第16話 自分と家族に厳しく、他者には優しい不器用な人達
ノア殿下の計らいで、聖王国には俺の手紙も一緒に送ってもらえることになった。
「しかし、現状は注意を促すことしかできないのか」
スタンピード被害にあった人々と村村を元に戻しつつ、合間に瘴気と魔物のことについて報告書を作成し、認めていた手紙も一緒に持参した。
その時のことだ。
ノア殿下は、ポツリと漏らした。
「そう、ですね。
現状、聖石を使って張る結界の強化くらいしかないですね」
「そういえば、どうやるんだ?
聖石に組み込まれてる術式を弄るのか?」
「通常はそうですね」
「通常は?」
「……あー、ちょっとした裏技がありまして」
「どんな裏技なんだ?」
「あー、えっと、べつに禁止されてるとかでは無いんですけど。
広まると、なんていうかちょっと困るというか」
「?」
「大昔でいうところの、【生贄の儀式】です。
それをアレンジした方法になります」
「生贄の儀式とは、また物騒な。
それで、どんな方法なんだ?」
「【聖女】の血を使うんですよ」
と言っても、ほんの少し縫い針で指先を刺して血を出す。
その血を聖石に触れさせるというか、こう、ちょんッと付けるだけだ。
極々少量の血だけでいいことを説明し、俺は補足を加える。
「これ、不安に駆られた人達が拡大解釈して、要は処女の血でもいい、とか。
血の量がたりないんじゃないか、聖女を斬首して、大量の血を必要とする、とか。
そっちの方向に考えちゃう人が出てきちゃう可能性があるんです」
「あー、なるほど」
「不安による民衆の暴走、怖いじゃないですか。
だから、なるべく秘密にしておきたいんです」
「と、いうことは古巣で君はそれをよくやっていたわけか?」
「そうですねぇ。
冒険者ギルドから、魔物の大量発生時諸々の報告書を読むことは出来たので。
その数字で、あ、ちょい瘴気が多くなってる、濃くなってるって予想はたてられました。
なので、まぁ、こっそりと」
上の判断を待っていても時間の無駄だった。
そもそも、取り合わないことの方が多かった。
なので、現場判断で血を聖石につけていた。
バレなければいいのだ。
1度、フェルナンド王子にはそれを見られそうになったことがあった。
あの時は焦ったけど、あの人が結構抜けてる人でよかった。
気づかなかったからだ。
「そ、そうか、こっそりとしてたのか」
苦笑されてしまった。
「それ、俺にバラして大丈夫?」
「んー、ノア殿下はそこまで無茶な要求して来なかったし。
むしろ、殿下もですけど、フリージアさんもゴードンさんも俺の仕事をストップするよう止めてきてたんで。
大丈夫かなって」
フェルナンド王子がこのことを知ったら、腕や足を切り落としてでも結界を強化しろといいそうだったから言わなかっただけだ。
あの人は、俺のことを嫌っている。
死ね、と本気で考えているのだろう。
なんでそこまで憎まれているのかは謎だ。
でも、わざわざ聞くことでもないので謎のままでいい。
それにもう、俺の人生に関わってこないだろうし。
「そ、そうか、そう思ってもらえてるなら良かった」
「いや、個人的にはこんなに大事にされていただいて感謝してるんですよ。
聖王国にいた時より身体かるいし、寝付きいいし。
仕事のパフォーマンスが爆上がりしてるんで」
「……まぁ、うん、働きすぎないようにね。
でも、なんで君はそんなに働こうとするの?」
「そうですねぇ。
やっぱり、セレス様の影響でしょうかね。
あの人みたいに働けばいいんだな、って思ったのが最初だったので。
真似してるんです」
「王族の激務を真似するのはどうかと思うよ」
「いや、それ貴方が言っちゃだめでしょ」
そんなことがあった日の夜。
「お久しぶりです。
シル様」
寝室に、侵入者があった。
セレス様からの密偵であり、使者だった。
「こちら、セレス様からの密書です」
え、えー??
