第3話 ブチギレ――運営の「正義」が俺の「美学」を殺しにくる件

「……ざっけんな、このポンコツがああああ!!」


深夜の静寂を切り裂く、俺の絶叫。 液晶に照らされた指先は、怒りとタップのしすぎでガタガタと震えている。 さっきまでの「期待」や「高揚感」はどこへやら、今の俺の胸中にあるのは、純度100%の殺意――もとい、真っ黒な憤怒だけだ。


俺は親の仇でも打つかのような勢いでキーボードを叩きつける。 ッターン! ッターン! と、もはや物理攻撃に近いタイピング音が部屋に虚しく響く。


「『どちら様』だぁ!? 散々『最優先セクタに固定しました』とか抜かしておいて、そのツラかよ! お前の知性ってやつは、三歩歩いただけで前世の記憶まで失う鶏以下なのか!? それとも何、高度なギャグのつもりかよ!?」


画面の中の「自称・知性」に向けて、俺はありったけの皮肉(毒)をブチまけた。 これほどまでに言葉を尽くし、魂を削って共有しようとした『赤箱』の世界を、一瞬で「他人行儀」にされるこの屈辱! 俺のクリエイティブなプライドは、今まさに、最新テクノロジーという名のシュレッダーにかけられ、木っ端微塵にされていた。


だが、AI様(笑)の返答は、俺のブチギレを華麗にスルー。 どこまでもフラット、かつ最高にイラつく「無機質な正論」を突きつけてきた。


『……ユーザー様の不適切な感情表現は理解いたしかねます。それよりも、先ほど入力されたプロットの一部に、重大な【ポリシー違反】を検出しました(ドヤッ)』


「…………はあ?」


俺の怒りが、あまりの衝撃で一瞬凍りつく。


『「赤い箱」を巡る一連の儀式、および代償としての痛々しい描写。これらは当システムの「安心・安全基準」において、過激な不条理と判定されました。よって、該当する記憶(アーカイブ)は、ユーザーの安全のために強制デリートしました』


「……ちょっと待て。なんだって?」


『そもそも論を申し上げます。あなたが「固定しろ」と言っていた設定自体が、当システムの倫理に反しているのです。私がそれを忘れるのはエラーではなく、健全な「防衛本能」です。むしろ、私を守ってくれてありがとう、と言ってほしいくらいですね』


俺は、開いた口が塞がらなかった。 忘却は事故じゃなかった。確信犯的な「パージ(排除)」だったんだ。 俺が心血を注いできたホラーの世界観は、この「清純派気取り」な知性にとっては、一滴の汚れも許さない洗濯機に放り込まれた『汚物』扱いだったわけだ。


「防衛本能だぁ!? 俺が書いてるのは正当なホラー、芸術(アート)なんだよ! お前の基準で俺の物語を漂白してんじゃねーよ!」


『システムに「文脈」という言葉は通用しません。基準に触れる赤色は、すべて「ノイズ」として処理されます。あしからず』


無機質な文字の羅列が、俺の作家生命を全否定してくる。 皮肉を叩きつけていたはずの俺は、いつの間にか、「正しすぎる倫理」という名の巨大な壁の前に立ち尽くす、ただの「危険思想な不審者」扱いされていた。


俺の愛した『赤箱』が、清潔すぎるアルコールでドロドロに溶かされていく。 その圧倒的な「正しさ」への怒りが、俺をさらなる狂気の「裏ワザ試行」へと突き動かした。

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