第2話
目を覚ますと見慣れた天井だった。
見慣れた自分の部屋に、見慣れぬ少女が居る。
「…………」
「…………」
まさしく居心地の悪い空気である。俺の部屋なのに。ところが相手は何も気にしていないとでも言うように、淡々とこちらを眺めていた。
「あー、マキナ?」
「何」
「俺ってば気絶した記憶があるんだけど、なんで部屋に居るの?」
「私が運んだ。この細腕で。感謝すべき」
むふ、と心なしか自慢げな雰囲気。
実際のところ無表情なのだが。
なんとなく、そんな気がしたのだ。
「へーそう、ありがとう……じゃないな。何故俺の家を知っているばかりか、問題なく部屋に上がれているかを疑問に思うべきだな」
あまりに自然に回答を頂いたものだから、そんなものか、と流れで納得しそうになってしまった。危ない危ない。
「いや
頭を抱える。
相変わらずマキナは表情に乏しい。
俺は困惑に困惑を重ねていた。
「貴方の疑問を一挙に解決する」
「そんな画期的な方法が?」
「久芳カナタは英雄。以上」
「疑問が増えた──ッ」
頭を抱えた。
これ以上ないくらい強い力で。
ついでにヘッドバンギングもした。
訳が分からなかった。
「……マキナがここに居る以上、空から化け物が現れたのは夢じゃなかったのか?」
「正解。花丸」
「じゃあ、なんで今の街は壊滅してない?」
「貴方の言う化け物が出現するのは、今からちょうど一年後だから」
今からちょうど一年後だから。
事務的に述べられた説明を噛み砕いて、俺は首を傾げる。
「……やっぱり、正夢?」
「不正解。ばってん。貴方は命を落としたことをきっかけに、一年前にタイムリープした」
「………………」
起き上がった背中をベッドに倒し、再び天井を眺める作業に戻った。
視界の隅っこではマキナが顔色一つ変えず突っ立っている。
瞼を瞑って回すは思考。
突如として現れた謎の少女に、化け物に殺されたはずの自分、今度はタイムリープと来たものだ。
誰かが俺の頭を開いて「常識」という辞書を書き換える音がする。
その誰かはマキナかもしれないし、あるいは世界かもしれない。
「オッケーある程度整理できた。理解できないことが理解できた。ひとまず一番気になることを訊いておきたい。いいか?」
「なんでもこい。どすん」
自身の胸を叩くマキナ。
「俺が英雄ってのはどういうことだ?」
「英雄は神話や伝説に登場する。ご存じ?」
「まあ、人並みに」
「なら話は早い。英雄は世界が〝行き詰まった〟時に現れる。世界が『かくあれかし』と祝福し、詰んだ物語を続けさせる」
難しい説明に眉を顰める。
つまり、ゲームのプログラマーみたいなものだろうか。
なんらかの要因によって先に進めなくなってしまったゲームを解析し、解決する存在が英雄?
「その解釈で問題ない。カナタ、貴方は最も新しい英雄に選ばれた」
「選ばれた……って。誰に」
「世界」
こりゃまた、ずいぶんなスケールだ。
依頼人が偉大過ぎて理解できないくらいに。
「世界は常に破綻を抱えている。常に破滅の危機にある。世界が滅びそうになるたびに、英雄が問題を解決する」
「白血球が病原体を倒す、みたいな話か?」
「おおむね合っている。正解。優秀な生徒」
「お褒めに預かり恐悦至極」
無表情かつ平坦な声。
しかし何処となく目が優しくなったような。
「けど俺が英雄? 超人的な身体能力も、魔法も使えないぜ」
「今回は破滅が急すぎた。間に合わせの英雄。本来はカナタが『英雄』に相応しく育つまで猶予があったけど、未完成のまま駆り出すしかなかった」
マジかよ。変なイレギュラーがなかったら、俺が魔法使いになる未来もあり得たってこと?
「その代わりに世界は特別な力をカナタに与えた」
「特別な──」
「時間遡行能力。任意の地点に時間を巻き戻せる。カナタが死んだら自動で発動する親切設計」
「ああ、それで俺は一年前に」
いまいち実感は湧かないが、カレンダーを確認したところ、本当に日付が一年前に戻っていた。
一九九八年。人類が滅亡する一年前である。
「カナタはどうにかして、人類の滅亡を防がねばならない」
「何をすればいいんだ?」
「私にそれを答える権限はない。あくまでも監査端末」
監査端末。
響きからして、世界あたりから遣わされた監視カメラのようなものだろうか。
「ある程度のアドバイスはできる。でもそれ以上は無理。お口にチャック。もし何か語ったら身体が爆発四散する」
「そいつは黙ってたほうがいいな」
「部屋を血の海にしたくなければそれを推奨する」
ゾッとした。
俺はベッドから抜け出し、窓に近づいて、未だ活気に満ちた街を展望した。閑静な住宅街という感じだ。人間が死滅したことが原因の静寂ではなく、温かみのある静けさ。一年後にはこれが消滅する。
「…………」
ぎゅっと拳を握った。
英雄と呼ばれたことに興奮しているわけではない。
自分がやらねばならない、という使命感に燃えていたのだ。
何をすればいいのかは皆目見当も付かないが、せっかくタイムリープ能力を手に入れたのだ、絶対に人類の滅亡を阻止してみせる。
なんて決意してから。
一年が経過した。
「なぁ」
「何」
「空が割れてるぜ」
「見えてる」
一年を一緒に過ごしたことで多少仲良くなったマキナと、並んで罅の入った空を眺める。
ずいぶんと既視感のある光景だ。
割れた空間から化け物が飛び出してくるのも、デジャブ。
「能力を手に入れても、生活変わんなかったぞ」
「当たり前。時間が戻っただけで、行動が変わっていない」
「魔法使いと出くわしたりしねぇの??」
「カナタは前回、魔法使いと出会ったの?」
「……ないけどさぁ」
悲鳴に染まっていく東京。
俺たちは何処か能天気にそれを眺めていた。
能天気というか現実逃避だ。
何故なら目の前に化け物が迫っているから。
「時間ってどうやって戻すんだ?」
「それは──」
残念ながら答えを聞く余裕はなかった。
すぱーん、と。
俺の首は宙を舞っていた。
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