【第5話】金髪の少年


 オルタスは、苦しげに目を閉じた。


「いつか必ず帰るからな……だから、もう少し待っててくれ……」


 オルタスは、まるで懺悔するかのように、愛しい者の名を呟いた。


 彼は、視線で分厚い壁の向こう側を何度も確かめていた。


 僕はその姿を見て、聖騎士団は任務以外で庶民街に出ることが難しいという事実を思い出した。


 きっと、彼には庶民街に置き去りにせざるを得ない家族がいるのだろう。


 信仰数値は個人単体にしか与えられず、顔認証決済システムのため、たとえ血縁関係であっても異なる階級間の経済的支援は厳しく制限されていた。


 その社会の仕組みが、彼の苦悩を深くしているに違いないと察した。


「先週、魔物による壁の破壊もあったから、仕方ないかもしれないがな……」


 オルタスは、遠くを見つめた。


「なあ、空を覆い隠すようにそびえ立つ、あの巨大な壁の向こうを見てみろ。錆びついた鉄の骨格に、熱を帯びたチタン合金の外装」


「威圧的な20メートル程ある砲台と、10メートル程あるレーザー砲が、まるで天帝国の権威を示すかのように至る所に設置されているだろ?」


「あれがあるからこそ、魔物が近づいてこないのさ」


 彼は、深く息を吐いた。


「風が吹くたびに鉄骨が軋む音だけが、ここにある安全の証だ」


 オルタスは、壁を見つめ続けた。


「上空から来ても撃ち落されるし、ここにいる限り安全だ。そのはずなのに、壁を破壊されるようなことがあるなんて……」


「……本来なら、あり得ないことなんだ。防衛システムがエラーを起こしているとか、何か別の問題があるのかもしれないな」


 聖騎士オルタスの指をさしている場所を見てみると、そこには鈍い光沢を放つ巨大な兵器がずらりと並んでいた。


 確かに、あれなら魔物や魔神でさえ近づくことも出来ないだろう。


 僕は、前々から思っていたことを呟いてみた。


「その技術を魔神に対して使えば、倒せるのに……」


「確かに、それが出来たらな……」


 オルタスは、苦い顔をした。


「しかし、大砲やレーザーを運ぶには大きすぎるし、小型化してもウプロンド教では銃を持ち歩くのを禁止されている」


 彼の声は、この世界の不条理を理解しながらも、分厚い壁に頭を打ち付けているかのような鈍い響きを帯びていた。


「うん、でも納得いかない……」


 僕は無意識に、剣の柄を強く握りしめた。


 オルタスは一瞬口を閉ざし、険しい眼差しで僕を見つめた。


「……あまりそういうことを口にするな、テリアル。たとえ聖騎士になったとしても、国の法と信仰に疑念を持てば違反金は取られる」


「お前自身の信仰数値を無駄に落とす必要はない。心の内だけにしまっておけ」


 その忠告は、厳格な戒律のように耳に響いた。


 僕の頭の中には、鳥の群れが自由に空を飛ぶ姿が浮かんだ。


 彼らは信仰数値に怯えることなく、ただ生きている。僕たちは、見えない鎖である信仰数値によって、自由を奪われているのではないのか。



   ◇ ◇ ◇



 しばらく歩いていると、勇者学校の門が見えてきた。


 豪華な装飾が施されている門の両側には、衛兵が直立不動で立っている。子供も多く門に入って行く。どうやら、衛兵に連れられていたようだ。


「着いたぞ」


 オルタスは、立ち止まった。


「じゃあ……死なないように頑張るんだぞ」


 聖騎士オルタスはそう言い放つと、まるで重い荷を下ろすかのように、肩をわずかにすくめた。


 彼は振り返ることなく、そそくさとその場を立ち去った。その背中は、とても重そうに見えた。


 ふと、耳元で小さな羽音がした。


「ん? 何か虫がしつこいな……」


 顔の周りを飛ぶ小さな虫を手で払う。しかし、すぐにまた戻ってくる。


 僕は少しだけ煩わしく思ったが、気にしないことにした。


 勇者学校の中には寮もあるらしく、とても広い。


 奥を見れば、すでに何人もの生徒が列をなしているのが見えた。


 僕もその列に加わろうとした瞬間、隣に立っていたのは、大人と見紛うほどの大柄な金髪の男の子だった。


 それだけでなく、彼が持っている剣の大きさに、僕は目を奪われた。


 彼と同じくらいの背丈――180㎝くらいの長さで、幅40㎝くらいある特大剣だ。


 一体、何キロあるんだろうか……


 あまりにも衝撃的過ぎて、僕は思わず声を出してしまった。


「えっ……でっか……」


「ん? あ、こんにちは!」


 大柄な男の子は、屈託のない笑顔で僕を見た。


「この剣、どデカいだろ? すげーよな!」


 彼は自慢げに剣を指した。その陽気さに、少しだけ緊張が解ける。


「う、うん……! あ、僕はテリアルです。よろしく」


 僕は、慌てて自己紹介した。


「その剣、よく持てるね……めちゃくちゃ重くないの?」


「俺はバスティオ! よろしくな!」


「実はさ、この特大剣、素材がラームだから、見た目より軽いんだ! 見た目とは裏腹に、50キロくらいじゃないかな?」


 バスティオは片手で剣を持ち上げようとして、わずかに体勢を崩した。


「うっ……ど、どうだ?」


「え、珍しいね。僕の剣もラームで出来ているんだ」


「嘘だろ!? 偶然すぎる!」


 バスティオは驚きの声を上げた。


「……って、それ本当にラームか? こんなに小せぇのに、500グラムくらいになるはずだろ?」


 バスティオは、僕の剣をまじまじと見つめた。


「ん……重さ的には5キロぐらいだよ?」


「5キロ!? 重くないか!?」


「なんだよ、お前も変な奴だな! 俺のデカブツが軽いのに、お前の剣はわざわざ重くしてるのか? へぇ、珍しい構造だ」


 バスティオはブツブツと独り言をこぼすように小声で呟き、興味深そうに剣の構造を分析し始めた。


 その時、前の方で校長らしき人物が話し始めた。


「あ~、新入生諸君」


 校長らしき人物の声が、広場に響いた。


「君達には、まずこの勇者学校に相応しい人間であるかを確かめなければならない」


 彼は、冷たい目で僕たちを見渡した。


「そのため、テストを行う」


 その言葉に、ざわめきが起こった。


「なので、君達には校長であるこのダラスについて来てもらう」


 校長ダラスはぶっきらぼうな口調でそう言うと、踵を返して歩き出した。


 バスティオは、はっとして喋りながら歩きだした。


「あ! 悪い悪い、剣のことになるとあ~だこ~だ考えて、周りが見えなくなるんだよな~」


 バスティオは慌てて僕に謝りながら、校長の後を追うように歩き出した。その表情は、どこか楽しそうだ。


「なぁ、何か分かんねぇけど、テリアルとは仲良くなれる気がするんだよな!」


 バスティオの明るい声が、僕の心を少しだけ温かくした。


 この学校で、もしかしたら――。


 僕は、わずかな希望を胸に、校長の後を追った。




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【第5話 終わり】


次回:【第6話】四人の絆


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