第4話
大きな目を丸くして、知野見アリサは尋ねてきた。
「芳賀くんが土曜日の午後に学校に来るなんて、珍しいわね」
「ああ、ちょっと用事があって」
彼女以外の姿は教室に見えない。
つまり、魔法使いの正体は。
マドンナ的存在であるアリサと二人きりで話す機会なんて初めてだったから、俺は照れくさくなりながら、なんの気なしに訊く。
緊張しすぎていて、最悪の切り出しで。
「アリサは魔法使いだったりする?」
だったら──と続けようとしたら。
顔の横に杖が突き刺さった。
目の前には瞬間移動でもしたのかアリサが。
「……うん、気のせいじゃなかった。貴方、何者? ゾッとするような魔力……ううん、何かしら、これ。とにかく瘴気の残り香みたいなものが纏わりついてる。魔法のことまで知ってるとなれば、明らかに黒よね」
殺意、だろうか。
一般的な生活を送ってきたが、さすがに三度も命を落とせば、そういう感覚も鋭くなる。
別に欲しくもなかった第六感によれば、俺を壁に追い詰めているアリサは、こちらの命を奪おうとしていた。
恐ろしいまでに表情は浮かんでいない。
「な、なっ」
「喋らないで。何か詠唱したら殺す。魔力を練っても殺す。変な動きを見せた時点で、私は容赦なく貴方の頭を吹き飛ばすわ」
嘘ではないだろう。
三度の経験が、やばいやばいと危険信号を送っている。
「私を狙ってくるなんて、やっぱり奴らの仲間?」
いったい誰なんだ奴らって。
しかし疑問も文句も口に出せない。
何か怪しい気配を纏う杖が光って、俺の言葉を封じているからだ。
「……ああもう、面倒ね。クラスメイトを手にかけるのは初めてだけど、私だって魔法使いだもの。容赦はしちゃ駄目よね」
なんて囁いて、アリサは双眸を釣りあげる。
──これはまずい。
俺は強く意識した。
戻りたい時間、地点。
瞼を閉じて、開く。
「……あっぶね、ほんとに戻れた」
そこは花壇の前だった。
サルビアの蜜を吸っていたマキナがこちらに視線を向け、
「一人で行っても駄目だった?」
「ああ、気さくな会話をしようとしたら殺されかけた」
そうして話した内容を説明する。
すると彼女は呆れたようにため息をついた。
「……初手に『お前は魔法使いか?』なんて、消極的な自殺と同義。魔法使いは己が超常的な存在であることを隠したがる。そのアリサという魔法使いの性格は知らないけど、いきなり正体を見破られたら、怪しんで攻撃してもおかしくない」
「事前に教えといてくれよ」
「うっかり。私は全てを知っているから、カナタが何を知らないか分からない」
俺は肩を竦めて校舎へ向かう。
「殺されかけてすぐ再挑戦するとは」
「さすがに慣れた。いや慣れてないけど。今回は命を脅かされただけで、命を落としたわけじゃないからな。それに相手はクラスメイトだ。魔法使いだかなんだか知らんが、下手な真似しなきゃ危ない奴じゃない」
と思う。たぶん。
さっきは的確に地雷を踏み抜いてしまっただけだ。アリサが怪しむような言動をしなければ、いきなり攻撃はされないだろう。
階段を上って、再び二年A組の教室へ。
深呼吸を一つしてドアを開けた。
「あれ、芳賀くんじゃない」
「よ」
「芳賀くんが土曜日の午後に学校に来るなんて、珍しいわね」
「ああ、ちょっと用事があって」
自分の席に向かって腰を下ろす。
よかった。攻撃はされなかった。訝しげな視線は頂戴しているが、先程のように杖を取り出す気配はない。
「忘れ物しちゃってさ。アリサはなんで学校に? 部活とかやってたっけ」
「私は…………そうね。貴方と同じようなものよ。用事があったの」
「ふうん」
机の引き出しを漁るふりをしながら、彼女の様子を伺う。
「じゃあ私は帰ろうかしら──待って」
普段話さないクラスメイトと一緒に居るのは気まずかったのだろう、アリサは教室を出ていこうとして、何かを感じたように近づいてきた。
すわ、また殺されるのか。
反射的にタイムリープの準備をすると、
「芳賀くん、瘴気みたいなものが……」
「瘴気?」
「ああいや、その、なんでもないわ」
彼女は心配そうな声をかけてきた。
瘴気、というワードに反応すると、「しまった」とでも言いたげな顔で、誤魔化されてしまったが。
「これは呪い……? いや、悪意は感じられない。芳賀くんが爆弾として送り込まれてきたわけでもないし。……ってことは、奴らの被害を受けてしまったってこと?」
ぶつぶつと呟く。
「──よし。分かった。決めたわ。芳賀くん」
「ん?」
「私の家に来ない?」
「は?」
不意なお誘い過ぎて、言葉を咀嚼する前に、頭が真っ白になった。
いったいぜんたいどういう訳なのだ。
困惑したように首を傾げても、アリサは何も言わず、ひたすら笑顔で──何処か寒気のするような表情で、にこにこと返答を待っている。
断ったらタダじゃ済まないだろうな、と本能で理解した。
だから俺は、おずおずと頷いた。
「お、お邪魔します……」
「そ。じゃ行きましょう」
パッと手を取られて教室を後にする。まったく以て鮮やかな手際だった。掌の体温を感じて初めて、自分は知野見アリサと手を繋いでいるのだと納得できたほどに。
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デウス・エクス・マキナの加護~世界をやり直す能力で人類滅亡を阻止します~ 音塚雪見 @otozukayukimi
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