家族への告白
第25話 展覧会の約束
二週間が過ぎた。
宮下さんの体調は、良い日と悪い日を繰り返していた。
でも、娘との約束だった建築展覧会の日が近づいていた。
木曜日の午前、私は宮下さんの家を訪れた。
インターホンを押すと、妻が出迎えてくれた。
「いらっしゃい。今日もお願いします」
「よろしくお願いします」
私は靴を脱ぎ、リビングに向かった。
宮下さんは、車椅子に座っていた。
今日は、顔色がよかった。
「おはようございます、浩二さん」
「ああ、井上さん。今日は調子がいいんです」
宮下さんは、明るく笑った。
「明日、娘と展覧会に行くんです」
「だから、今日は身体を整えておきたくて」
宮下さんの声は、嬉しそうだった。
私は血圧計を取り出し、宮下さんの血圧を測った。
上が百二十八、下が七十八。
とても安定している。
「血圧も、いいですね」
「そうですか。よかった」
宮下さんは、窓の外を見た。
「井上さん、実は、娘が言ったんです」
「お父さんの建物を見たら、感想を聞かせてって」
宮下さんは、涙を流した。
「娘が、私の仕事に興味を持ってくれている」
「それが、とても嬉しいんです」
その言葉に、私は胸が温かくなった。
私は、リハビリを始めた。
今日の宮下さんは、いつもより積極的だった。
明日のために、少しでも身体を動かしておきたいのだろう。
「浩二さん、明日は無理をしないでくださいね」
「分かっています」
宮下さんは、小さく笑った。
「でも、娘と一緒に歩きたいんです」
「車椅子じゃなくて」
その言葉に、私は頷いた。
「分かりました」
「では、今日は歩行訓練を中心にしましょう」
「お願いします」
私は、宮下さんの立ち上がりを支えた。
宮下さんは、私の腕を掴んで立ち上がった。
そして、リビングを歩き始めた。
一歩、一歩。
ゆっくりと、確実に。
宮下さんの足取りは、以前よりも不安定だった。
でも、強い意志が感じられた。
「浩二さん、素晴らしいです」
「ありがとうございます」
宮下さんは、少し息を切らせながら笑った。
「明日、娘に歩いている姿を見せたいんです」
「お父さんは、まだ頑張れるって」
その言葉に、私は何も言えなかった。
ただ、宮下さんを支え続けた。
リハビリを終え、宮下さんを車椅子に座らせた。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
宮下さんは、大きく息を吐いた。
「明日、頑張ってきます」
「はい、楽しんできてください」
私は、そう答えた。
玄関で靴を履いていると、宮下さんの妻が声をかけてきた。
「井上さん、明日のこと、お願いがあるんです」
「何でしょうか?」
妻は、少し迷うような顔をした。
「もし、主人の体調が悪くなったら」
「すぐに連絡してもいいですか?」
その言葉に、私は頷いた。
「もちろんです」
「いつでも連絡してください」
妻は、少し安心したような顔をした。
「ありがとうございます」
「主人は、明日をとても楽しみにしているんです」
「でも、私は心配で」
妻の声は、震えていた。
「大丈夫です」
「浩二さんなら、きっと楽しんでこられます」
私は、そう言った。
妻は、小さく笑った。
「そうですね」
「主人を、信じます」
私は、宮下さんの家を出た。
車に乗り込み、エンジンをかけた。
明日、宮下さんは娘と展覧会に行く。
それは、宮下さんにとって、とても大切な時間だ。
何事もなく、楽しんでこられることを祈った。
翌日の金曜日は、私の休みだった。
でも、宮下さんのことが気になっていた。
午後、私は携帯電話を見た。
宮下さんの妻から、着信はなかった。
それは、良い知らせだと思った。
体調が悪くなっていないということだ。
私は、ほっとした。
その夜、私の携帯電話が鳴った。
宮下さんの妻からだった。
私は、少し緊張しながら電話に出た。
「もしもし、井上です」
