第30話 テンニンゴスイと【探偵】

「神様って、不老不死なんじゃ??」


語りの内容、そして魔王のうろたえよう。

それらから、ノア殿下が語っているものが魔王の過去だと察することができた。

しかし、わからない。

神、上位存在。

神界という、俺たちがいる地上の世界とは別の世界に存在している神聖な存在。

それと魔王がつながらない。

魔王は魔界に存在する、魔族という魔界に住む人間達のなかでもとくに力を持った存在である。

だから、王、と呼ばれるのだ、というのは。

ここまでの旅路でノア殿下から説明を受けた。


神々は不老不死だと永久不滅の存在だと、聖王国では信じられている。

大陸に存在する数多の国では宗派こそ違うが、神聖存在はほぼそのような存在、死なない存在だと信じられている。


「まぁ、そうですね。

現代ではそう信じられています。

現に、そうです。

ただ、そういう考え方もあるってことです」


と、説明してきたのはフリージアさんだ。


「アーヴィスでは小さい頃から、絵本などで覚えさせられることなんですよ。

他には、ウカトウセンなんてのもありますねぇ」


聞き覚えのない単語をしれっと出さないでほしい。

説明がほしい。


「シル様は輪廻転生は、知ってますか?」


この会話、なんか既視感があるな。


「あ、はい」


「なら話は早いです。

ようは肉体は死んでも魂は不滅で、新しい体に生まれ変わるという考え方ですね。

これ、神々にも適用されているルールなんですよ」


「え、そうなんですか?」


「そうなんです。

そして、魔王という存在。

魔界という、地上や神界とはちがうもう一つの世界。

なぜこれらが在るのか、というところにも繋がってくるのですが。

まぁ、その話は長くなるのでまた今度にしましょう。

テンニンゴスイについてです。

察しておられるとは思いますが、これは神が死ぬ前に現れる五つの予兆のことです。

テンニンは天の人、つまり神のことです。

ゴスイは五つの衰えのこと、五衰です。

この天人五衰のあとに、神は死ぬとされています。

死んだあと、神も転生します。


これは魔王にも適用されているルールです。

これらを知っていると、いろいろ見えてくるものがあります」


フリージアさんは説明をしつつ、ちらり、と魔王を見た。

魔王は魔王で、ノア殿下を凝視している。


「見えてくるもの??」


「私にも魔王のことわかっちゃいました、ということです。

というより、ノア殿下が言ってた魔王を弱らせる方法がわかっちゃいました」


マジか。


「え、それって、どんな方法なんですか?」


「正体を見破ること、です」


「はい??」


え、魔王は魔王なのでは??

その正体を見破る??


「アーヴィスの子供向けのお話で、こんなのがあります。

悪いことをする悪魔がいて、みんな困っていました。

誰も悪魔を止められません。

悪魔の名前を誰も知らなかったからです。

悪魔は正体を見破られる、つまり名前を知られると弱ってしまうからです。

けれど、とある賢者がその悪魔の名前を見破って、無力化、なんなら使い魔にすることに成功した、というお話です。

この悪魔は魔族と考えてもらった方がいいでしょう。

魔族、魔王の名前、正体を見破ることが弱らせる方法なんです」


「つまり、ノア殿下はそれをやろうとしてる?」


「というか、この場ではノア殿下にしかできないですねぇ。

その賢者は、ノア殿下の、つまりアーヴィス国の王族のご先祖さまだと言われているので。

王族の方々には、【賢者】の職業持ちが出現しやすいんです。

まぁ、ノア殿下は【賢者】では無いんですけど」


「え、そうなんですか??」


「はい。

国王様、兄上のアーノルド様は【賢者】です。

でも、ノア殿下は違います。

性質としては受け継いでおられるみたいですが、与えられた職業は違うものです」


これ、聞いていいんだろうか。


「大丈夫ですよ。

アーヴィス国の人間なら誰でも知ってるので」


「それでその、ノア殿下の職業っていったい?」


「【探偵】です。

ご自分の足で動き、さまざまな人から話を聞き、書物を調べ、推理し、真相を探し、言い当てる存在です」


色々合点がいった。

これまでの彼とのやり取りが、すべて繋がる。

なるほど、そういうことか。

だから、少しの会話で彼は俺のフェルナンド王子への感情に気づいた。


全ての違和感に気づいた。


フェルナンド王子のシナリオにも気づけてしまったのだ。

ノア殿下の存在が、おそらくフェルナンド王子にとって一番予想外のものだったに違いない。

そうでなければ、俺は、そうと知らずにここにいて。

きっと、殴るなんてせずにそのまま復讐していたに違いないのだから。


「終焉を恐れた神様は、どうにかしてそれから逃げようとしました。

しかし、そんなことほかの神々は許してくれません。

では、どうしたか?

