生命操作~ライフ・メイカー~

ゆるっとさん

第1話

 くぐもった灰色の空、生と死の境界線。

 地獄と見間違うほどの凄惨な光景の中、彼は無数の屍の山の上に立ち、不敵な笑みを浮かべていた。


 人も、獣も、鳥も、魚も、木や岩などの無機物でさえ、戦慄を覚える。

 風は凪ぎ、大地は震え、音は光よりも早く彼の存在を世界へと響かせた。

 とある者は彼に絶望よりも深い恐怖をその目に刻み、とある者は彼に縋るように救いを求める。


 彼の前では生も死も、すべてが平等だった。


 世界の概念さえ破壊する力を持つ彼の名は、キング・ジョーカー。

 もちろん、偽名である。特にこだわりはない。

 別に『ジャック・エース』でも『ナイト・ビショップ』でもいい。

 真っ先に浮かんだのがトランプだった、彼に取ってはそれだけの話だ。


 死を象徴するかのような日本人特有の黒い髪と瞳。 彼が異世界へとやってきたのは今から三年前、十八歳の高校生の時だった。

 ネットカフェでバイト中の彼の足元に突如として現れた青白い光を放つ魔法陣。

 催眠効果でもあるのかと思うほどの強烈な眠気と吸い込まれるような感覚に襲われ、彼の意識が徐々に遠のく。

 そして次に気付いた時、彼は異世界にいた。


 転移した先はゼルオーグ王国の王城、謁見の間。

 多くの魔導師と玉座に座る王と王妃、その傍らで静かにたたずむ、幼き王女。

 不躾なまでに失礼な態度を取る王と魔導師たち。

 不遜だと豚のようにわめき散らかす、王妃と王女。


 魔導師たちの鑑定魔法で、彼の能力スキルはすぐに判明した。

 生命操作ライフメイカー。万物から生命を奪い、自身に蓄え、他者へと与える力。


 瞬間、周囲の空気が凍りついた。 彼の能力の発動条件は、対象に触れて明確にイメージすること。

 触れさえすれば殺せるし、生かせる。

 その判然たる事実が、先程まで優位を気取っていた豚どもの表情を作り笑顔へと変えた。


「よくぞ召喚に応じてくれた! まずは貴殿の功績に報いたい。なにか望みはあるか?」


 召喚直後の対応で既に彼の心は凍土のように冷たくなっていた。

 勝手に召喚され、罵声を浴びせられる。

 それは不信感を抱くには、十分すぎる理由だった。


「黙れ、肥えた豚が人間の言葉を話すな」


 それは、彼にとっての宣戦布告だった。

 彼は自身の能力について完全に掌握していた。

 一切の確率も、偶然も、奇跡さえも踏みにじる。そこには僅かな希望さえ存在しない。


「き、貴様ッ! 誰に向かって言っている!?」

「お前だ。食用にすらならない家畜以下の存在が鳴き喚くな、鬱陶しい。黙って金品を差し出せ、俺が命じるのはそれだけだ。そうすれば貴様らの前から消えてやる」


 彼の言葉に周囲がどよめく。

 言葉の端々から感じさせる死の香りに恐怖していた者たちの表情が僅かに明かりを灯し、すべての視線が国王へと注がれる。


「貴様ッ!」


 彼の眼光が国王を捉える。

 直後、心臓を鷲掴みにされたように国王が言葉を詰まらせた。


「早くしろ。さもなくば、まずはお前の隣にいる王妃を殺し、娘を殺す。刃向かう兵士は全て処分し、最後に絶望を与えながら、お前を殺す」


 彼の放つ威圧には、歴戦の強者のような鋭さがあった。

 ごくり、国王の唾を飲み込む音が静寂の中に響き渡る。


「わ、わかった。金貨だ、今すぐ金貨を持ってこい!」


 扉の近くにいた兵士が慌てて外へと飛び出す。そして兵士が戻ってくるまでの間、残された者は身動きすら取れずに絶えず死の恐怖を感じる事を余儀なくされた。

 彼らは処刑台に上がる罪人のようであり、順番待ちに喉元にナイフを突き付けられる敗者だった。


 数分、それは数時間のようにも感じられた。 彼の放つ恐怖、混沌と苛立ちが入り交じる世界。

 やがて革袋に大量の金貨を詰め込んで戻ってきた兵士の姿に、一同が歓喜に震える。

 革袋を奪い取った瞬間、兵士の顔には絶望が映っていた。

 彼は中身も確認せずに最後に侮蔑を含んだ目を部屋の中にいる全員へと向け、閉ざされた重厚な扉を生命操作で砂へと変え、そのまま王城を後にした。



 それから暫くは、各地を転々とした。

 豚どもが差し向ける兵士や冒険者たちを灰へと変え、時折、気まぐれで死にかけのガキや女なんかを助けてやったりもした。

 旅の途中、風の噂で彼が王城を出た翌年に王家の豚どもが民たちの反乱で死んだことを知った。だが、そんな事はどうだっていい。


 そして彼が旅の果てに決めた住処、そこは人界と魔界の国境付近にある小さな村だった。

 国からも世界からも見放され、常に魔物の脅威に怯える人口二十人程度の脆弱な農村。


 村人たちは常に腹を空かし、畑を耕す。

 世界がそんな彼らを嘲笑う。


「チッ、酒が切れたか」


 村の一番奥にあるボロボロの家屋。掘っ立て小屋よりも粗末な建物の中に彼はいた。

 魔物肉は腐るほどあっても、酒がない。

 それが彼の心をさらに苛つかせた。


 村の現状は凄惨な物だった。

 村には井戸がなく、まともな飲み水の確保も困難。

