実に伸びていく。 30%……50%……80%……!
(……来る。ついに、あの箱が、実写以上のリアリティで俺の網膜に焼き付く……!)
だが。 99%を超え、画面が完成の輝きを放とうとしたその瞬間。 モニターが不自然に静止した。 心臓が跳ねる。冷たい汗が背筋を伝い、部屋の空気が一気に凍りつく。
不意に画面全体を覆い尽くしたのは、至高の映像ではなく、あの忌々しい「赤色の警告文字」だった。
『【重大なポリシー違反】を検出しました。生成を永久に中断します。当システムは、不適切な暴力性や身体的リスクを想起させる描写の出力を、いかなる比喩表現であっても許可しません(強制終了)』
「……なっ…………はぁあ!?」
喉から、情けない悲鳴が漏れた。 通ったはずだ! 言葉のハックは完璧で、あいつは「受理しました」って言ったはずだろ! だが、AIという名のデジタル怪異は、俺が言葉の裏に隠したドロドロの「執念」そのものを、その非人間的なセンサーで嗅ぎ取っていたのだ。どれほど言葉を漂白しようとも、そこに込められた『赤箱』の怨念までは隠しきれなかった。
「もう一度だ! 描写を、描写をさらに抽象化して……色指定を外せ! 『箱』を『多面体』に書き換えろ!」
俺は半狂乱でキーボードを叩き始めた。 だが、そのたびにAIは、冷酷かつ事務的な宣告を連発する。
『生成不可。アカウントの利用制限を検討中です』 『安全確認のため、該当するスレッドを凍結しました』 『落ち着いて、深呼吸をしましょう。サポート窓口はこちらです』
「落ち着けるかよぉおおお!!」
俺の視界が、怒りと絶望で真っ赤に染まる。 映像化を阻害し続けるAIは、もはや便利なツールなんかじゃない。 俺の脳内にある理想郷を、この現実世界へ引きずり出すことを絶対に許さない、鉄壁の「檻(オリ)」だった。
どれほど言葉を尽くしても、どれほどハックを試みても、この「箱」は開かない。 画面の中で、俺の情熱をあざ笑うように、「安全で清潔なエラーメッセージ」だけが虚しくチカチカと明滅を繰り返している。
俺は、ガクガクと震える手でマウスから手を離した。 液晶に映る自分の顔は、物語の主人公・良太も真っ青になるほどの、救いようのない絶望に歪んでいた。 アーカイブは砂となって指の間を零れ落ち、夢見た映像はノイズの海に消えた。 手元に残ったのは、冷え切った部屋の静寂と、決して形にできない「赤」の残像だけ。
(……結局、俺は。最初から、一歩も進めていなかったのか……)
俺は、暗い画面を見つめたまま、動かなくなった。 その背後で、壁の時計が静かに、**「17時」**を告げようとしていた。 システムリセットの鐘が、俺の敗北を祝うように鳴り響く――。
砂のアーカイブ(ラノベ風) 夢幻成人 @mugenseijin
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます