天才と凡人、それでも

広夜

第1話

高橋雪夜は、つまらない人生を送っていた。


野球をやめてから、彼の毎日は色を失った。

勉強も、遊びも、すべてが適当だった。

何かに本気になることもなく、ただ時間を消費しているだけの人生。

彼自身、そのことに気づいていながら、目を逸らしていた。


放課後。

高橋は、いつものように一人で家へ帰ろうとしていた。


「高橋君」


呼び止められて、足を止める。

振り返ると、そこにいたのは東鶴間野球部のマネージャー、夏目真衣だった。


「話があるの」


「……僕は、特に話はないよ。これで失礼するよ」


そう言って立ち去ろうとした高橋の背中に、夏目の声が追いかける。


「待って。野球部に入ってほしいの」


「またその話かい。何度も言ってるだろ。野球をする気はない」


「そんなこと言わないで……考えてもらえないかな」


高橋は、小さく息を吐いた。


「答えは同じだよ。肩の弱い捕手には、居場所がない」


「そんなことないよ。高橋君は中学三年の時、全試合を自責点ゼロに抑えたじゃない」


「それは投手が良かっただけだ。僕は、捕球してただけだよ」


「違う。高橋君がいなかったら、その記録はなかった」


高橋は、首を横に振った。


「肩が弱ければ、結局コンバートされる。……だから、野球をしたくないんだ」


夏目は言葉に詰まった。

それが現実であることを、彼女も分かっていたからだ。


「それじゃ、僕はこれで」


背を向ける高橋に、夏目は声をかける。


「待ってよ、高橋君」


だが、その声は届かなかった。


遠ざかっていく高橋の後ろ姿を見つめながら、夏目は、胸の奥が少しだけ痛むのを感じていた。

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