デウス・エクス・マキナの加護~世界をやり直す能力で人類滅亡を阻止します~
音塚雪見
第1話
1999年7月、恐怖の大王が落ちてきた。
世界は、たった一週間で終わった。
空に
残念ながら英知の結晶である兵器は通用せず、子供に脚を捥がれる昆虫のように、ホモ・サピエンスは滅亡の一途を辿った。
俺はなんとか奴らから姿を隠し生き延びているが、それもいつまで続くか分からない。
戦えば間違いなく命を落とすし、泥水を啜って命を繋いだとしても、食料の不足によっていずれ死を免れなくなるだろう。
風前の灯、砂上の楼閣である。
街並みは荒廃に染まり、犯罪を抑制する理性も崩壊し、いと美しき首都東京は見るも無残な姿になっていた。
僅かな食料と水を収納したリュックサック(高校に通学する時に愛用)を背負い、敵対生物に発見されないよう息を潜めて移動する。
情報伝達手段が壊滅してから数日ばかりだが、ここのところ、自分以外に生存している人間を見ていなかった。
道端には乾いた血を被っている死体が転がって、若干の腐敗臭に群がるハエどもが飛びまわる。
およそ正気を維持できる環境ではない。
「……この分だと、俺が最後の一人だったりしてな」
最近増えてきた独り言。
考えたくもない事だが。
もしかすると、この地球上には、自分しか生き残っていないのではないだろうか。
……なんて。
「止めとこ。怖くって起きられなくなるかもしれん」
ぶるぶると頭を振って、割れたガラスが付着する窓枠から、決して自身の存在が気取られないように外の様子を伺った。
敵対的生物は人類の殺戮にしか興味がないようで、牛や豚などの家畜類はちゃんと生き残っている。
しかし、それはすなわち食糧不足問題の解決に繋がるわけでもなく、屠殺技術に乏しい者は大挙してスーパーマーケットなどに押し寄せた。
するとどうなるか。都市部からはあっという間に食料が姿を消し、代わりに残るのは飢えに苦しむ人間ばかりという寸法だ。
俺も例に漏れず、常に腹を鳴らして街を練り歩いていた。
新たな食料を探すために。
「……居ないな」
どうやら建物の外に奴らは居ないようだった。
寝袋代わりのダウンジャケットをリュックに仕舞い、足音を立てないよう外に出る。
視覚よりもむしろ聴覚に集中し、些細な違和感すら見逃さない──いや聞き逃さないつもりで行動する。
奴らに兵器は通用しないが、奴らの異常性はその馬鹿げた耐久力だけに留まらず、百メートルを一瞬で駆け抜けるほどの身体能力まで有しているのだ。
必然、見つかったら逃げきれない。たとえ人類有数の脚力を持っていたとしても、数秒後には物言わぬ
俺にできるのは「運悪く出くわしませんように」と居るのかも判らん神様にお祈りすることと、ちょっとでも音が聞こえたら隠れることだけ。
額に汗を滲ませながら歩いていると、緊張に研ぎ澄まされた鼓膜が、かさりと衣擦れの音を聞きつけた。
「──ッ」
反射的に近くの瓦礫の影に飛び込む。
陸上選手もびっくりの反応速度だ。
命の危険を感じた脳が限界以上の能力を引き出しているのやもしらぬ。
「…………」
ばくばくとうるさい心臓を宥めすかし、大きく深呼吸する。
大丈夫、大丈夫だ。
すぐに姿を隠したし、見つかっていないはず。
いやそもそも、奴らじゃなくて生き残った人かもしれない……。
頭の何処か片隅で、限りなく小さい可能性だと理解していたものの、絶望を大人しく受け入れられるはずもなく。
俺は固く固く
「ねぇ」
「うわあっ!?」
そんなところに。
横から。
声がかけられたら。
悲鳴とも珍妙とも取れぬ叫び声をあげて、俺はその場を飛び退る。
心臓は既に手が付けられないほど、尋常でなく鼓動を速め、医者に診せたら卒倒しそうなくらい拍動していた。
目の前には、こてんと首を傾げた謎の少女。
まったく気配に気付けなかった。
野生動物もかくやというほど探知能力は上がっていたはずなのに。
「き、君は……」
「それは名称に対する質問? それとも存在に対する質問? 後者であれば、私には回答できない。権限が与えられていないから」
