第8話 ミラル、堕天使を抱く
「はぁー、見てよ。昨日見たはずの夕暮れなのに、戻ってくるのが早いね」
「……」
「もうすぐ星が見えるよ」
追放された魔女の私ミラルは、奴隷の堕天使リタと共に、村のはずれにあった丘の上で星を見上げていた。
私の隣にはリタが座っている。彼のぬくもりが、傍にいるだけで伝わってきて……なぜか私は、胸の高鳴りがうるさくなるのを感じていた。
リタを奴隷市場で見つけて、ちょうど2日。
最初は護衛目的と、私の好奇心で買った、ただの堕天使だった。
銅貨3枚という価値で見ていた私。でも今は……
私にとってのリタは、金で例えられるものではない。
「ねぇ、リタってさ……」
私は懐から、前にこっそり取った羽根を取り出し、見つめながらつぶやいた。
「どうして神様に逆らったの」
「……」
「堕天使って、逆らったから堕ちたんじゃないの?」
正直、この質問はしてよいものなのか悩んだ。
リタは黙り込む。
やはり教えてくれないか……。私がそう思った瞬間、リタが口を開いた。
「俺は……神様に逆らってなんかいない」
「え?」
「俺の態度で、神様が機嫌を損ねて……俺を裏切り者にしただけだ」
「……」
は? 今、なんて?
「えええええええええええええええっっ!!??」
あまりの理不尽さに、私は思わず大きな声を上げてしまった。
リタは、物静かな天使だった。
純白の翼、黄金色の瞳と輪っか。流れるような銀髪。
天使の中でも、これほど好条件に容姿が整っている者は珍しいだろう。
では神は、彼の何が気に入らなかったのか。
それは、彼の性格から来る淡々とした態度だ。
誰に対しても機械的な反応をする。感情を表に出すことが少ないのだ。
当然、彼には何の悪意もなかったが……
傲慢な神は、リタを反逆者という名目で、天から突き落とした。
「……俺が、誰かと話すのが苦手だったから。悪かったのは俺だ」
リタは重々しくつぶやく。
彼の言葉を聞き、私は絶句してしまった。
……リタが悪い?
何を言ってんだこの堕天使!!
「そんなの、あなたのせいなわけないでしょ!!」
私があまりにも必死な声を出したためか、リタは目を丸くして私を見た。
「ミラル……?」
「理不尽に少しは反抗しなさいよ! 私だってそのために、ロストを倒そうとしているの! 自分の居場所を、他人の勝手で失われるなんて……あり得ちゃいけない……」
「でも相手は神だ。人間じゃない」
「相手が誰とか関係ないから!!」
私はぴしゃりと言いつけた。
本気で今、リタに怒っていた。主人として奴隷の失態を叱る。
リタのどこが裏切り者だ。彼は堕天使に落ちぶれても、子どもを守り、私に優しくし、心を失わなかった天使だ。
そんな彼が世界の理不尽に屈するなど、私が許さない。絶対に!
「リタ、決めてよ」
「……」
「あなたが従うのは何? 神様の決断か、私」
従うというのは、服従や束縛を求めているのではない。
心の底から信じてほしい。私のことを。
「あなたは悪くないの。私と同じ立場。私だって、勝手に追放されたんだから。その復讐をするために、私は前を向いている」
「ミラル……」
「お願い、もう一度誓って。私が復讐するために……あなたの力を貸してほしいの」
最初はロストへの逆襲だけが目的で、リタはその達成のための単なる道具でしかなかった。
でも、今は違う。私は心からリタを信頼してる。
立場は主人と奴隷。でも私は、彼と対等な場所に立ちたい。
やがて、リタが顔を上げた。
「……ありがとう、ミラル」
「……」
「傷ついていたのが俺だけじゃないってわかって、良かった。俺……ミラルを追放した奴を、絶対に倒す。全力で叩きのめしてやる」
彼の言葉に初めて、強い意志がこもる。
私は頷いた。
「よしっ! こちらこそありがとう。私たち、見放された負け犬なんかで終わらないわよ!」
リタがやる気を出してくれると、私まで元気がでるのだ。
さて、あのイキり魔法使いに痛い目に遭わせる時が近づいてきた。リタが本気になった今、あとは城に直行するだけでいい。
数日間村で休んで、必要なものを揃えたら、私たちは城に戻ろうと思う。
するとリタが、あの大きな羽で私を包み込んでくれた。
黒だけど、少し紫が混ざったような紫紺の翼。おぞましい色なのに、彼の優しさが伝わるのはなぜだろう。
不思議な感覚に浸りながら、私はリタの懐に抱き着いた。
温かい身体。跳ねる心臓の音が、トクトクと聞こえる。
私もまさか、こんな感情を抱くようになるなんて。今まではただの、魔法の研究に没頭した天才魔女だったというのに……。
さて、行こうか。
彼と話したいことはたくさんあるけれど、今は目の前のことに集中しなきゃ。
「じゃあリタ、あなたは早く眠って。私はちょっと、城に侵入する準備をするから」
「侵入? 邪魔してくるやつ、俺の魔法で吹っ飛ばしちゃだめなのか」
ひぃーっ!
リタ君、やる気どころか殺る気までブーストしちゃってる!!
「そんなことしたら私、マジで逮捕されちゃうから! 私はあくまでロストに復讐して、元の立場を取り戻したいの」
「そうか……」
「ほんと、全力でやるのは構わないけど、王城ごと消し飛ばさないでね?」
念を押して伝えとかないと、リタのことだから、勢い余って「城を消しちゃった」になってもおかしくはない。
まぁ、リタが強いから私には敵がいないのだけれど。このまま無双気分で、ロストの奴を引きずり下ろすのだ!
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