第24話 シカイセン
「本当は、最期まであの人と共に在るつもりでした」
ぽつりぽつり、とルリは語り出した。
最後まで、悪い王子に侍る悪い女を演じるつもりだったのだと言った。
「でも、出来なかったんです。
本当は、何も知らない兵士をここへ向かわせる予定でした。
あの人は、土壇場で計画を変えた」
なんでまた、いきなり計画を変えたんだろう。
「それは、貴女の懐妊が判明したからですか?」
え?!
「そんな体で長旅をしてきたんですか?!
ダメじゃないですか!!」
フリージアさんが怒鳴るように言う。
「貴女の懐妊がわかり、フェルナンド殿下は貴女と産まれてくる子を逃がそうとした。
首から下げているのは婚約指輪ですかね?
約束の証である一方、働き手であるパートナーが何かしらの理由で居なくなった時の生活費の工面のために贈る指輪。
結婚指輪もそれに該当しますが、彼は貴女と生涯を共にすることができなくなった。
だから婚約指輪を贈った。
王族から贈られるものだから、相応の価値があるでしょう。
少なくとも贅沢さえしなければ、女手一つで子供を、それなりの教育を受けさせて育てあげるだけの価値はあるはずです」
俺の中で、フェルナンド王子の印象が変わろうとする。
けれど、それを受け入れられるかというと出来なかった。
今までされてきたことはやっぱり許せないからだ。
知らなければ、俺はきっと動いていた。
これ幸いにと、きっと、ノア殿下が言ったように復讐のために動いていたはずだ。
一瞬でも、あの人に恨みをぶつける事ができる、と嬉しくなったのは事実だからだ。
けれど、
「わからない」
俺は気づくと、そう言葉を漏らしていた。
ノア殿下が俺を見て、確認する。
「なにがわからないのかな?」
「なんで、俺を指定してるんだろうって。
わざわざ俺に自分を嫌わせてまで、俺に殺させるなんて正気の沙汰じゃない」
しかも、ノア殿下の言葉を信じるなら年単位で今回のことは計画されていた。
いったいいつからそれは計画されていたのか?
「うーん。
いつから計画されていたのか、か。
少なくとも君がフェルナンド殿下のところに異動した頃じゃないかな。
もしかしたらもっとずっと前からかもしれないけど。
こればっかりは本人に聞かないと分からないと思うけど。
ルリ殿はなにか知っていますか?」
ルリは首を横に振った。
知らないようだ。
「正気の沙汰じゃない部分なら、だいたいわかるけど」
この人、わからないことないんじゃないだろうか。
「わかるんですか?」
「言っただろ?
この国は物持ちがいいって。
俺も独自にいろいろ調べてみたら、当時の魔王討伐の計画書の写しが見つかったよ」
なんで破棄されてないんだろう。
しかも他国の軍事機密だろ。
いや、でもそれでフェルナンド王子の行動の意味がわかるなら、いいか。
「とりあえず、彼女にこれ以上無理をさせるわけにはいかない」
ノア殿下によって、その場はとりあえず終わりとなった。
※※※
関所から戻り、ノア殿下の執務室。
そこで、勇者と聖女による魔王討伐に関する計画書の内容を教えてもらった。
フリージアさんは、執務室の外で待っている。
ノア殿下にそう指示されたからだ。
「当時も、いくつか案が出た。
その殆どが、勇者か聖女が犠牲になるものだった。もっとも確実に魔王を殺せる方法だった。
でも、選ばれたのは犠牲を出させない方法。
それが、封印だったらしい」
「犠牲者を出す方法を選ばなかったのは何故ですか?」
「失いたくなかったんだろうな。
勇者と聖女、どちらも犠牲にしたくなかった」
「でも、フェルナンド王子はそっちを選んだ、と。
その方法ってなんなんですか?」
だいたい流れから予想はつくが。
「その前に、物凄くくだらない事を聞くんだけど。
君、フェルナンド殿下のことは【殿下】じゃなくて【王子】ってよく呼ぶよね?
なんで??」
「へ?」
なんでこのタイミングでそんなことか聞くんだろう??
「なんか気になって。
君の彼の呼び方が、なんて言うのかなぁ、親しげというか。
そう、あだ名、友達や兄弟を愛称で呼んだりするアレに近いなって感じたから。
君、もしかして彼のことそんなに嫌ってないんじゃないの??」
「……嫌いですよ」
「ほんと?」
「……嫌いにくらいなりますよ。
ずっと虐げてきた人間のことを好きになるなんて、無いです」
「ということは、嫌いになる前、があったってことだ」
図星をつかれてしまう。
この人の前でなにか喋ると、すべて見透かされてしまうんじゃなかろうか。
「はぁ……」
俺は大きく息を吐き出して、くだらない昔話をノア殿下へ語ってみせた。
「人は、変わるものじゃないですか。
初めて会った時、あの人、俺になんて言ったと思います?