 行商人がやってくるのは三ヶ月に一度だけ。 行商人の来訪が滞れば、死に直結する。

 もしそうなれば、残された道は一つ。

 人間の街よりも近い魔族の街へと自ら殺される覚悟で買い出しに出掛ける、それが彼らの生き残る唯一の道だった。

 キング・ジョーカーと言う男が現れるまでは。


「街に行く。各自、足りない物を今回の同行者に伝えておけ」


 立ち上がり、外で畑を耕していた農夫に告げる。

 すぐに農夫が作業を中断し、御用聞きとなって皆の家々を回る。 出立の準備が完了するまで、そう時間はかからなかった。


「お前が今回の同行者か」

「うん! キング様の役に立てるよう、頑張ります!」


 選ばれたのは十歳の赤毛の娘、ミラ。

 髪をおさげにし、屈託のない笑みを浮かべる少女。

 魔族の街に行くというのに、呑気な物だった。


「行くぞ。始めに言うが、俺はガキの面倒を見る気はない。途中で歩けなくなったとしても俺はお前を置いていく。異論はないな?」

「うん、大丈夫!」


 少女を一瞥した後、彼は目的地へ向かって歩き始めた。



 ◆


 街中に広がっていた喧騒が収まり、瞬時に静寂へと変わる。

 周囲を凍り付かせる恐怖、見る者すべてを常闇へと誘う存在感。


《死神》キング・ジョーカー


 彼は魔族の間で、そう呼ばれていた。


「おい、あれが噂の《死神》か?」

「バカ、やめろっ!」


 初めて彼の姿を見た獣人の口を慌てて仲間が塞ぐ。

 彼の反感を買えば簡単に街が灰となる。

 その恐怖が不可視の刃を突き付けた。


 彼の放つ狂気が《デガルム》の街を支配し、魔族たちに死の宣告を与える。

 彼が街の石畳の上をカッ、カッ、と音を鳴らして歩く度に、争い事を嫌う亜人たちの心臓が小さく跳ねあがる。


 その時、彼に走り寄る影。

 それはリーゼッドと言うエルフで《デガルム》の領主を務める男だった。


「これはキング様ッ! 歓迎の宴も用意できず、申し訳ありません。差し支えでなければ、今回の来訪の目的をお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「酒が切れた。だから今回は、多めに用意しろ」

「いつもの物資の補給ですね、承知致しました。キング様の後ろにいる少女が今回の同行者でしょうか?」

「あぁ。他の必要な物はガキに聞け」

「かしこまりました。それでは荷が揃うまで我が屋敷でお寛ぎくださいませ」

「あぁ、そうさせて貰う」


 彼は少女に見向きもせずに再びカッ、カッ、と乾いた音を鳴らして歩く。

 エルフの住む領主邸は街の奥の小高い丘の上に建てられていた。


 建物の回りには、生命力あふれる太く育った大樹や色鮮やかな花が咲き誇っていた。

 彼の姿を視認した瞬間にエルフの侍女たちが玄関の大扉を開け、丁寧に会釈する。


 赤絨毯が敷かれた邸内は飾り気のない、ありふれた景色だった。

 派手な装飾などは存在せず、申し訳程度のエルフの肖像画が飾ってあるだけ。


「奥から不穏な気配を感じる。おい、あのエルフは何を隠している?」

「隠す……なんの事でしょうか? さぁ、そんな事よりも美味しいお茶が用意してあります。応接室へとどうぞ!」


 ピクッ、侍女の尖った耳が微かに動く。

 それは疑心が確信に変わった瞬間だった。


「止まりなさい!」


 侍女の案内を無視して先に進むと地下へと続く階段を発見。

 だがその瞬間、侍女の鋭さを持つ凛とした声が彼を制止させた。


「まさか、今のは俺に言ったんじゃないだろうな?」

「とま……止まって! お願い、その先には行かないで!」


 威圧が含まれたその言葉にエルフたちの表情から色が消えた。

 庭先の鮮やかな花を目にした彼にとって、それは実に滑稽だった。


「お前、誰に命令している?」

「ひぃ……!」


 彼が首を掴んだ瞬間、エルフの声は痛みより恐怖を表していた。

 彼の噂はすでに人界を離れ、魔界全土にまで轟いている。


 触れさえすれば殺せるし、生かせる。


 彼がイメージした瞬間、それは現実となる。


「キ、キング様! どうかご容赦をッ!」


 だが、それをもう一人の侍女が邪魔をする。

 懇願するように頭を地面に擦り付け、すすり泣く声で慈悲を求める。

 涙ながらに語る姿に彼の中ですぅ、と熱が一気に冷めるのを感じた。


「チッ」


 掴んだ侍女の首から手を離し、彼は冷えた身体で暗闇へと溶けていく。


「なるほど、コイツを隠したかったって事か」


 彼が階段の奥で見つけたのは、今は亡き魔王の因子だった。

 生命力の低下、不完全な状態での復活。

 現在、魔王不在の魔界では派遣争いが激化している。

 目の前の魔王因子が新たな魔王として君臨する。

 その火種を蒔くための方法は、既に彼の手の中にある。


「さぁ、お楽しみと行こうぜ。なぁ、新たな魔王様?」


 END


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