第3話 殺意

 何秒かして、サキが口を開く。


「それは……なんというか…………その、言葉を選ばなければ、」


「やっぱり"狂っている"、か?」


「…………ええ、トチ狂ってます。冒険者達も国民も。でもなんだか、正直に言うと、気持ちは分からなくもないです」


「へぇ、というと?」


「私とパティが続けて来た旅は、それは危険な事が多かったです。何度も餓死しかけましたし、モンスターや盗賊に殺されそうになった事も何度かありました。

 …………でもその時は私も死ぬのが嫌なので、見つけた動物を殺して食糧にしたり、襲ってくる彼らを殺してでも生き延びて来ました。別に殺したい訳ではありませんでしたが、生き延びたいのは言ってしまえば自分の私利私欲の為です。まぁ、追放オッズの件とこれは少し違うかもですけど、でもある意味そういう面では、私もこの国の人々に強く言えませんし、なんとなく、自分の幸せを優先するのは分かるんです」


「…………そうか、アンタらも大変だったんだな。まあでも、例え残忍でも生きてくうえでは逞しくねぇとな。俺も正直に言うと、冒険者の端くれだから良く分かるぜ、アンタの言ってる事」


「分かりますか」


「おお分かるとも」


 そう言って、同情した男はウェートレスから貰ったラガーを飲んで、くふー、と少し下品に息を吐いた。

 サキもパサパサで小さいパンを一口ほうばって、それからテーブルの皿に乗っているチンケで安そうな小魚をナイフとフォークで綺麗に切り取って、それも一口ほうばる。


「…………てゆうかさ、ねぇお兄さん。それで追放オッズの事は分かったけど、なんでお兄さんは冒険者を引退しちゃうの?僕はそれを聞きたいんだけど?」


 しかしここまでずっと黙っていたパティだけは、早く自分のした質問の返答が欲しいのか何も食べずに急かすように聞いた。男はハハッと笑って「分かってる分かってる。これから話すよ」と手でパティを宥める仕草を取ってから、ふぅ、と今度はまあまあ綺麗な息を吐いた。


「ええっとだな。アンタらは追放オッズ…………」


「あーちょっとちょっと!まーたそれ!?もう追放オッズは良いって!!今の僕の言ったこと聞いてた!!?」


「い、いや違うんだ、話すにあたってまずこの事について触れとかないと……」


「えーー、ホントかなーー?そう言ってまた話さない気でしょ、僕が猫だからっておちょくってる?」


「まあまあパティ落ち着いて。もう一回全部話を聞いてみよ?ね?」


「……うーん、まぁ、ご主人がそう言うならいいですけど…………」


 サキの言葉にパティが仕方なさそうに納得した後、男が説明を再開する。


「アンタらは追放オッズが明日、開催される事は知ってるのか?」


「……明日にですか?」


「こりゃまた驚いた。グットタイミングですねご主人」


「…………どうやらその様子じゃ知らないようだな。今日来た時に、道路や店舗の前で屋台の準備がされているのを見なかったのか?」


 呆れる男に2人が声を合わせて、あぁそういえばと今日の昼頃の事を思い出す。

 男の言った通り、確かにサキとパティがこの国に来た時には既に屋台を組み立てる人々が街中のそこかしこにいた。何か祭りでもあるのかなと歩きながら話し合っていたのだが、アレは追放オッズの為だったのかと、2人は今このタイミングで気づいた。


 納得した2人を見ながら男は質問を続ける。


「そうなるとアンタらは明日の対戦カードも知らないのか?」


「ええまぁ。どんな人達が戦うのかも全く」


 サキがそう言うと、男は「そうか、そうかそうか……」と、トーンを下げて小刻みに何回も頷きながら、またしても俯く。

 そして視線の先にあるラガーをぐびっと一口、二口と飲んでから、サラッと呟く。



 …………男は言った。


「――――明日俺は追放オッズに出て、仲間だったパーティメンバーと殺し合いをする」


 その表情は、まるで今か今かと処刑を待つ死刑囚のように重く暗いものだった。


「「…………………」」


 その急なカミングアウトに2人は驚きの声を上げるでも、理由を尋ねるでもなく、静かに男を凝視する。


 男は語る。


「俺は実はこの国の出身じゃない。この追放オッズの事を風の噂で聴きつけて半年前に遠くはるばるパーティの仲間達とやって来た。パーティは6人と1匹。リーダーである俺、戦士のヤバン、格闘家のダン、魔法使いのリコ、僧侶のグラスに、…………召喚士のレインと、その使い魔の猫・パクだ。俺らのパーティのランクは一応Bランクで俺や仲間達個人のランクも大体BやCだった。自慢じゃないが地元じゃ名の知れたパーティで『アベル率いる強者つわもの集団』なんて言われてたぐらいなんだぜ?ハハッ、まだ半年前までのことだってなのに懐かしいよ」


