第22話 描かれていた道筋1

聖王国の筆頭聖女ルリが国外追放された。

それは、ほかの国々に衝撃与えた。

聖女不足の国は目の色を変えて、彼女の行方を追った。

王族の暗殺未遂。

たしかに重罪だ。


しかし、仮にも国を守るための聖女が理由なくそのような凶行に及ぶだろうか?


そんな疑問があった。

とにかく彼女を一刻もはやく保護しなければならない。

そうして、ルリに恩を売り、国に招くのだ。

そんな考えを持つ者は少なくなかった。


しかし、どんなに必死に各国が彼女の行方を探しても、見つかることはなかった。


そんな中、彼女が姿を現した国がある。

アーヴィス国であった。

彼女は体のサイズに合っていない、ダボダボの貧相な服装で関所に現れたのだという。

そして、この国の聖女代理のシルへの面会を求めたということだった。


まず彼女のことはノアへと報告がいった。

ノアは慌てた様子も驚いた様子もなく、冷静に指示をとばし、彼女を保護させた。

そしてシルを招集し、彼女を保護している関所へと向かったのだった。


ノアの指示通り、彼女は丁重に保護されていた。

念の為、さきに派遣していた王宮勤めの医者からの報告を受ける。

あまり大きな声で話す内容ではないらしく、様子を見ているシルとフリージアには、ルリがどんな容態なのかはわからない。


「でも、なんでアーヴィスに来たんでしょう?

暗殺未遂をしたとはいえ、筆頭聖女様は引く手数多かとおもうんですが」


「それもわからないですけど。

俺に会いたいってのもわからない。

俺、聖王国にいた頃、あの人とまともに話したことすら無いんだけど。

せいぜい、仕事の報告をするくらいだったかな。

でも、向こうは無視してるようなものだったし」


「なんですか、それ?!」


無視、という部分にフリージアが反応する。


「まぁ、色々あったってことですよ」


シルとフリージアが会話を交わしているのを、ノアが横目で見た。

そしてノアは、さてどうしたものかな、と内心で呟いたのだった。


とにかくまずは本人に会ってからだ、とノアはシルとフリージアを伴って、ルリと対面したのだった。


※※※


あの人、フェルナンド王子の庇護下にあったルリ。

彼女と顔を合わせたら、さすがに怒りとか恨み言とか、憎しみとか。

そういうのが湧き上がるのか、とも思ったけど、別になにもなかった。

完全なる無だ。


俺がノア殿下に連れられて、彼女がいる部屋へ入ると、彼女は俺をちらりと見た。

しかし、すぐにノア殿下を見て平伏しようとするが、殿下がそれを止めた。


「その体での長旅のあとです。

無理はしないほうがいい」


と、ノア殿下は彼女の体を気遣った。

ルリはビクリと体をふるわせて、怖々とノア殿下を見た。


「知っていた、のですか?

だから医者を手配してくださったのですか??」


「まぁ、そんなところです。

なんとなく予想していた、が正しいですが」


なんの話しだろう。


「しかし、本題はその話ではありません。

お聞きします。

なぜ、我が国の聖女代理との面会を望んだのですか?」


たしかに、それが一番気になるところだ。


「それは……」


少し躊躇って、一瞬俯いたかと思うと彼女は俺を真っ直ぐに見てここに来た目的を口にした。


「フェルナンド殿下を彼に、シル殿に殺して欲しくて、そのお願いに来たのです」


は??


「は??」


やべ、思ったことがそのまま口から出てしまった。

俺もだが、フリージアさんも、その場に控えていた兵士たちも動揺する。

しかし、ノア殿下だけは動じていなかった。

まるで、やっぱりかー、みたいな顔をしている。


「貴方がフェルナンド殿下を暗殺しようとして失敗した、というのは、本当のようですね。

そして国外追放となった」


「はい。

お聞きになっている通りです」


「では、聞きたいのですが。

なぜ、貴女は主人であり恋人である殿下を手にかけようとしたのですか?

貴女と殿下は、それは仲睦まじく婚約までもうすぐだと聞いていたのですが」


え、そうなの??


