第2話 ミラル、堕天使に命令する
追放された魔女の私、ミラルは、ものすごい買い物をしてしまった。
――そう、たった銅貨3枚で、堕天使の青年を衝動買いしてしまったのだ。
一応奴隷なのだから、契約とかあるのかなーと思っていたら……
「あぁあぁ、もうそいつ、売れなくて困ってたんだよ。いつの間にかめっちゃ値下げしてたわ。契約とかないから、好きに使って。んじゃ」
商人にそう言われ、何の手続きもなしに、堕天使は私のものになった。
堕天使に嵌められた首枷に繋がる鎖を、私は握らさせる。
「こいつ、羽があるからな。空飛んで逃げるかもしれないから、ちゃんと持っておきな」
商人にそう言われたけど……
この堕天使、逃げるも何も、もはやそういう気力すらなさそうだなぁ。
私が話しかけないと、ずっと黙ってるんだけど!
「いいよ、もうこれ外す」
私は彼の枷を外してやった。
すると堕天使は首元を押さえた後、あのきれいな瞳で私を見下ろしてきた。
「……いいのか?」
「だってあなた逃げなさそうだもん。あ、もし逃げたら私の魔法で撃ち落とすよ」
「……」
彼は無言だった。
さーて、まずはこんなド派手な堕天使君を連れて、町を出ないとなー。
……路地裏から出た瞬間、案の定、一気に注目を浴びた。
「ねぇねぇ、あの人、羽生えてる……」
「うわっ!? て、天使?」
「じゃなくて堕天使!?」
もう最悪なんだけど。だって堕天使の羽、デカすぎて隠しようがなかったんだもん。堕天使君は無表情。どういうメンタルしてんのよっ!?
人々がざわめく中――なんと、兵士までもが槍を持ってやってきてしまった。
「おい、なんだその珍獣は!」
「はぁ!? 珍獣じゃないんですけど! どう見ても人寄りだろ!」
兵士の言葉に、思わず反発してしまった私。
――あ、これ終わったかな?
私、うっかり追放された魔女だってこと、忘れてました。
「というか貴様……噂で流れた、あの追放された魔女か!」
「そいつは堕天使か!? どこでそんなものを見つけた!」
「あぁもう、うるさい……! 私はともかく、堕天使を持ってるのって合法じゃないんですか!?」
そっか、あんな路地裏の奥にいたし、私だって堕天使なんか見たことなかった。
教会で愛される天使の、堕落した存在。そんなの買いましたーと言っても、みんな怖がるし、違法とか言ってきても当然か。
「怪しいな……さては、その堕天使を使って何か……」
「ちょ、ちょっとタンマ!」
私は何とか声の勢いだけで兵士を制する。
そして、背後でずっと黙っている堕天使にひっそりと声をかけた。
「ねぇねぇねぇヤバい、どうしよう、私、あなたの購入で逮捕は嫌なんだけど」
「知るか」
「ねぇぇーっ! なんでそんな冷たいのよ! というか、私が逮捕されたら、あなたもこの連中に回収されるからね!?」
「……」
「どうにかする方法はない!?」
堕天使は、しばらく地面を見つめて考え込んだ。
するとため息をつき――スッと両手首を私に差し出した。
ん……? なんだこれ。
どっちの手首にも、宝石が嵌った枷みたいのが付いてる。あらら、まだ外し忘れてたのか。
「これを外せ。俺じゃ外せない」
「え?」
「俺はお前の所有物だ。お前が命じれば、その通りに動く」
感情がこもっている声には聞こえなかったけれど、どうやら嘘じゃないみたい。
「……これを外したら、何ができるの?」
「お前が命令したとおりに」
よし、一か八か!
どういう結果でもいいから、私を助けて! とにかく!
「堕天使君、あの兵士たちを追い払って!」
「承知した」
そして私は、彼の枷を外してやる。
その瞬間――彼の体から、恐ろしいほどの魔力が解き放たれた。
「きゃあっ!」
紫色の魔力……!
魔女の私にならわかる。彼の魔力、人間の魔法使いを5人合わせても足りないほどだ……!
すると、兵士たちが堕天使に槍を向けた。
あーぁ、馬鹿……。魔力って持っていない人ほど、相手の魔力量も見計らうのが下手だから。
「きっ、貴様! 何をする気だ!」
「主にお前らを追い払えと言われたから、やりにきた」
「なんだとっ!? 貴様、我が兵士たちに逆らうとどうなるか……」
「知らねぇよ。俺は主に逆らえねぇんだっ」
次の瞬間――
堕天使は紫紺の翼を大きく広げて空を舞い、片手を高く上げる。
すると、空が突如真っ暗になり、無数の魔法陣が現れた。
「うわぁ……」
思わず私は感嘆の声を上げてしまう。
やがて、魔法人から紫色の雷がいくつも落とされた。
それらは一般人や私を避け、兵士たちだけに振り下ろされる。
まさに、天からの槍。兵士たちは雷を避けようと、必死に逃げ出した。
「わあああっ!! なんだこれは!!」
「雷!?」
「逃げるんだ、お前らぁ! こんなの喰らったら、死んじまう!!」
兵士たちはあっけなく去って行ってしまった。
――なんだか、拍子抜けた。彼らもちゃんと、臆病な人間なんだね。
というか、待って! さっきの堕天使の魔力!!
私の何倍あるのよっ!
「ねぇ、堕天使君! さっきのって何!?」
「ただ雷を落としただけだが」
「それはそうだけど……あれってあなたの全力!?」
「んなわけないだろ、全力の一割だ」
一割!? 信じられない、堕天使って実はこんなに力を持ってたの!?
「ずっと弱いフリをしていたからな。強さを前面に出してたら、やばい奴に買われると思ってた」
「……本気でやったら、何が起こるの?」
「この町なんか吹き飛ぶぞ」
「やめてマジでそれだけは」
町まで吹っ飛んだら、もはや私の命もどうなるかなんてわからない。
堕天使とそんな会話をしていると――
周囲の視線にやっと気づいた私。
立ち止まり、怯えて固まったような瞳を向けてくる。あー、こりゃあマズいやつだ。早くこの町から出よう、うん。
「堕天使君、ちょっと走ろうか」
私たちはそれ以上目立つことのないように、こそこそと町から出て行ったのでした。
堕天使……強い……最強……
あれ? もしかして、彼の力を使えば……
私を追放した、あのムカつく魔法使いに復讐できるのでは?
私、とんでもない人を買ってしまったかもしれません。
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