第3話 燕ちゃんとの出会い

私が燕ちゃんと初めて会ったのは、高校の入試のときだった。

前日までは平気だったのに、本番になるとどうしても緊張してしまって落ち着かなかった。


学力に不安があるわけじゃない。この学校も見学で何度か来ていたから初めての場所じゃない。

けれどやっぱり、本番の空気感は私を飲み込んだ。


ここを受ける前に他の高校の受験もして、そのときはまだ大丈夫だったのに。

視界が狭まれば少しは安心できると思って、今日はコンタクトじゃなくてメガネにしたのに。


(どうしよう……)


緊張がいなくなってくれない。テストが始まるまであと1時間もある。

それまでずっとこの調子でいなきゃいけないの?


(そんなの無理だ……)


ガタ、と私の椅子は音を立てる。


行き先も決めず、私は試験会場である教室を抜け出した。


(パパ、ママ、ごめんなさい……私試験を抜け出しちゃった)


悔しくて涙が出る。

こんなに恥ずかしい姿、誰にも見られたくない。


人目を避けて、避けて、たどり着いたのは空き教室らしい教室の前だった。


(ここなら誰も来なそう……)


私は空き教室の前に座り込む。

いずれ私が試験会場にいないことがバレて、ここにいることにも気付かれてしまうだろうけど、とりあえずの緊張をおさめるにはちょうどよかった。



どれくらい時間がたったのかな。

時計を持ってくるのを忘れたせいで時間がわからない。


(まぁいいか……どうせ試験、受けられそうにないし……)


そう思っていたときだった。


「あれ!?また人いないところ来ちゃった!試験会場どこ!?」


燕ちゃんだった。

道に迷ったのか、きょろきょろ周りを見ている。


あ、と燕ちゃんと目があったと思えば、燕ちゃんは高速移動でもしたのかと思うほどあっという間に私の前に来ていた。


「もしかしてここ受ける子?私も!」


にこにこしながら話す燕ちゃんと目が合わせられなくて、私は少し俯いた。


「私、迷子になっちゃったみたいで。もしよければ案内してほしいな……。あっもしかしてあなたも迷っちゃった……?」


私の隣にしゃがみ込んで言う。


「ううん、違うの。逃げ出してきちゃった」

「そうなの?」

「うん」


少しの沈黙が続いたあと、何を思ったのか、燕ちゃんは私の手を握ってくれた。

温かい手。

今の燕ちゃんは絶対にしないのに。


「ちょっとは安心するかなぁと思って。大丈夫だよ。まだ時間あるし、ゆっくり行こうよ」


私の手を握りながら、彼女はなにかひとりで喋っていた。

この優しさに感動して内容を覚えていないのがなんとも惜しい。


燕ちゃんはこの学校が本命だそうだ。

ずいぶんと気合が入っていた。


「私もここの高校にしようかな……」

「え!そしたら同じ高校通えるね!」


もう少しレベルの高い高校も受験していたけれど、この子がいると思えば、学力なんてちっとも気にならなかった。


「あなたがどこの高校に行くとしても、ここは2人で合格しようね!」

「……っうん!」


燕ちゃんは私の欲しい言葉をたくさんくれた。


『試験開始20分前です。教室の外にいる人は戻って、自分の受験番号が書いてある席に座ってください』


その後も燕ちゃんに癒されながら自分の緊張がほぐれるのを感じていると、放送が聞こえる。


「もう平気?」

「だいぶ落ち着いてきた。ありがとう」


そう言って手を解こうとしても燕ちゃんは離してくれなかった。


「手、教室まで繋いでいようよ」


そのとき、私は燕ちゃんに恋をした。





***





試験の教室は燕ちゃんと一緒で、席が隣だったんだ。

机に受験番号と名前が書いてある紙があったから、それで燕ちゃんの名前を知った。

懐かしい思い出だけど、絶対に忘れることはない。


「心花ちゃん?ぼーっとしてどうしたの?」

「んーん、なんでもないよ。ちょっと昔のことを思い出してたの」


大好きな燕ちゃん。

今度は恋人として手を繋いでやるんだから!

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