第32話 エピローグ
その日、とある田舎にある小さな家に客人がやってきた。
客人はその家の奥方に招かれるまま、家の中に入る。
まず目に入ったのは、揺り籠だ。
なかではスヤスヤと赤ん坊が眠っていた。
しかし、目が覚めてしまったのか泣き始めた。
その横では男が一人、椅子にすわっている。
この家の主人だ。
赤ん坊をあやそうとするのを、奥方がやんわりと止め、彼女が赤ん坊を抱き上げた。
そしてそのまま、家の奥へと引っ込んでしまう。
それを見送ってから、家の主人、聖王国から追放されたフェルナンドは、客であるノアを見た。
ノアへ椅子をだし、お茶を用意する。
今日の来訪について、ノアは事前に手紙で知らせていた。
「まだ、わからないことがあるんです」
出されたお茶を一口飲んで、ノアは言った。
「わからないこと、ですか?」
「シルが貴方に、【聖女の仕事を奪っている、と言われ国外追放になった件】について、ですよ」
と、今のシルの上司であり、保護者はどこか楽しそうにニコニコとしている。
「どこか変ですか?」
「国外追放の理由として、あまりにも雑すぎです」
「はっきり言いますね」
「ルリ殿ですら、貴方の暗殺未遂で国外追放としたのに。
シルはほかの聖女達の仕事を奪っている、という理由でした。
貴方なら、今回のことを計画したフェルナンド殿下なら、もっとやりようはあったはずです。
それこそ、シルが貴方の暗殺未遂をしでかした、とでっち上げることだってできたでしょう?
証拠を捏造したってよかった。
貴方にはそれが出来たはずだ。
でも、していない」
「…………」
「クレームの内容も内容です。
シルが聖女の仕事を奪っている、というのがそもそも変だ。
職業として彼は正式な【聖女】であるし。
もしも、本当に仕事を奪っているのなら、仕事内容を確認して、仕事を振り直せばいいだけの話です。
報復人事、という言葉もあるように、閑職異動させてそれこそ適当なミスをでっち上げて解雇、とでもすれば自然だったでしょうに。
俺がもし同じシナリオを描くならそうしてます。
そうやって恨みを買い、シルが自分へ危害を加えても不思議じゃない舞台をととのえます。
そうして、それこそ暗殺未遂をでっち上げます。
にも関わらず、フェルナンド殿下、貴方はシルを手元におき続けた。
そして、雑すぎる追放理由で聖王国から放逐した。
シルは貴方から嫌われていると本気で信じていた。
だから、嫌がらせをされて、挙句に国外追放されたと信じていたのです」
「……少しは演技が上手くなったってことですかねぇ」
と、フェルナンドは降参とばかりにそう呟いた。
「どこかで気づくかな、とも思ったんですが。
あいつ、結構信じやすいタチで、人を良くも悪くも疑わないでしょう。
こう、額面通りに受け取るというか。
昔からそうなんです。
だから気づかなかった。
俺のド下手な演技に欠片も気づかなかったんです。
気づいて、ほしかったんですけどね。
だから、最後、あいつに国外追放を言い渡した時に柄にもない。
アイツの知ってる普段の俺なら、絶対言わないことを言ったんですが。
いえ、本心でもありましたよ。
あいつは国のために頑張っていた。
これでもかと、尽くしていた。
父上と姉上のことを裏切らないよう、飴を与えられ続け、飼い慣らされ、そしてそれに気づかないまま頑張っていました。
哀れでしたよ。
見ていて哀れでした。
あまりにも世界を知らなさすぎた。
だからという訳ではありませんが。
あいつに追放を言い渡した時、最初で最後の、本音としての労いの言葉を贈りました。
次に顔を合わせる時は、俺はあいつに殺される予定でしたから。
最後くらい、それくらい言ってもいいかなって思ったんです。
でも、やっぱり気づかなかったんですけどね。
まぁ、仕方ないんですけど。
あいつに俺がどういう人間か信じ込ませたのは、他ならない俺自身ですから」
「それが、シルを手元におき続けた理由ですか?
