第20話 アーヴィス国の先代聖女
ふと気になって、フリージアさんに訊ねてみた。
「そういえば、先代聖女様ってどんな方だったんですか?」
「へ?」
「いえ、墓参りというか代理として挨拶をしてなかったな、と思いまして。
行きたいな、というのと。
あと、前任者の方のことも何も知らなかったな、と」
それだけじゃない。
先日のダンジョンの件でも、俺がこの国に来た翌日の時にもちょっと姿をくらましたら大騒ぎになった。
国防の役目もあるから当然と言えば当然だ。
ましてやアーヴィスはすぐに聖女が見つからないことで苦労している。
だから、これでもかと聖女の警護に過剰になるのはわかる。
でも、現状アーヴィス国、とりわけ首都は治安がいい。
財布を落としても、中身を抜かれることなく衛兵の詰所に届けられる。
時折、ひったくりがあるかどうかというくらいだ。
冒険者の中には荒くれ者もいるにはいるが、それはごく一部だし、喧嘩等になってもそれは内々のことで、すぐに騒ぎを聞きつけた衛兵がとんできて、仲裁をするとのことだ。
だから、俺の姿が消えてもそんなに大騒ぎしなくていいな、と思ってしまう。
自分で言うのもなんだが、魔物相手に遅れを取ることはないし。
人相手でも、こちらに危害を加えようとする者には勝てる自信がある。
「……そう、ですか。
まだお話していませんでしたね。
前任者、先代聖女様はアン様というお名前でした。」
ぽつりぽつり、とフリージアさんは語り出した。
先代聖女アンさんは、国民からとても慕われていたのだという。
何事にもひたむきで一生懸命。
笑顔をつねに絶やさず、お役目をこなしていたとのことだ。
「急逝した、とはきいてますけど。
ご病気だったんですか?」
運命、といってしまえばそれまでだが、やはり時折あるのだ。
聖女自身の治癒魔法や回復魔法、調合したポーションでも癒せない事例が。
同じ病気でも、癒せず治せないことがある。
それは、神が与えた命の時間が尽きることを意味する。
聖女が亡くなる場合は、不慮の事故を除いてはこの場合が多いのだ。
フリージアさんはふるふると首を横に振った。
「本当にお優しい方でした」
そう前置きをして、フリージアさんは続けた。
「子猫を助けようとしたんです」
その日、アン様にとっての運命の日。
なんでも木に登って降りられなくなっている子猫を見つけたのだという。
野良猫だったということだ。
当時は国内、それもアンさまが住んでいた屋敷の庭ということもあって、護衛もお世話役のメイドも付いていなかったのだという。
アン様も二十歳の立派な大人だ。
だから、四六時中誰かがそばにいることはなかった。
そして、悲劇は起こった。
庭で枝が折れる盛大な音を聞きつけた庭師が、木のそばで子猫を抱いて目を回しているアン様を見つけた。
その時、アン様は直ぐに回復したらしい。
少し休んで自室にもどって安静に過ごそうとした。
この時、木から落ちた時、アンさまはすぐに治癒魔法をかければ良かったのだ。
けれど、まさか自分が、とか大丈夫だろう、という認知バイアスが働いたらしくかけなかった。
周囲も、アン様は自分で自分に治癒魔法を掛けるから平気だろうと考えた。
まさかアン様が頭を打っていて、それが彼女の命を奪うことになるなど、誰も予想していなかったのである。
最初に、眠るアン様に声をかけたのは世話係の一人である新米メイドだったという。
当時、彼女の世話を任じられていたのは、フリージアさんだったとのことだ。
本当にただ眠っているようにみえたとか。
せめて、回復と治癒魔法が使える神官にもっとはやく見せていたら、と悔やまれてならなかったのだという。
そして、蘇生魔法が使えるのは聖女だけ。
この国には聖女が一人だけしかおらず、蘇生できるものは他にいなかった。
「なるほど、だからスタンピードの時、あんなにすぐ対処したんですね」
無理やり、それこそ本当に力づくで座らせられたし、担架がくるのも早かった。
「えぇ。
やっとお越しいただいたシル様になにかあってはいけません。
冒険者ギルドの時は、本当に、ほんっっっっとーに、肝を冷やしました」
申し訳ないことをした。
「すみません。
今後は気をつけます」
まさか、そんな事情があったとは思わなかった。
しかし、不慮の事故とはいえそのような理由で聖女が居なくなったのだ。
俺が消えたら過剰な反応にもなるか。
でも、わからない。
「ならなぜ、俺に彼女の蘇生を依頼しなかったんですか?」
墓に入っていても、一度ご遺体を取り出せたら蘇生できるのに。
そうした方が話が早かっただろう。
「この国では火葬が主流なのです。
灰にして、一部は墓へ。
さらに残りは川に流すんです」
あ、たしかにそこまでされるといくら俺でも、蘇生は無理だ。
「なるほど」
「シル様のお心遣いには感謝しかありません。
アン様が戻ってきてくれるなら、それに越したことはないのでしょう。
でも、アン様はすでに冥府へと旅立ちました。
もう、お戻りになられることはありません。
きっと、あの事故での皆の動きもきっと神の采配に違いないのです」
そうとでも考えなければやってられないだろう。
「すみません、嫌なことを話させてしまって」
「いえ、アン様のことを話すのはどこかタブーになっていたので、私は話せてよかったです」
「フリージアさん、改めておねがいがあります。
今度、アン様のお墓参りに行きたいので、案内をお願いします」
フリージアさんは、快く頷いてくれた。
それから数日後のことだ。
日程を調整し、俺はフリージアさんに案内され彼女の墓参りに来た。
墓は、花屋もかくやというほど大量の花束で覆われていた。
彼女のことを忘れられず訪れる人があとを絶たないらしい。
花を手向け、祈りをささげ、ついでに代理としての挨拶をする。
と、そこへノア殿下が現れた。
お互い目をぱちくりする。
コソッとフリージアさんが教えてくれたのだが、アン様はノア殿下の婚約者だったとか。
それもけっこう仲睦まじかったとか。
マジかー。
そうかー。
なんか代理できたのが、こんなのですみません、という気持ちになる。
それからノア殿下とは他愛もない雑談を少しした。
ほとんどが亡くなった婚約者との惚気だった。
この人、こんなに饒舌だったのか。
「アンは本当に天才で、古代魔法を再現した事もあるんだ」
と、自慢気に語っていた。
それらを終えて、ふと思った。
(ばあちゃんの墓参りもできなかったな)
そんな暇はなく、俺は国外追放となった。
ばあちゃんは、聖王国の首都の片隅にある墓地で眠っている。
もうそこには行けないのだ、と改めて思い知らされる。
でも、どうしようもないのだ。
こればっかりはどうしようもない。
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