「そうだったんですか!?」


俺以上にフリージアさんが驚いている。


「それは……」


彼女は少し言い淀んだ。


「それを説明する前に、ノア殿下、そしてシル殿。

お二人は魔王の存在についてご存知ですか?」


なんてタイムリーな話題だ。

でも、なんでその話が、魔王の話がここで出てくるのだろう。


「えぇ、今、この大陸で起こっている異常事態について、彼に調査を進めてもらっていたのですが」


今度はノア殿下が俺を見て、また彼女へ視線を戻した。


「つい先日、この異常事態に魔王が関わっているかもしれない、とわかったところです」


兵士たちから少し動揺した気配が伝わってきた。

でも、俺に殺しの依頼をされた時よりかはインパクトがなかったのか静かであった。


「そうなのですね。

さすが、フェルナンド殿下が……いえ、失礼。

それなら話が早いです」


さらに彼女は言葉を続けようとしたが、それより先にノア殿下が言葉を投げるのが早かった。


「伝説によると、魔王は勇者と聖女によって倒され、魂を封印された。

その魂がどこに封印されているかというと、聖王国、いまは忘れ去られた地下祭壇、ということを言おうとしてます??」


「……へ?」


彼女が素でびっくりして、目を丸くしている。

それは俺もだ。

いや、ノア殿下以外の者が驚いて言葉を失っている。


「なん、なんで、しって……??」


これでもかと彼女は動揺している。


「いやぁ、うちの国、歴史だけは古くて。

しかも筆まめな人間が多いうえに、物持ちもいいんですよ」


「そうなんだ」


俺の何気ない呟きに、フリージアさんが答えてくれた。


「そうなんですよ。

何代か前の王様の不倫の時のラブレターだとか。

先先々代の王妃様が友人に送ったどうでもいい内容の手紙だとか。

あとあと、建国時の初代の王様の若かりし日のポエムだとか。

とにかくなんでも残ってるんです。

自国のでそれですし、外国の出来事なんかを書き留めた誰のものかわからない日記も大量に保存されてたりします。

当時を知る大事な資料なので。

それこそ、勇者や聖女、魔王のことを記した日記なんかも見つかってますの」


個人的にはどうでもいい手紙の内容が気になる。

どんなどうでもいい内容なんだろ。

口に出ていたらしく、フリージアさんが教えてくれた。


「あぁ、公爵夫人が飼っていた犬が出産したとかそういう内容ですね。

庭に、魔物並のサイズのどデカいカエルが出た。

若い兵士が、どこそこの娘に惚れて告白するのを同僚たちが出歯亀しようと画策してる、とか」


ガチでクソどうでも良すぎる内容だった。

と、そこでノア殿下がこほん、と咳払いした。


「まぁ、お聞きになったように、我が国はそういう国なのです」


さすがに彼女も反応に困っているようだった。

ノア殿下が仕切り直す。


「話を戻します。

貴女が仰りたいのは、その地下祭壇に封印されていた魔王の魂が復活しつつある、ということ。

しかし、魂だけでは不完全だ。

そのため、依代となる身体が必要なんですよね?

その身体に選ばれたのが、フェルナンド殿下だった、違いますか?」


そうなの?!


「そうなんですか??!!」


俺もだが、フリージアさんの方がよほど驚いている。

いや、それよりもフェルナンド王子あの人なにやってんだ、いやマジでなんつー状況に巻き込まれてるんだよ本当。


俺たちの反応はとりあえず無視して、彼女は頷いた。


「そうです。

殿下は、魔王に魅入られ取り憑かれました。

私はそれに気づき、このままでは国が危ないと判断しました」


「それで、魔王の魂ごと亡きものにしようとして失敗した、と?」


「……はい」


彼女はまた俯いてしまう。

俯いたまま、言葉を続ける。


「私たちがシル殿にしてきた仕打ちは、決して許されるものではありません。

厚顔無恥で図々しいお願いであることは、承知しています。

ですが、もう、あの国には魔王を倒せる者はおりません。

国王陛下はいまだ病床に伏しておられます。

最近、新しい配合のポーションを飲んでおられたようですが、やはり回復は見込めず。

そして、王女殿下はこのことに気づいておりません。

このままでは、王女殿下の身も危ないのです。

ですから、シル殿、私はどうなっても構いません。

今までの報いは受ける所存です。

このことが、終わったら煮るなり焼くなり好きにしてくださって構いません。

ですから、どうか、聖王国を救ってください。

あの方を、魔王に取り憑かれた哀れなフェルナンド殿下を殺してください」


今にも土下座する勢いで懇願されてしまう。


「あの」


俺が口を開きかけた時、ノア殿下が手でそれを制してきた。

なんだ?

話すな、ってことか?

俺は、ノア殿下を見た。

殿下はいつぞやの冒険者パーティの魔法使いさんのような、イタズラを思いついたような笑みを浮かべている。


「なるほど、それがフェルナンド殿下の描いたシナリオというわけですか」


は?????

ノア殿下の言葉に、彼女はバッと顔を上げる。

彼女、聖王国の元筆頭聖女はノア殿下を凝視した。

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