貴方は死を演出した。

神々は肉体が元々ありませんから、死したあとは神であった頃に象徴されていたものを遺して消えてしまいます。

花の神なら花が、剣の神なら剣が遺されるとされています。


そう、尸解仙を演じたのです」


前にも出た言葉だ。


「シカイセンというのは?」


「大昔にあった人間が神聖存在に至るための修行法の前段階、みたいなものですね。

神々がやることは基本ないんですけど。

あくまで下位の方法とされています。

神々がやる場合は、もっとほかの言葉で表現されていたはずです」


このフリージアさんからの説明の間にも、ノア殿下の言葉は続いている。


「さて、貴方はそうして神々の世界から逃げた。

より欲望が渦巻く、欲望が深く大きい者だけが生き残れる魔界へと天下った」


魔王は恐れおののき、動けないでいる。

自分を見透かされ、正体を見破られるのを恐れている。

攻撃を仕掛けることすらできないほどに、恐れているのがわかった。


「ノア殿下は、古い呪いをつかっているんです。

魔王を確実に弱らせるために、お前のことを知っているぞ、と最初に脅した。

これが効いているんです」


だから魔王は動けないのだ、とフリージアさんは説明してくれた。


――その昔、死を恐れた神様がおりました――


おそらく、この語りが脅しだったのだ。

知っていること。

知られていること。

自分の情報が筒抜けであること。

それらが全て詰まっている言葉。

だから、魔王は動揺した。

神が死をおそれるなんて、そんな考えは聖王国にはない。

他の国でも無い、とおもう。

あったとしてもかなり珍しいだろう。


でも、アーヴィス国には、それらの考え方を受け入れらる土台があった。


――そういうこともあるよね――


俺のことを知って、受け入れたことを示した言葉。

神が死ぬこともある。

そのことをノア殿下は、そういうこともある、と知っていた。


「さて、その神の名は……【✕✕✕✕✕】」


ノア殿下が魔王の名前を口にする。

古代語なのだろう。

しかし、俺の耳では上手く聞き取れなかった。

名前を出されると同時に、フェルナンド王子の体がガクンと倒れる。

そこから真っ黒な闇が噴出した。

ノア殿下は俺を手招きする。


「悪いんだけど、俺じゃ魔力が足りないんだ」


言いつつ、見せてきたのは宝石だった。

虹色に輝く宝石だ。

こんなの、見たことない。

というか、妙な術式が刻まれてる。

なんだ、これ?


「ここに魔力をありったけ流して欲しい」


俺は言われた通りにした。

すると、魔法陣が展開し、巨大な真っ白い門が現れた。

闇がさらに恐れおののくように、後ずさったようにみえた。

門が開く。


「まったく、俺たち人間は神界なんて行きたくても行けないんだ。

贅沢な上に我儘しすぎたんだよ、魔王陛下」


闇が、門の中へ吸い込まれていく。

抗おうとするが、無駄だった。

闇は門へと吸い込まれた。

そして門が閉じた。

かと思ったら、何も無かったかのように消えてしまう。


「はい、終わり。

帰ろうか?」


「いや、いまのなんですか?!」


「ん?

アンの置き土産というか、忘れ形見みたいなもの」


ノア殿下の手の中で、虹色の宝石は色を失い、壊れてしまう。


「大昔には、たまに不良な神々が天下って地上で好き勝手してたらしいんだ。

それを神界へ強制送還するための魔法がつくられた。

その魔法を再現したやつだよ。

言っただろ?

アンは天才で、古代魔法を再現したことがあるって。

おもしろそうだからって、作ったらしいんだ」


そんなお菓子を作るみたいにいわないでほしい。

いや、でも、アン様はホントの天才だったんだ。

アーヴィス国に帰ったら、もう一度墓に頭下げに行こう。

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