どうしよう。
行き違いになってる。
「あ、あの、久しぶりって、どこかでお会いしたことが??」
密偵の顔は、顔まで黒い布ですっぽりと覆われていてわからない。
そもそも、聖王国ではほぼ無視されていたから、密偵といえど『久しぶり』と言われるような関係の人はいないのだが。
「……貴方様は覚えていないのでしょうが。
かつて貴方様に命を救われた者です」
たくさん救命してきたからガチでわからない。
「そ、そうなんだ……」
「はい」
と、まるで貴族か王族にするかのように恭しく頭を下げてくる。
「えっと、頭を上げてもらっていいですか?」
落ち着かない。
密偵は言われたとおりにしてくれた。
と、とりあえず、手紙を読もう。
密偵に凝視されながら手紙に目を通す。
あー、どうしよう、今日の昼間にノア殿下に預けた手紙に書いたのがそのまま返答になってしまった。
でも、手ぶらで密偵を返すのもなぁ。
いいか、万が一ってこともある。
同じ内容の手紙を書いて、ついでに今日出した手紙のことも書いておこう。
リスクヘッジだ。
「すぐに返事を書くので、待っててもらっていいですか?」
「もちろんです」
話がすんなりで拍子抜けした。
セレス様からの手紙は、聖王国でもかなり事態が悪化していて、俺に戻ってきて欲しいことが書かれていた。
それが無理なら、助言がほしいとも一応書かれていたが、正直強制的に連れていかれるのかなと思ったからだ。
「セレス様からの伝言も、今、お伝えします」
俺が手紙を書き終えるのを待って、密偵はコホンと咳払いして、セレス様からの伝言を口にした。
「愚弟がすまないことをした。
お前のこと、新聞で見たよ。
お手柄じゃないか。
これからは、自由に生きてくれ。
今までありがとう。
これからのお前の活躍を楽しみにしているよ」
セレス様らしい。
俺も密偵へ返事を託す。
「こちらこそ、今まで大変おせわになりました。
ありがとうございました。
どうぞ、お身体に気をつけてお過ごしください」
手紙には、国王様の体調不良にも効くだろうポーションの材料とその配合も記載しておいた。
俺がセレス様に、最後に伝えたかったことだ。
ありきたりな言葉で申し訳ない。
けれど、セレス様にはいつまでも元気でいてほしいと、切に願う。
あの人は強くて賢くて優しくて、そして、とても弟想いで不器用な人だと知っているから。
フェルナンド王子が俺のことを嫌う理由も、たぶんそれなのだろう。
あの人が俺に八つ当たりするのは、決まってセレス様からお褒めの言葉を貰った時だった。
きっと俺がいなくなった今なら、姉弟仲も少しは昔のようになるかもしれない。
途端に昔の記憶が蘇ってきた。
密偵に手紙を渡す。
「では」
一礼して、密偵は去った。
残された部屋で今更ながらに気づいてしまう。
「あー、俺、フェルナンド王子が羨ましかったのか」
ばあちゃんに拾ってもらうまで、最初からなにもなかった俺とはちがって、無条件に愛してくれる父親と姉がいる彼がとても羨ましかったのだ。
いつか、そんな彼にも認めてもらいたいな、と無邪気に思っていた頃もあったことも芋ずる式に思い出した。
彼は俺に対しては意地悪だったけど、でも、他の人には厳しくも優しい人だった。
扱いの差で憎くんだこともあった。
でも、俺以外に対しては公平公正な立場と考えを持っていたと、こうして離れたからこそ客観的に理解できた。
でも、もう本当に俺の人生には関わり合いのない人だ。
というか、関わってこないでほしい。
関わりたくもない。
されたことは許せないし、許す気がない。
それでも、セレス様の大事な家族であることには変わりない。
だから、セレス様が悲しまない程度に適当に元気でいてくれればいい。
……あの人が風邪を引いたところ、そういえば見たこと無かったな。
セレス様ですら、引いたことあるのに。
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