第19話 人違いされてダンジョン攻略という、新人研修に参加した話2

ダンジョンの中に入ってみて、まずわかったのは、中は魔力に満ちているということだ。

意外と瘴気は少なかった。

当たり前といえば当たり前だ。

瘴気の満ちてる密閉空間のような場所に長居はできない。

こういうのを研究した論文とかないんだろうか。

ありそうな気はするけど、聖王国にいた頃は図書館なんて行く時間なかったんだよなぁ。


セレス様のところにいた頃は休みも貰えたから、定期的に図書館に行っては閲覧制限のかかっている本とかも読めたけど。

フェルナンド王子のとこに異動になってからは、本当に忙しくてそんなのを読む暇は無かった。

時折、フェルナンド王子がそういった研究論文を会議で使うから資料としてまとめておけと指示した時くらいだろうか、読みに行けたのは。

あの時間はなにげに楽しかったな。

てっきり嫌がらせで閲覧制限がかかるかと思ったが、聖女という職業持ちだからか、それは無かったのだ。

逆にあの時間があったから、異常事態への変化に気づけた部分もある。

今は時間もあるし、折を見てこの国の図書館に行ってみるのもいいかもしれない。

過去に、同じことがあったというのは聖王国でも記録されていた。

それは、とても古い記録だった。


それによると、今から数百年前。


大陸中で魔物がいきなり溢れ出したのだという。

原因は、当時、魔界から魔王がこの世界に侵攻してきたためだった。

魔王はこの世界を手に入れようとした。

そしてそれを、勇者と聖女が仲間たちとともに倒して世界を平和にしたのだという。

よく聞く子供向けのおとぎ話かとおもいきや、実はこれ本当にあった話らしい。


勇者と聖女はこの世界のどこかに魔王の魂を封じ込めたらしい。

それがどこなのかはわかっていない。


本当のことなのだから最重要機密になるだろう。

だから意図的に場所は記録されなかったのかもしれない。


なんてことをつらつら考えていた時だ。


「ほら、ボーッとしない!

死んじゃうからね!」


注意が飛んでくる。

見れば、低級の魔物の代表格であるスライムがこちらへ体当たりしてくるところだった。


「はい、サポート役は下がった下がった」


と、戦士さんが俺の首根っこ引っ掴み、後退させる。

同時にスライムを瞬殺した。


「んー、これが初めての現場だから仕方ないけど。

後衛はちゃんと後ろにいなきゃ」


魔法使いさんにも注意されてしまう。


「はい、すみません。

気をつけます」


チームプレーなんてしたことないから、慣れない。

でも、なんだろう。

楽しい。

全部ひとりでやらなくていいって、なんて、なんっっっって、楽なんだ!!


俺は注意を受けつつ、リーダーさんの指示通りに回復魔法を使う。

軽い傷でも油断は出来ないからだ。

そうして回層を進んでいく。


「今日はとりあえず十階層まで行って、フロアボス、もしくはエリアボスって呼ばれる強い魔物を倒すよー」


「え?!」


「不安になるのはわかるよ。

でもね、見てて思ったんだけど、新人神官君。

君、戦闘経験者、だよね?」


「ふぇ?!

なんで、そう思ったんですか?」


「動きがねー、ソロ冒険者に似てるんだよ。

でも、チームプレーは初めてって感じで動きにくそうだから。

もしかして、君さ」


え、バレた?

ここで、バレた??


「故郷にいた時とか、畑に出る魔物とか退治してたでしょ?」


ここで何故か、ブハッと魔法使いさんが盛大に吹き出した。

戦士さんが怪訝そうな顔を、魔法使いさんに向けている。

もしかしなくても魔法使いさんは笑い上戸なのかもしれない。


「へ?

あ、はい」


思わず『はい』って言っちゃった。

一人で魔物の群れを退治してた、とはさすがに言えない。

しかし、そうか。

そういう方向に考えるのか。

良かった、バレてないバレてない。


そんなこんなであっという間に十階層にたどり着いた。

この調子なら、ボスもすぐに倒せそうだ。


……そう、思っていたのに。


「シル君、にげて!!

こいつは、いつものフロアボスじゃな……」


リーダーの頭がとんだ。

言葉が途中で途切れる。


ボスは人狼で、強かった。

けれど、新人がいてもこのパーティなら倒せるよ、と聞いていた。

それでもボスはボスだから、腕がとんだり、腹に穴があいたりするかも、といわれていた。

そうなったらすかさず、回復と治癒魔法をかけること、と厳命されていたのだ。

でも、百戦練磨であるはずの先輩達は瞬殺されてしまった。

残ったのは俺ひとりである。


人狼は、転がった先輩の体を踏みつけ、こちらに歩いてくる。

その顔には表情があった。

残酷な遊びを心底楽しんでいる。


そして、その人狼の体には闇のように濃い瘴気がまとわりついていた。


スタンピードの時に見たものと同じ濃さだ。

なるほど、ダンジョンも外と同じ状態のようだ。

人狼が吠える。

そして飛びかかってきた。


「はぁ、たぶん俺が1番ビビリにでも見えてんだろうなぁ」


俺は身体強化をつかう。

そして、まずは軽めに殴ってみた。

人狼が吹っ飛ぶ。

壁に激突する。


「ん~、硬さも増してるのか??

