追放された魔女の私、奴隷の堕天使を買ったら無双し放題だった

紫煌 みこと

第1話 ミラル、堕天使を買う


 突然だが私、ミラルは王城から追放された。




 理由は単純で、私のライバルであるイキり魔法使いが、私を陥れたからだ。

 彼は魔術実験中に失敗した責任を無理やり私に押し付け、私の成功は彼が横取り。彼は出世し、私は出来損ない魔女として落ちぶれたわけだ。 

 反論しようとしたけど、無理だったな。だって相手は貴族の魔法使いだったから。


「はぁ~、マジで笑えない」


 悪態をつきながら、私は手持ちのお金を確認した。

 銅貨が5枚……。これ、安い食事でも2日持つか怪しいぞ? 国のお慈悲でくれた金がこれか。まったく、王様は人を見る目がない。


 あのクソ魔法使いがイイ気になって、私だけ追放とかあり得ないから。

 絶対に復讐してやる。あ、私は一度決めたら、絶対にやめない主義ですからね。




 でもまぁとにかく、何とかして生き延びなきゃいけない。

 私は身に着けていたフードを深く被り、たまたまたどり着いた町の中へと入った。


 ここ、なんていう町だっけ? 確か、えっと……うん、忘れたからいいや。

 結構大きめの建物なんかも並んでいる。ほぇー、使いやすそうな魔道具! めちゃくちゃ欲しいけど、今の私、銅貨5枚しかないんだよな。値札には容赦なく金貨10枚って書いてある! オワタ!



 まずは食料品を――と思った私。

 ふと正面を見ると、一人の男が路地裏に入っていくのが見えた。

 こんなに栄えた町に、路地裏? まぁそりゃあるでしょうけど、何の用なのかちょっと気になる。


 興味本位で男のあとを追い、路地裏の奥に入った私。

 速攻で後悔した。入んなきゃよかった。



 薄暗い路地裏に長々と続いていたのは、鬱蒼とした奴隷市場だった。

 空気が悪くて、ところどころカビが生えている。買う側も売られる側も、死んだみたいな顔をしていた。

 時々悲鳴や鎖の音が聞こえる。うーわ、最悪な場所。可哀そうだな、この人たち。社会の闇ってやつだ。


 心苦しいが、かかわったところでろくなことがない。

 私は見なかったことにして、路地裏からそそくさと出ようとしたが――


「おいおい、そこの嬢ちゃん。珍しい来客だねぇ」

「いや、あの、マジで違います。さようなら」

「冷たいなぁ。もっと見てくれよ、嬢ちゃんの好みの子もいるかもよ? ほら」


 癇に障る声を出す商人によって、私は無理やり路地裏へ戻されてしまった。

 はぁ……仕方ない、こうなったら一度見て回って、誰もいらないって言って帰ろう。



 ひとまず、バラバラに羅列された牢を眺めてみる。

 老若男女問わず、様々な人々が売られていた。でもまぁ、値段ははっきり表れているな。容姿が良ければそれだけで高いし、魔法や剣術の才能があればさらに跳ね上がる。

 一体、どこからこんな人たちを連れてきてるんだか……



 すると突然――

 バサバサッと、羽ばたくような音が奥から聞こえた。


「えっ、何?」


 今、路地裏の奥で、黒い羽みたいのが暴れなかった?

 え……もしかして、巨大なカラスみたいな鳥獣でも飼ってるのかな。いやいや、あんなの路地裏で飼いならすなんて無理だ。



 私が思わず近づいてみると――

 そこには、想像を絶する“存在”がいた。


 肩まである長い銀髪を持つ、美貌の青年だった。

 華奢な体は、純白の柔らかな服に包まれている。でも、それと対比するかのように、背中から生えた双翼は濃い紫紺の色だった。

 頭には、黒い輪っか。唯一光を帯びた黄金の瞳は、どこか何もない場所を静かに見据えていた。


 ――という青年が、小さな檻に入れられ、鎖に繋がれている。

 ……ん? どういうこと? この人は誰? 人型魔物……じゃないよね。


 すると、先ほど私が追いかけた男性が、背後からやってきた。

 私が青年を見つめていることに気づくと、突然横から笑いかけてくる。


「奴隷市場常連客の俺が教えてやろう」


 誰も頼んでないんですけど……

 というか奴隷市場常連客って何? 趣味悪っ!!


「そいつは堕天使だよ。一か月前くらいに、この町の近くの草原で倒れてるのを見かけたんだとさ。珍しいから、ハンターたちが生け捕ってきたが、その後のことを何も考えていなかったらしい。堕天使なんておっかないもん、どこでも扱ってもらえず、結局ここの市場まで、奴隷として回り込んできちまったらしいぜ」


 あぁ……なるほど。

 だから路地裏でこんな異様に浮いているのか。

 それにしても堕天使ねぇ。聞いたことはあるけど、まさか実在するなんて。いくらするんだろう? アホみたいに高いんだろうな。金貨100枚とかいるのかな……?



『銅貨3枚』



 ……は?


 私は目を疑ってしまった。

 銅貨……3枚だと!?


 思わず、傍に売られていた女性をちらりと見てしまった。

 特に特徴もない女性。でも、銀貨10枚って書かれてるぞ!?

 なんかこう……人の価値を金で比べるって良くないと思うけど……さすがに銅貨3枚は酷くない!? 私の朝食の費用未満なんだけど!!


「安すぎるでしょ!? なんなのこれ!?」


 私が思わず大きな声を出すと、それまで焦点が合っていなかった堕天使が、ゆっくりと顔を上げた。

 瞳から放たれる金色の光は、私の姿を静かに見据える。想像していたよりも低い声で、青年は静かに言った。


「……やっぱり安いよな」

「え? あ、ごめん」


 まずい。私の失言のせいで、すでに追い込まれてる彼のメンタルを破壊してしまったかもしれない。

 気まずい空気の私を置いて、さっきの男性はどこかへ行った。追放された魔女と、奴隷の堕天使。私は静かに考える。


 銅貨3枚か……。

 どう考えても安い。生きているものに付けちゃいけない値段だ。

 どうしよう、買った方がお得だよね……。いやいや待て待て、私の全財産、今は全部で銅貨5枚だぞ!? 堕天使買ったら、半分以上なくなる! そして死ぬ! あぁでもなぁ……!


 すでに私は、この堕天使に対する興味を隠せなくなっていた。

 もともと天才魔女として、人一倍好奇心の強い私。初めて見るものは基本的になんでも気になる。堕天使なんて、私にとって最高の観察対象だ。どんな魔法を持ってるのかな? 心の底から気になるが、今の私は自分を守るだけで精一杯である。


 そうだ、せめて予約できないかな。私の先を越して買う人がいないように……

 と思ったが、秒で却下された。そういうことはできないらしい。


 うぉぉ……とんでもなく堕天使が欲しい……!

 そうだ! 護衛!

 私は今、城から追放された魔女。一人でうろうろしていては、何か危険な目に遭った時、私の魔法だけじゃあ対処しきれないかもしれない。


 堕天使を、護衛につける目的で買おう。これなら、私の好奇心も満たされて、一石二鳥だ。

 私は受け付けに歩いていくと、商人を呼び、大きな声で言った。


「あの堕天使を買わせてください。銅貨3枚で!」





 そんな私の声を聞いた堕天使は――


「……は?」


 と、間の抜けた声を出したのだった。

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