久しぶりに生きた人間に出会ったというのに、妙ちきりんな言動をするものだから、俺は上手く言葉が紡げなかった。
口をぱくぱくさせ、思考を整理する。
「な、名前のほうだ」
「──データベースを参照。仮称、マキナ。私のことを名指しする必要があるのならばマキナと呼んでほしい」
「マキナね、そう……マキナ」
実に外国人風の名前であったが、目の前に立つ少女は明らかに純日本人らしき黒髪で、また恐ろしいほどの無表情だった。
へんてこな話し方から察するに、彼女はいわゆる中二病なのであろう。
人類滅亡の危機にあって己の信念を貫くとはなるほどあっぱれな生き様であるが、コミュニケーションに若干の難があるから止めてほしい。
俺は物陰に引っ込みつつ、マキナとやらに話しかけた。
「いや……驚いた。自分以外に生存者が居たなんて」
「生存者。その表現は適切ではない。私を生存者にカウントすることはできない」
「え? 幽霊?」
「その問いは否。私には生と死の概念が存在しない」
「あ、ふーん……」
色々と察した。
そういうお年頃なのだろう。
生暖かい笑顔を浮かべて、優しく頷く。
「俺は
「久芳カナタ──データベース更新、および参照。対象の人物であることを確認」
また変なことを──と思って、俺は瞠目した。黒かったはずのマキナの瞳が金に輝きはじめたのだ。
色付きコンタクトではない。間違いなく。彼女の瞳は機械よろしく、何枚もの歯車が折り重なっているように、金色に光っていた。
「久芳カナタ。貴方には、英雄になる資格がある」
「えい、ゆう……?」
初めて耳にした言葉のように咀嚼する。
物語に登場する主人公。
超人的な能力を持ち、竜を討ち、時には神をも下す存在。
また妙なことを、と一笑に付すべき発言だったにもかかわらず、彼女の雰囲気も相まって、思わず信じてしまいそうになる不思議な力があった。
俺は動揺に舌を震わせ、言葉を返そうとした──。
その時。
急に、視界が揺れた。
ずるりと何かが滑る音。
身体は力なく地面に倒れて、下手人の姿が映る。
「──ぁ」
奴ら。
敵対的な生物。
呼び方はなんでもいいが、とにかく、「それ」が目の前に居た。
ガラスと水銀とを混ぜ合わせたような半透明で焦点の合わない体表に、人型なのに人間では不可能な可動域を見せ、身体の奥には無数の幾何学模様が踊っている、大型トラックほどの化け物が立っていた。
そして遅ればせながら視界が
なんてことはない。
視界ではなく、視界を司る部分、つまり頭がズレてしまっただけだった。
要するに、俺の首は身体から離れていた。
断頭されてから数十秒は意識があると云うが、少々グロテスクなサッカーボールと化した俺は、地面に転がる自分の身体を目撃してしまった。
「ぁ……」
まあ、心の何処かで諦めは付いていた。
独りで生きていても限界はあるし、ストレス極限下で寝付きも悪く。
こうして殺される時も来るのだろうと、なんとなく予想はしていた。
けど、それは自分一人の話で。
誰かが俺の目の前で死ぬのは、許容できなかった。
「ま、きな」
さっき知り合ったばかりの見知らぬ少女。
それでも彼女が命を落とす様を想像すると、激しく胸が痛んだ。
もう痛む胸もないのに。
「──────」
マキナはこちらを見て、何か口ずさんだ。
何も聞こえなかったけれど。
俺を安心させるような響きが──想いが、込められていたような。
気。
が、して。
そして。
「……は?」
人通りの多い街で意識を取り戻した。
身体を見下ろしてもデュラハン状態ではない。
長い悪夢でも見ていたのだろうか。
頬を抓っても痛みが返ってくるだけ。
都合のいい夢が覚める気配はなかった。
「──久芳カナタ」
気付けば隣に、マキナが立っている。
「貴方には、英雄になる資格がある」
まったく以て意味が分からなかった。
意味が分からなかったので、俺はとりあえず、気絶することにした。
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