第七章:崩壊の序曲

 日本では、地熱産業は完全に「オワコン扱いだった。  大学の「資源工学科」からは地熱の講義が消え、学生たちはIT企業や金融業界へ流れていった。

 引退した剛田源三は、東北の山奥で、細々と残った発電所の保守点検を手伝っていた。  70歳を超えた体には堪える寒さだ。

「源三さん、もういいでしょう。この発電所も、来年には廃止が決まりました」所長が申し訳なさそうに言った。 「設備の老朽化です。配管を交換する予算が出ない。それに、地元の温泉組合から『源泉の温度が下がったのは発電所のせいだ』と、また損害賠償請求が来ています」

 源三は、錆びついたバルブを愛おしそうに撫でた。  かつて、彼が命がけで暴発を止めた井戸だ。

「……因果なもんだな。俺たちが掘った蒸気は、50年間、一度も休まずに電気を送り続けた。雨の日も、風の日もだ。太陽光みたいに天気任せじゃない。風力みたいに風任せでもない。黙って、じっとこの国を支えてきた」

 源三は空を見上げた。 「だが、誰も褒めちゃくれねえ。……役目は終わったのか」

 その頃、日本では「オール電化」が流行し、原子力発電所はフル稼働していた。 「エネルギーは、コンセントの向こうから無尽蔵に来るもの」。国民の誰もがそう信じて疑わなかった。

 地面の下の熱など、誰も必要としていなかった。 あの日が来るまでは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る