国王と王女からいいように利用されているから、だから手元に置き続けた。
接触させないように、オーバーワークをさせ続けた、と?」
「オーバーワークに関しては、シルが勝手にやっていたのと、貴族たちやほかの聖女達が仕事を丸投げしていた結果です。
あいつの中でどうなっていたかは知りませんが。
俺がそこに口を出したら不自然だから、表向きは黙っていました。
あいつは、父上や姉上の覚えもめでたかった。
俺なんかとは違って職業にも、天性の素質にも恵まれていた。
だから、あの二人から利用価値があると判断された。
まぁ、姉上は将来の俺の側近に、といらない世話をやいていた時期もありますが。
でも、そうですね。
姉上は、それすら利用しようとしていた。
シルへの冷遇を利用しようとしていた。
地獄から地上に戻ったら、天国のように感じられるでしょう?
姉上はいずれ自分の所にシルを戻したとき、シルが離れていかないようにするためにあえて、俺のところにあいつを起き続けていた節があるんです。
俺の派閥の人間による妨害だ、ということにして。
どれだけ俺の下でいることが異常で不便なのか、理不尽なのか。
比較できるよう、準備を整えていました」
そこでフェルナンドは言葉を切る。
やがて、少し疲れたような声を出した。
「シルが……助けてくれるかなって、ほんの少しだけおもっていたのも事実です。
魔王のことを知ってしまって、今までの知らないに戻れなくなった俺を助けてくれるかなって。
でも、聖王国内ではどこで魔王が聞いているかわかりませんでした。
だから、言えなかったんです。
魔王は、俺のコンプレックスに惹かれて接触してきました。
俺はね、ノア殿下。
ずっと父上と姉上から、物心ついた時から煙たがられていたんです。
何故って、周囲には優秀な人間がわんさかといました。
俺は、普通に毛が生えたかどうかという程度の能力しかなかった。
まあ、でも逆にそれはチャンスだと思いました。
魔王はいずれこの国どころか、大陸、そして世界を滅ぼすことは容易に想像できましたから。
なら、ここでいろいろ種を撒いて仕込みをしておけば、倒せると考えたんです。
シルを選んだのは、あいつがとても強くて優秀だったからです。
そして底抜けのお人好しだからでした。
ご存知でしょう?
あいつは、基本的に困ってる人を、理不尽な死を迎えた人たちを放っておけない。
そして、救う能力を持っていた。
だから、選びました。
その日から、ずっと演技をしてきました。
嘘をつき続けてきました。
ルリは、そんな俺に気づいた唯一の理解者でした。
あいつを、シルを国から追放した時、ホッとする自分がいました。
もう演技をしなくていい、嘘をつづけなくていい。
なにより、アイツをこれ以上虐げなくていい。
今までの報いを受けるまで、あとは待つだけ。
その現実にホッとしました。
あとは、そうですね。
これ以上、父上や姉上達にあいつが利用されるのを止めたかった。
あいつは、とても使い勝手のいい駒として見られていましたから。
姉上はまだ感情がありましたけど、それでも次期国家元首ですよ。
姉上が将来、あいつをどのように使うかは簡単に想像できました。
あいつは世界をあまりにも知らなさすぎたんです。
だから……見てきてほしかったんです。
あちこちを見て、それでもまだここに戻ってくるつもりがあるなら、その時のことを考えて余白を作ったつもりだったんです。
それが雑な追放になってしまった理由です。
……すみませんね。
つまらない理由なんですよ結局」
「シルに対してやり過ぎた、とは思わなかったんですか?
民衆は彼に石を投げ、気持ち悪いと、雑菌だなんだと迫害していました。
彼の心が壊れるとは、思いませんでしたか?」
「思いましたし、後悔しました。
あいつの精神がどこかで折れたら、計画はすべておじゃんになる。
けれど、ノア殿下も知っているでしょう?