 …………サキとパティは、話す男の相貌が段々と少し後悔の念が混ざった心境のものに変わっていくのをじっと見ていた。

 男は両肘をテーブルにつけ、手を組んでから話を続ける。


「……だが1人だけ…………レインだけは最低ランクのFだったんだよ。アイツは俺達の中じゃ一番遅く加入した。俺が『召喚士が魔物や精霊を召喚して、戦闘をもっと楽に進めたい』と思ったから地元のギルドに召喚士を募集する依頼を出して結果アイツを紹介させられたのが加入のキッカケだ。ギルドからはそこそこ使える召喚士と聞いていたが…………それは全くの間違いだった」


 男は溜息を吐く。


「普通、一般的な召喚士ってのは3〜4体の魔物や精霊を、大精霊に関しちゃ1体程召喚出来る。優秀な奴はもっといけるらしいが、だがレインは大精霊なんて出せやしないし、せいぜい1体の魔物を呼ぶので限界だった。その召喚した魔物も下級の雑魚が殆ど。戦闘なんてとてもとても。囮になるしか役に立たなかったよ」


「…………………」

「…………………」


「最初の頃は俺達も気を遣って、冒険初心者の行くような遺跡や洞窟にレインを連れて、アイツを鍛えようと頑張ったよ。だが…………アイツは幾ら鍛えた所で、強くはならなかった。召喚出来る数は変わらないし、冒険者の才能とゆうのか、いや、そもそも戦闘のセンスがテンでなかったし、パーティとの連携もアイツ無しだった頃の方が正直上手くいっていた。使い魔のパクも何も出来きなかったなぁ。…………本当に何度戦っても、いつまで経っても未熟だったな…………」


「……それで?」


「…………そうなってくるとな。段々と俺も怒りが湧いて来た。戦闘では使えない、連携が出来ない、なんでパーティメンバーとも仲良くならない、使い魔さえ使えない。出来ることは1体の雑魚召喚と荷物待ち。こうなってくるとまぁ…………俺は、俺達はアイツが『要らない奴』と考え始めた」


「要らない奴……ですか」


 男が頷く。それから男は眉間を皺に寄せて、


「当然、俺達はレインにパーティから抜けるよう言った。だがアイツなんて言ったと思う?『待ってくれ!確かに弱いかもしれないが、それでもボクだって一緒懸命キミ達に尽くして来たじゃないか!抜けてくれなんて酷すぎる!!』だとよ…………クソ、誰のせいでこっちが迷惑かかってると思ってるんだよ!!」


 ――バンッ!!、と男は怒りを込めててテーブルを叩き、音がそこらに響く。テーブルの上にあった空のジョッキが踊る。そしてパティも「うおっ」と驚く。


「俺達パーティはレインに武器や防具やら、その他にも色々なものを"善意で"与えて来た!飯を食えるのだって俺達がいたからだ!なのにアイツは「一生懸命」だとか、「酷すぎる」なんてぬかしやがる!なら結果を出せって話だ!!そん時にはもう俺は頭にきていた!!相当にだ!!!…………そんな時期だった。レインに少し殺意を覚えていたのと、追放オッズの噂を聴いたのは」


「………………」

「…………殺意ねぇ」


「これは、チャンスだ。そう思った。ハッキリと、ハッキリと言うが…………俺はレインが殺したい程ウザかったんだよ!俺の温情を間抜けな顔して啜るアイツを!!そして追放オッズにもし選ばれてレインを追放すれば殺せる!捕まって処刑されることなくだ!しかも大量の金にSランクの称号!『これ程最高な事はない』、俺はすぐに追放オッズで脳味噌がいっぱいになったさ。そして俺はレインには内緒で仲間達と話し合って、この国に来てギルドに登録手続きを済ましたんだ。仲間達は全員納得してくれた。あ、当然仲間にレインとパクは数えてないぜ?」


「…………なるほど、それで王様に選ばれたと」


 サキの言葉に「へへ、ああそうさ」と男は声高らかに笑う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

〜〜追放オッズ〜〜 追放した側とされた側、どちらが死ぬか賭けてみよう。 本郷隼人 @honngougayata

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画