第4話 好きな食べ物はなんですか?
「燕ちゃん好き」
「はい……」
「大好き」
「はぃ……」
なんなんだこの生殺し!いっそのこと殺してくれ!!
おはよう、こんにちは、こんばんは。燕です。
例のごとく私は美少女・心花ちゃんからのハグを受けています。
前に比べたらなかなかハグにも、好きって言葉にも慣れてきたような気がしなくもない。
「燕ちゃん、いつになったら私の好きを腰が抜けずに受け止めてくれるの?ぜんっぜん慣れないよね」
「……すみません」
全然慣れてないらしい。
腰を支えられている私が情けない……やいや心花ちゃんが悪いと思うね。
「私、女の子のこと好きなの知ってるでしょ!?好きな子に近付かれて、こんなことされたら慣れる慣れないの問題じゃないのっ」
なんとか自分を持ち直して反論する。
「他の女の子にこういうことされてもこんなに顔真っ赤になっちゃうの?」
心花ちゃんはぐいっと私に顔を近付けた。
近い!!近すぎる衝突事故起こる!!
唇と唇が触れ合いそうなくらい近付いて、でもギリギリのところで触れ合わずに心花ちゃんのぷるんとした唇は離れてしまう。
「……やだなぁ」
「やだなぁって……こんなことするの心花ちゃんしかいないよ……」
ドキドキ心臓がうるさい。
「そりゃあそうだよ。女の子好きな燕ちゃんは女の子に言い寄られたらすぐ好きになっちゃいそうだもん。絶対ダメ」
む……そんなことはない、と思いたい。
「まぁいいや。こういう燕ちゃんのこと知ってるの私だけだし」
満足したらしい。
私から腕を離した心花ちゃんは私の隣に座る。
「燕ちゃん、好きな食べ物はなんですか?」
「好きな食べ物?」
「今度また調理部で自由なもの作っていい日があるの。去年は唐揚げ作って食べてもらったよね」
「ああ、あの時の!すんごく美味しかったからよく覚えてるよ」
「嬉しい。それでね、今回はなにかリクエストある?」
うーんリクエストか。
去年作ってくれた唐揚げは冷めていても美味しい感動的なものだった。
この美少女め、運動も勉強も料理もできるのか、と、ちょっと引いたことを思い出す。
「あの……クッキーとかどうですかね?私、お菓子の中で1番好きなの」
あれだけ唐揚げが美味しかったんだから、お菓子も美味しいに違いない。
大好きなクッキーを大好きな女の子に作ってもらうなんて。うふふ。
「……燕ちゃんよだれ出てる」
「おっと」
心花ちゃんに言われて手で拭おうとしたものの、よだれを拭ったのは私の手ではなかった。
「え……心花、ちゃん」
「甘いね」
美少女の舌が見え隠れした。
「〜〜〜っ!!」
状況を理解した私は勢いよく後退する。
「痛っ」
背後にあった机に思いっきり頭をぶつける。
「大丈夫?」
「ダメ!今こっちに来ないで!無理!爆発しそう!」
「わかったよ。ごめんねいきなり。嫌だったね」
嫌じゃない、嫌じゃないけど……!
もう行こうか、と今日は心花ちゃんから私の手を取った。
いつもは出された手を私が握るんだけどな。
「クッキー、頑張って作ってみるね。放課後またいつもの場所で」
「うん。楽しみにしてる」
心花ちゃん、なんだか元気ない?
クッキー作るの、実は苦手とか?
ううん、きっとそうじゃない。
「ここなちゃ……あ、えと、七雲さん」
「ん?」
「嫌じゃなかったよ……その、さっきの。嫌じゃないよ」
「ほんと?」
「うん……で、でもほんと心臓に悪いから!!気絶しなかったの褒めて欲しいくらいなんだから!」
耐えられた私すごい!私じゃなかったら耐えられずにそのままお亡くなりの可能性もある。美少女の前でよだれを出すなと言われればそれまでだけど、私でよかった!
「あははっ確かに。燕ちゃんえらいっ」
「ちょっと名前……」
人がいるところでは苗字呼びねって言ったくせに!
「またね燕ちゃん」
あ!逃げた!
心花ちゃんは私の名前を置いて、そそくさと自分の教室に入っていってしまった。
「……心花ちゃんのばか」
***
放課後。
私、心花は友達と調理室に向かう。
クッキー……クッキーか。
お料理は得意だけど、正直、お菓子作りは得意じゃない。
ちゃんとレシピ通りにしてるはずなのに、出来上がるのはゴポゴポと怪しい音を立てた紫色のなにか。
「心花、今日はクッキー作るんでしょ?大丈夫?今からでも変えない……?」
友達が心配して声をかけてくれる。
こういう作るものが自由の日は、作るものを顧問の先生に伝えてから、すぐ近くのスーパーに買いに行くことから始まるんだよね。
だからまだ変更はできるんだけど……。
「変えないよ!クッキー作るって大好きな人と約束したんだもん!」
その言葉に、数人の友達がざわめく。
「心花彼氏できたの!?いやもしかして彼女!?」
「会ってみたいなー!」
「大好きだなんて言わせるの相当じゃない!?」
『ねぇ誰なの!?』
燕ちゃん……なんて言うはずなく。
「ないしょ」
『!!!』
数人の友達は顔を赤くして固まってしまう。
どれだけ仲が良くても絶対燕ちゃんを紹介なんてしないんだから。
もし紹介して、燕ちゃんをとられることがあったとしたら、私は暴れ狂う自信がある。
「はぁ……仕方ない。みんな、全力で心花のクッキー作りサポートするよ!」
『おー!』
「ありがとうみんな……!」
みんなが手伝ってくれる以上に心強いことはないよ!
***
ということらしい。
帰宅部の私、燕がいつもの空き教室で課題をしながら心花ちゃんを待っていると、息を切らした彼女がやってきて、クッキーの説明をしてくれた。
苦手と言う割には上手にできてる気がするけどな?
ちょっと焦げがあるくらいで、心花ちゃんが言う紫のゴポゴポは見当たらない。
「食べていい?」
「どうぞ……」
食べさせてあげようかって言わないあたり、本当に自信がないみたいだ。
なんだか調子が狂う。
「いただきます」
私は一口でクッキーを食べた。
ハードなかみごたえ!
そうそう、クッキー作りの難しいところってここなんだよね。サクッホロッがどうも難しい。
って!!
「すごく美味しいんだけど!?」
「ほんと!?」
「うん!バターの感じも甘さも私好みすぎるよ!心花ちゃん天才っ」
クッキーの味はこうでなくっちゃ!
ココア味も作ってくれたみたいなので食べてみる。
やっぱり美味しい。
「よかったぁ……。友達に試食してもらって、固いけど美味しいって言ってもらえて。だけど私はまだ食べてないから心配だったの」
まだ食べていないだって!?
そんなのもったいない!
「心花ちゃん!あーん!」
「!?」
小さく開いた心花ちゃんの口にクッキーを放り込む。
「どう!?美味しいよねっ!」
なぜだか顔を赤らめた心花ちゃんは何も言わずに咀嚼する。
「おいしい……」
「でしょ!もっと自信持っていいのに〜」
心花ちゃんはなんでもできちゃう完璧美少女だ!
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