「井上さん、宮下です」
妻の声は、明るかった。
「今日、無事に展覧会に行ってこられました」
「本当ですか?」
「はい」
妻の声は、嬉しそうだった。
「主人、とても楽しそうでした」
「娘と一緒に、建物の写真を見て」
「いろんな話をして」
妻は、少し涙声になった。
「主人が、こんなに笑っているのを見たのは久しぶりです」
「娘も、とても喜んでいました」
その言葉に、私は胸が温かくなった。
「よかったですね」
「はい」
妻は、小さく笑った。
「井上さんのおかげです」
「主人が、展覧会に行けるように身体を整えてくださって」
妻の声は、感謝に満ちていた。
「いえ、浩二さんが頑張ったんです」
「でも、井上さんがいてくださったから」
妻は、涙を流しているようだった。
「ありがとうございます」
その言葉に、私は何も言えなかった。
ただ、「どういたしまして」とだけ答えた。
電話を切った後、私はソファに座った。
宮下さんは、娘と展覧会に行けた。
それは、とても尊いことだった。
残された時間を、大切にしている。
それが、何よりも大事なことだった。
月曜日の午前、私は宮下さんの家を訪れた。
インターホンを押すと、妻が出迎えてくれた。
「いらっしゃい。今日もお願いします」
「よろしくお願いします」
私は靴を脱ぎ、リビングに向かった。
宮下さんは、車椅子に座っていた。
今日は、少し疲れた表情をしていた。
「おはようございます、浩二さん」
「ああ、井上さん」
宮下さんは、小さく笑った。
「金曜日は、ありがとうございました」
「展覧会、楽しめましたか?」
「ええ、とても」
宮下さんは、窓の外を見た。
「娘と、たくさん話をしました」
「私が設計した建物のこと」
「建築士として大切にしてきたこと」
宮下さんの声は、嬉しそうだった。
「娘は、真剣に聞いてくれました」
「そして、質問もしてくれました」
「お父さんは、どうしてこのデザインにしたの?って」
宮下さんは、涙を流した。
「私、幸せでした」
「娘と、こんなに深く話ができて」
その言葉に、私は胸が温かくなった。
私は血圧計を取り出し、宮下さんの血圧を測った。
上が百四十、下が九十。
少し高い。
「血圧が少し高いですね」
「金曜日、少し疲れたかもしれません」
宮下さんは、小さく笑った。
「でも、いい疲れです」
その言葉に、私は頷いた。
私は、宮下さんの関節可動域を確認し始めた。
今日の宮下さんは、身体が硬い。
金曜日の疲れが残っているようだった。
「浩二さん、今日は無理をしないでください」
「分かりました」
宮下さんは、頷いた。
リハビリを続ける。
でも、今日は軽めにした。
宮下さんの身体を、休ませることも大切だ。
リハビリを終え、宮下さんを車椅子に座らせた。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
宮下さんは、水を飲んだ。
私はカバンを片付け始めた。
その時、宮下さんが話し始めた。
「井上さん、実は、娘が言ったんです」
「娘さんが?」
「ええ」
宮下さんは、私を見た。
「お父さんと、もっとたくさん時間を過ごしたいって」
「毎週末、一緒に過ごしたいって」
宮下さんの声は、嬉しそうだった。
「だから、これから毎週末、娘と一緒に過ごします」
「どこかに出かけたり」
「家で話をしたり」
宮下さんは、涙を流した。
「残された時間を、家族と一緒に過ごせる」
「それが、とても幸せです」
その言葉に、私は何も言えなかった。
ただ、宮下さんの手を握った。
宮下さんは、家族に本当のことを話した。
その結果、家族との時間を取り戻した。
それは、とても尊いことだった。
「また、木曜日に来ますね」
「はい。お願いします」
宮下さんは、穏やかに笑った。
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