【第2話】明けゆく光と別れ


 父と母は、リンティカ勇者学校での出会いを懐かしそうに語り合った。


「ファーテル、覚えてる? リンティカ勇者学校で初めて出会った時のこと」


「もちろん覚えてるさ。あの時、アリアが一人で剣術の訓練をしているのを見て、一目惚れしたんだ」


 父の目が、優しく細まる。


「本当に驚いたんだぞ。まさか、真面目に無敵の魔神を倒すために訓練している人がいるなんて、思わなかった」


「あの時から、お前と一緒に強くなりたいと思ったんだ」


「私もファーテルを初めて見た時に驚いたわ。私以外に、真剣に訓練している人がいるなんて思わなかった」


「もしかしたら貴方となら、魔神も倒せるのかもって思ったのよ」


「ハハハ、それは光栄だな!」


「うふふ……お互い様よ。私達の旅は真っすぐ魔神城に向かうから、勝っても負けても2年くらいで終わるかな」


「まあ、大体そのくらいだろう。そして、戻って来るのに約2年か……魔神を倒せたら、4年後ぐらいには戻れるだろう」


「分からないことがあるんだけど……人生を諦めた人が、何でわざわざ勇者学校に行くの?」


「それはだな……」


「テリアル、この国は『信仰数値』という、見えない檻の中で動いている」


「信仰数値?」


「ああ。法律を守る、税金を納める――言われた通りに生きていれば、数値は維持される」


 父の目が、暗くなった。


「だが、数値が落ちるとどうなる?」


 父は、まるで過去の記憶を辿るように、静かに言葉を吐き出した。


「仕事も見つからず、飢えた目をしている者を見たことがあるだろう。家を借りることもできず、教会の軒先で座っていた家族もな」


「あの人たちは皆、信仰数値が尽きかけている者たちだ。次の税が払えなければ、すぐに勇者学校への通知が届く」


 僕は、あの時の光景と、通知という名の宣告の重さを思い出し、胸が締め付けられた。


「そして、天帝国は彼らに救いの手を差し伸べるふりをする」


 父は、皮肉めいて言った。


「『勇者学校に行けば、全税免除と三食ただ飯付き、家も提供します』とね。それは、生きる権利をちらつかせた、残酷な取引だ」


「ああ、だから……」


「そういうことだ。大人になれない代わりに、限られた残りの人生を楽しみ尽くすために勇者学校に行く方を選ぶ人もいる、ということだな」


「じゃあ……30歳を超えて、信仰数値がなくなった人は?」


 父の表情が、一瞬固まった。父はすぐに目を閉じ、深い溜息を一つ吐いた。


「……猶予は、たったの三年だ」


 父は、まるで鉄の塊を口にしたかのように、重々しく言った。


「三年以内に勇者学校で戦い方を学び、魔神討伐に行く『権利』が与えられる」


「三年以内に行かなければ、埋め込まれた時限爆弾が作動する」


「三年……短すぎない?」


「ああ、絶望的に短い」


 父は強く頷いた。


「30歳未満の者は、まだ猶予がある。だが、27歳以降の者は、誰であっても一律で三年だ」


 父の目が、遠く、手の届かない場所を見つめる。


「天帝国は『権利』だと宣伝する。だが、実際は……魔神という名の処刑人への道へ押し出す、猶予のない死刑宣告だ」


「だから、人々は必死で信仰数値を保とうとするの」


 母の声が、悲しげに言った。


「それが、どれほど辛くても」


「この世の中、信仰数値という通貨が無いと、何もできないからな……」



   ◇ ◇ ◇



 突如、頭上を覆っていた漆黒の空の向こうから、強烈な光が押し寄せてきた。


 日食の原因であった巨大惑星がわずかにズレ、恒星が顔を出し始めたのだ。


 闇は急激に薄れ、青銀の光を放っていた無数の星々は、瞬く間にその輝きを失っていく。


 辺りは一瞬で白み、代わりに遠くから、光と共に戻ってきた生活の喧騒が届き始めた。


「明けてしまったな」


 父は、立ち上がった。その声には、この特別な時間が終わったことへの、深い名残惜しさが滲んでいた。


「さてと、俺たちはもう出発するよ」


 父の言葉に、僕は寂しさを覚えた。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。


「お父さん、お母さん、気をつけてね」


 僕は、二人を見上げた。


「僕、二人が帰ってくるのを待ってるから」


「ありがとう、テリアル。あなたが強く生きてくれることが、私たちの力になるわ」


 父は僕の肩に手を置き、真剣な眼差しで言った。


「テリアル、お前はもう立派な戦士だ」


 父の手が、僕の肩を強く握る。


「俺たちがいない間、自分の道をしっかりと見つけてくれ。きっとどんな困難があっても、お前なら乗り越えられる」


「うん、分かったよ。僕、頑張るから」


「でも、無理だけはしないようにな」


「テリアル、私たちがいない間も、動物たちや植物たちを大切にしてね」


 母は僕を優しく抱きしめ、耳元で囁いた。


「あなたの優しさが、きっと周りの人たちを助けるわ」


 母の声は、いつもよりも優しく聞こえた。


「うん、お母さん。僕、みんなを大切にするよ」


 父と母は最後に僕へ微笑みかけ、旅立つ準備を整えた。


 その微笑みは、寂しさの中にも、確かな決意の輝きを宿していた。


「行くぞ、アリア。俺たちの願いを叶えるために」


「ええ、ファーテル」


 母は振り返り、僕を見つめながら、その赤い髪を揺らした。


「そして、忘れないで。あなたが一番大切にすべきは、あなた自身の心よ」


「テリアル、また会う日まで……元気でね」


「うん、僕……待ってるから!」


 父と母は背を向け、ゆっくりと歩き出した。


 僕はその背中を、ただ見つめることしかできなかった。


 二人が笑って帰ってこられるように、僕は強くなろうと、心の中で強く誓った。


 やがて、二人の背中は、小さくなり消えていった。


 恒星キプリオスが再び姿を現し、強烈な光が薄明を連れ戻した。



   ◇ ◇ ◇



 この星の空は、潮汐ロックにより常に変わらない。だが、人々は一日を三つに区切る。


 始まりの刻──目覚めの時間。

 中の刻──活動の時間。

 終の刻──眠りにつく時間。


 空は変わらなくとも、時は流れる。


 そして今、終の刻が近づいていた。




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【第2話 終わり】


次回:【第3話】通達


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