【第3話】通達
日食が終わったせいか、周囲の空気が一瞬で熱を帯び、頬を叩くように暑さを感じ始めた。
「今日は家でゆっくり体を休めよう……」
僕は、空っぽになった家に戻った。
家は石造りで、単純な作りになっている。
ただ、一般の庶民と違うのは、家政機――家事代行アンドロイドのリタがいることだ。
リタの見た目は完全に人間の形をしていて、動きも滑らかで人間にしか見えない。
ただ、目を見ればアンドロイドだと判別できる。
虹彩は中心からグレー、赤、黒と色が分かれていて、周りが暗くなるとグレーの部分が淡く光る。
だから、真っ暗でも動き回れるのかもしれない。
「テリアルぼっちゃま、おかえりなさいませ」
リタの声が、静かな家の中に響いた。
「ご主人様と奥様のお見送りは、無事に済まれましたか?」
「うん……」
僕の声は、小さく震えていた。
リタは僕の顔からすべてを察したようだった。
「そうですか……お母様は25歳ですし、お父様は27歳ですものね……」
リタは、僕の目を静かに見つめた。
「ご無事に魔神討伐が達成出来るといいですね」
「ありがとう、リタ……」
「どういたしまして、テリアルぼっちゃま」
リタは、いつものように優しく微笑んだ。
「さあ、お風呂が沸いていますので、お入りください」
◇ ◇ ◇
ゆっくりと風呂につかりながら、僕は自分に何が出来るのかを考えていた。
今の自分にできるのは、修行や体作りだけなのだろうか?
他に何かあるはずだ。
でも、9歳の僕には、他に何が出来るのか分からなかった。
だから、リタに聞いてみることにした。
お風呂から上がり、食卓に着く。
今日はキノコのソテーだ。
このリンティカ天帝国では、キノコは家庭料理として日常的に使われている。
「ねえ、リタ。僕は修行の他に何が出来るのかな?」
「そうですね、物事についての知識を得るのはどうでしょうか?」
リタは、いつものように丁寧に答えた。
「知識を得ることで、生活の選択が増えていくと思います」
「ありがとう、リタ」
「どういたしまして、ぼっちゃま」
リタは、優しく微笑んだ。
「他に何か聞きたいことがあれば、お聞きください」
それから僕は、修行をしながら天帝国や宗教、勇者学校についての情報を集め始めた。
分かったのは、宗教法が国家法と同等の強制力を持つということ。
絶対神ウプロンドは、人々を見守るため巨大な惑星に移り住んだことで、その惑星は惑星ウプロンドと呼ばれるようになったこと。
魔物や魔神から人々を守るために、このリンティカ天帝国を作った絶対神ウプロンドの代弁者として、天帝王ローディオが選ばれ、代々引き継がれていること。
ウプロンド教の教えでは、人間は魔物もしくは魔神に殺された場合、魂ごと消されると言われている。
だからこそ、覚悟を持って魔と戦うようにとされている。
こんなことが書かれていたら、余計に魔神討伐など人々はしたくないだろう。
「ねえ、リタ。どうしても分からないことがあるんだ。どうして絶対神自身が、魔神を倒さないんだろう?」
リタは首を傾げ、記憶を検索するような一瞬の静止の後、口を開いた。
「記録によれば、絶対神ウプロンドは、自ら創造した全ての物に手をかけることができないという制約があるようです」
「魔神もまた、絶対神が『必要な物』として創造した結果だと記されています」
「自分の手で消せないから、人間にやらせるってこと?」
「その解釈が、最も妥当かと思われます、テリアルぼっちゃま」
僕は、その無責任な事実に、言葉を失った。
以前、母から言われた言葉が頭に浮かんだ。
『貴方は勇者王同士の子だから……だから、その時はとても辛い目に遭うかもしれない……』
その意味が分からず、僕は調べてみた。
すると、聖騎士団の存在が浮上してきた。
聖騎士団は、上流階級の中でも特別な地位にいて、天帝王ローディオや上流階級を守るために選ばれた精鋭部隊らしい。
高度な戦闘技術と特別な訓練を受けており、魔物討伐にも稀に参加することがある。
しかし、魔神討伐は命の危険度が高いため、天帝王ローディオや上流階級を守れなくなる可能性があるから、魔神討伐に行くことはない。
聖騎士団に入団できるのは、非常に厳しい選抜試験を通過した者、勇者学校で高成績を取った勇者王という称号を持った者の子供、または聖騎士団の子供に限られている。
聖騎士団は魔物との戦闘があるものの、非常に裕福な暮らしが保証されており、精鋭揃いのため、死者が出ることはない。
いざという時は、銃の使用を許可されている。
つまり、この情報で僕は聖騎士団候補だということが分かった。
もし、魔神討伐を強制させられる人々の中に、僕が『聖騎士団候補』という特権階級の存在だとバレたら――。
彼らの抱える絶望と理不尽な境遇が、僕への激しい嫉妬と憎悪となって向かってくるだろう。
僕が両親と同じく本気で魔神討伐を望んでいると話しても、誰も聞き入れてはくれないだろう。
彼らにとって、僕の言葉はただの綺麗事にしか聞こえないはずだ。
もし勇者学校に入ったとしたら、この秘密は命と引き換えにしても隠し通さなければならない。
◇ ◇ ◇
2年後――。
それは何の予兆もなく、しかし、冷たい風が嫌な予感を運んでくるように訪れた。
「我は聖騎士団の者だ。扉を開けなさい」
重々しい声が、扉の向こうから響いた。
僕は、重い扉をゆっくりと開けた。そこに立っていたのは、物々しい装いの男だった。
背が高く、まるで熊のような威圧感がある。その眼光は鋭く、僕の心の奥底を見透かすかのようだった。
「はい、何でしょうか?」
僕の声は、知らず知らずのうちに震えていた。
「我は、聖騎士団のセトスと申します。テリアル殿宛に通達がありますので、お受け取りくださいませ」
セトスは、一枚の紙を差し出した。
「では、先ずはお読みください」
セトスの言葉は冷徹で、感情の欠片も感じさせなかった。
通達と聞いて、胸騒ぎが警鐘のように鳴り響く。
僕は、震える手でそれを受け取った。セトスの冷徹な視線が、紙面の上から僕を圧迫する。
紙の最上部には、簡素な文字が並んでいた。
『時限爆弾センサーにより、勇者王ファーテルおよび勇者王アリアの生命反応が途絶したことを確認いたしました』
その文字を読んだ瞬間、頭が真っ白になった。
「――そうか……あんなに強かったお父さんとお母さんでも、魔神には勝てなかったんだね……」
僕の声は、どこか遠くから聞こえるようだった。
僕は、その場で膝から崩れ落ちた。
涙で滲む視界の中、通達の後半が目に入った。そこには、更なる宣告が書かれていた。
『これにより、貴殿は本日をもって孤児となりました。従いまして、貴殿を近日中にリンティカ勇者学校に強制入学させることを決定いたしました。また、家政機は本日をもって回収いたします』
熱い涙が止めどなく頬を伝い、胸が締め付けられるような、息もできないほどの痛みに襲われた。
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【第3話 終わり】
次回:【第4話】250%の絶望
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