今日から、お前、俺の弟な!
ですよ。
そこからずっと、兄ちゃんって呼んでました。
けどある日唐突に、俺は王子だから、兄ちゃんじゃなく王子って言え、ですよ。
そこからずっと、そう言ってたら定着したというか。
口癖になったかんじですね」
「微笑ましいな」
「子供の頃のことですから。
しばらくして、何故か小突かれて泣かされて、取っ組み合いの喧嘩になって。
怒られたのは、フェルナンド王子だけでした。
なんていうんですかねぇ。
子供心に悪いことしたなって思って、ごめんなさいって言えれば良かったんですけど。
言えなかったんですよねぇ」
「歳の近い兄弟だとあるあるだな」
「まぁ、子供の頃のことです。
今は嫌いですよ、あの人のこと」
「わかった。
話を戻そう。
フェルナンド殿下が選んだ、魔王を倒す方法。
君はすでに気づいてると思うけど。
というか、答えは最初から提示されていたから。
要は魔王をあえてとりつかせて、宿主ごと斬り殺そうって方法だ。
勇者たちは聖剣で魔王の身体を殺したあと、出てきた魂をあえて宿主にとりつかせるつもりだった。
これも正確には、とりつかせるってのとはちがうんだ。
当時の言葉でいうところの【シカイセン】、あ、ごめん【シカイセン】ってわかる?」
「わかんないです」
「じゃあ、【輪廻転生】は?」
「そっちはわかります」
「じゃあ、そっちでいいや。
明確には違うんだけど、わかりやすい方で説明する。
つまり、むりやり別の体に魂を入れて定着させる。
これは強引に生まれ変わらせて魂が身体に馴染む前に、新しい体ごと殺そうって方法だった。
フェルナンド殿下は、この【シカイセン】、つまり無理やり転生させる方法を使ったと思われる。
聖王国も古い国だからねぇ。
あの時代の記録をどっかで見つけて実践したんだろうね。
ルリ殿の言葉を信じるなら、フェルナンド殿下の中に魔王は既にいるんだろう。
で、魂が新しい体に馴染むまでは相応の時間がかかるとされている。
今ならフェルナンド殿下ごと魔王を殺せるわけだ。
なにせ魔王だ。
大を救うために小を犠牲にする。
この場合の小は、フェルナンド殿下はもとより聖王国の国民全てといったところかな?」
だから、このタイミングでルリが現れた。
俺の前に、俺がいるアーヴィスに現れたのだ。
魔王を倒させるために。
「で、君には今選択肢が提示されている。
一つ目は望み通りフェルナンド殿下ごと魔王を殺す。
そうだなぁ、【天の火】で聖王国ごと燃やし尽くすってのが手っ取り早いかな?
なにしろあの魔法、別の国の神話だと世界を闇に沈めようとした邪神を倒すために、とある武神が使ったとされてるし。
二つ目、とりあえず瘴気と魔物の対処をしつつ様子見
これが一番無難だね。
もしかしたら勇者が現れるかもしれないし。
危機的状況になると、人間って物凄い力を出すし。
覚醒したどこかの誰かが魔王を、つまりはフェルナンド殿下を殺してくれるかもしれないしね。
さぁ、どっちを君は選ぶ??
提示しようと思えばあといくつか選択肢を出せるよ」
「そんなこと言われても」
「選べない?
聖王国の人間は、一部を除いて君を冷遇、迫害してきたんだろう?
ルリ殿の言動と君をみてればそれくらいわかるよ。
なら、君にはとりあえずその国と国の人間をぶん殴る権利くらいはあると思うけど」
「まぁ、そう、ですけど」
ぶん殴る方法に【天の火】を出してくるあたり、この人も結構過激なんだよなぁ。
「それとも、誰も殺したくない、とか?
俺もこの国の人間も、ラテマの国民も君には命を救われてきた。
君は命を救うことしかしていない。
自分の手を汚すのは嫌かい?」
「嫌って言うか……。
まぁ、嫌ですけど。
すすんで人殺しをしたいわけないでしょ。
それに、聖王国の人間には、俺はもう関わりたくないんですよ」
セレス様や国王様はまたべつだ。
「関わりたくないんですけど。
なんていうのか、ここまで話を聞いて思ったのが、フェルナンド王子をぶん殴りたいな、と。
勝手に妙な計画の中心に俺を添えてんじゃねえ、って横っ面をぶっ叩きたい気分ですね。
殺したくはないです。
関わるならこれっきりですかね」
「…………」
「いや、わかってますよ。
魔王を封印できないから、かつて勇者たちがボツにした案を使ったってのは。
でも、できるなら殺したくないなって。
なにか、方法はないんですか?
せめて魔王をフェルナンド王子の体から出す方法とか、魔王だけなんとか封印し直す方法とか」
「あるよ」
「ないですよね、すみません……って、いまなんて言いました?」
「あるよ、方法」
もう一度、ノア殿下はそう言った。
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