一部の職業持ちは、心が壊れないよう、職務もしくはお役目を果たせるよう世界から加護が与えられている。
それを知っていましたから、心は痛みましたけど、でもあいつには魔王を倒してもらわなきゃならないので、後悔なんてできませんでした。
そして、どうせ俺のことを恨んでいずれ殺すのなら、どんどん憎まれてやれ、とは考えていました。
最後に諸々の責任をとるのが上の勤めでもありますから。
国外追放もね、本当は、どこかでシルの感情が爆発して俺を殴るか刺すか、そういうことをすると考えていたんです。
そうしたら堂々と追放できるでしょう?
でも、あいつ、しなかったんですよ。
何故か俺を殴ろうとしなかった。
すれば良かったのに。
俺を殴って、追放され、さらに好機だと考えて殺しに来ればよかったのに。
あいつ、しなかったんですよ。
まぁ、最後の最後で殴ってきましたけど」
フェルナンドは、苦笑していた。
「何故だとお考えですか?」
「わからないです」
「……そう、ですか。
あの、これもお聞きしたいのですが。
貴方にとって、シルはどういう存在だったんですか?」
「ここだけの話にしてもらえますか?
あいつには絶対言わないでください」
「いいですよ、お約束します」
「弟です。
とても出来がよくて、嫉妬を向けてしまうくらい小憎らしい弟。
でも、何も無かった、誰にも見向きすらされず、無価値で、姉上からも父上からも邪魔くさがられていた俺を、『兄』と呼んで見てくれた大切な弟です。
今回のこともたまたま適任だったのが、あいつだったってだけの話です。
そうでなければ、別の人間を魔王討伐のために選んでいたことでしょう」
「……それを聞いてスッキリしました」
「それは良かった」
「最後にもう1つ、これは知っていたらで構わないんですが」
「はあ?」
「俺とシル、どこかで顔を合わせてるみたいなんですけど。
ご存知ですか?
俺は彼とあった記憶がなくて」
それは何かの折に、シルから聞いたのだった。
『俺、ノア殿下とどこかであってる気がするんですけど、覚えてません?』
ノアはあいにく、そんな記憶はなかった。
フェルナンドは目をパチクリする。
そして、素で驚いていた。
「ノア殿下、もしや覚えてらっしゃらないんですか??
いや、まぁ、それだけの時間が経過したんだ。
無理もない、か」
「???」
「今から、十年ほど前でしょうか。
姉上の誕生日パーティーに参加頂いたでしょう?
あの時、殿下とアン様は、木登り競走をしたんですよ。
王宮の庭にあった木で。
そして、お二人とも落ちてしまった。
お二人とも、強かに頭を打ち付けてしまってね。
それをたまたま見つけたシルがお二人を魔法で治癒、回復させたんです」
途端に記憶が蘇った。
そうだった。
あった、そんなことが。
そう、そして、あの時、たしかアンが……。
「アン様が、それでシルをいたく気に入ってアーヴィス国に連れ帰ろうとしたんです。
アン様はすでに聖女としてお仕事をはじめていて、シルの素質に気づいておいででした。
だから、連れていく計画を立てました。
当時、シルはとても体が小さかった。
小さいから荷物に紛れ込んだら絶対バレないって言って、シルにかくれんぼだと言って、言い方は悪いですが唆して連れていこうとしたんです。
当時ノア殿下は、アン様の考案した誘拐計画に付き合わされて物凄く困っていましたよ。
まぁ、すぐに大人に計画がバレて叱られていましたけど」
「あ~、ありましたね。
すっかり忘れていました」
十年前だから、アンは聖女判定を受けて間もない丁度十歳、ノアは九歳だった。
「……アン様の運命を知っていたら、もっと早く計画を前倒ししたんですけど。
アン様は、姉上とはまた違ったタイプでした。
それに貴方もいた。
お二人はシルに、いい刺激を与えてくれると考えました。
とにかく、アイツの世界は狭く、閉じていたので。
それもあって、アーヴィス国を選びました」
「なるほど」
ノアは納得した。
そんなノアへ、不器用な兄の顔をしたフェルナンドはこう言葉を続けた。
「本当はこんなこと言う資格はないんですけど。
あいつのこと、よろしくお願いしますね」
聖女の仕事を奪っている、と言われ国外追放になった件 ぺぱーみんと/アッサムてー @dydlove
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