これはボスだからか?

それとも、瘴気の影響かわかんないなぁ。

あ、でも、新人研修に来るようなところだから、やっぱりめちゃくちゃ強くなってるのか」


俺は今度は無詠唱で【聖なる矢ホーリーアロー】を放ってみる。

一瞬で人狼は串刺しになった。

しかし、まだ動けるらしい。

なるほどなるほど。

俺はちらり、と死体となった先輩冒険者さん達をみる。

なるべく早く蘇生魔法を使いたいが、目覚めた時にこの光景を見られたらいいわけできない。


「すみません。

すぐに終わらせますので、もうちょっと待っててください」


俺は調査を優先させた。

鬼畜なところは、もしかしたらフェルナンド王子に似てきたのかもしれない。

同じ場所にいると似てくるって言うし。

似たくないから、次はフリージアさんか俺を知ってる他の人と来よう。


そうして人狼から取れるだけ情報を絞りとってから、トドメをさした。


粒子となり消えたあと、宝箱が残されていた。


それを開けるのはあとだ。

俺は、先輩冒険者さん達を蘇生させる。

目覚めるのを待つ。

やがて全員が目覚めた。


「俺たち、死んだはずじゃ」


「だよ、ね?」


「……シル君、なにがあったの??」


三人の目が一斉に俺へ向けられた。


「本物が来て蘇生してくれました」


俺は用意しておいた嘘を口にする。


「本物?」


「本物って……」


「え、シル様ここに来たの?!

なんで?!」


当然の疑問だよなぁ。


「ほら、最近大陸のあちこちでスタンピードの時みたいなヤバい瘴気や、物凄く強い魔物の出現が増えてるらしいじゃないですか」


これについては、国からすでに国民へ説明があった。

だから誰でも知っている。


「あ、うん、そうだね」


「たしか他の国にもそのことを知らせた、とか新聞でみたな」


「まさか、その調査??」


魔法使いさんの問に俺は頷いてみせる。

ほぼ嘘はついていない。

架空の本物をでっち上げたという以外、嘘はついていない。


「そうみたいです。

そこで俺が襲われそうになったところを助けてくれました」


パーティリーダーさんは、説明を信じて納得してくれた。


「動けるほど回復なされたんだ。よかったー。

でも、どうせならシル様とシル君、並べて見てみたかったなぁ!!」


本物と似てる人を並べて見てみたい、というのはわかる気がする。


「それでシル様は?」


戦士さんが聞いてくる。


「調査は終わってたらしくて、皆さんを蘇生したら帰っちゃいました。

あ、これ預かっていたポーションです。

蘇生して目覚めた時に気分が悪くなる人が一定数いるらしいので。

もし、皆さんの中で体調不良の人がいたらどうぞ」


と、本当は持参したポーションを配った。

しかし、魔法使いさんだけが何も言わず、俺をみていた。

ポーションを受け取る時に、耳元で俺にだけ聞こえる声でこう言った。


「そういうことにしといてあげる、英雄さん」


「へ?」


魔法使いさんは、イタズラを思いついた子供のような笑顔をみせる。

他のふたりをチラリと見て、また小さな声で続けた。


「実はね、本当の新人神官の子、【神官君】じゃなくて【神官ちゃん】だったの」


えっ。


「ギルマスからちょっともんでやってくれって頼まれて、色々あって私しか顔合わせしてなかったんだよね。

ちゃんと女の子だって説明したのに、どういうわけかあの二人は男の子だと思い込んでてね。

こういうの楽しいから黙ってたの、気づかなかったでしょ?」


全然、気づけなかった。


「君は、嘘つきに簡単に騙されるタイプだなぁ。

でも、君も強く否定しなかったでしょ。

ダメだよ、違うならちゃんと違うって言わなきゃ」


「あ、はい、以後気をつけます」


いや、でも、


『この人はちがう』


と強く言わなかった魔法使いさんも同罪なのでは??

こうして、俺の冒険者としての初冒険は幕を閉じた。

俺のことは魔法使いさんが、いいように誤魔化してくれた。


というか、こういうことを度々していたから、リーダーさんと戦士さんは、女の子じゃなくて男の子だと勘違いしていたらしいことがわかった。

結局、魔法使いさんのせいじゃん。

普段の行いってほんと大事だなとおもった。

その後、あやうく俺の捜索隊が結成される騒ぎになっていることを知った。

結局、捜索隊が結成される前に俺が戻ってきたので事なきを得たのだった。


先輩冒険者さん達については、話さない訳にはいかなかった。

なんか、ノア殿下もそうだがフリージアさん、ゴードンさんの剣幕と圧が凄かったからだ。

ダンジョンでの研修のことも説明し、


「強く否定しなかった俺も悪かったので、あの、リーダーさん達のことはお咎め無しにしてもらえませんか?」


とお願いしてみた。

願いは聞き届けられ、俺はホッとしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る