第15話 聖王国の嘘つき男と共犯者の女

可哀想な人だ。

フェルナンド殿下は可哀想な人だ。

でも、誰よりも私の悔しさと憎しみを理解してくれる人だ。

そして、私も彼のそういった感情を理解できた。

ようは、似たもの同士なのだ。

だからこそ、彼の共犯者となる道を選んだ。

そうしなければ、彼は本当にひとりぼっちになってしまいそうで、やっぱり可哀想だったから。


「……」


私は、まるで幼い子供のように眠るフェルナンド殿下の頭を撫でる。


「……ねえさま」


幼い、舌足らずな言葉が彼の口から漏れる。

それに応えるように、私は彼の頭を撫でる。

本当に小さな子供のように、えへへ、と笑う。

彼の姉は、この国の次期国王がほぼ決定しているセレス王女殿下である。

王女殿下はとても厳しく、けれど優しい人だ。

フェルナンド殿下は彼女のことをとても敬愛している。


だからこそ、この道を選んでしまったのだろう。


国王も王女も、フェルナンド殿下のことを気にかけることはなく、世にも珍しい男の聖女にばかり関心をむけていた。

この国の盾であり、壁の一人であった少年だ。


フェルナンド殿下は、ただ、父親と姉に自分を見てほしかっただけなのだ。

学業で優秀な成績をおさめた、難しい外交を取りまとめた。

それを、少しでいいから認めてもらいたかっただけなのだ。


『よく、がんばった』


たった一言。

その一言をもらえれば、それで良かったのだ。

でも、それは叶わなかった。


簡単なようで、単純なようで、それは彼にとって黄金よりも、オリハルコンよりも……。

そう、どんな貴重な宝石よりも、とても手に入りにくいものだった。


欲すれば、なんでも手に入る立場だというのに。

その家族からのたった一言だけが、手に入らなかったのだ。


いつだって国王と王女は、珍妙な存在の少年のことばかりに心を砕いていた。


最初は、ほんの少し小突いただけだったらしい。


初めてフェルナンドが、件の少年シルと出会い。

しばらくした頃、父親に褒められ、姉と仲良くするシルが憎くて仕方なくなったのだという。

まるで家族を盗られたような感覚に陥ったのだという。

だから、ほんのちょっと小突いた。

そしたら転んで泣き出したのだという。

男のくせにそんなことで泣くなんて、とフェルナンド殿下はもっとイライラしてしまった。


フェルナンド殿下は強い男になるよう躾られていた。

いつか、国王となる姉を補佐し、誰よりも近くで守るために、そしてこの国のために強く泣かないように教育され躾られていた。


だというのに、そんなことをした彼は姉と国王に叱られた。

一方、シルは二人からとても大事そうに扱われたのだという。


それを見て、幼い彼の中で何かが壊れてしまった。


――なんで、ぼくを見ないの?――


――なんで、あいつばっかり可愛がるの??――


――ぼくのちちうえ、あねうえなのに――


彼は笑いながら、幼心に思ったことを私に話してくれた。

それがキッカケだったらしい。

最初は、自分を見て貰えるよう、褒めて貰えるよう、がんばった。

普通にがんばった。

努力した。

でもやっぱり、家族は彼に見向きもしなかったのだという。

そしてだんだんフェルナンド殿下がシルに対して、周りを巻き込んでまで追い詰めるようになり、エスカレートしていったとのことだ。

そんな彼に、私が言った言葉は、


『よく、我慢して頑張りましたね。

偉いですよ』


だった。

その言葉に彼は泣きじゃくった。

子どもが母親に泣きつくように、私に抱きつき泣きじゃくった。

そうして彼はしゃくりあげながら言葉を重ねた。


追い詰めれば、いつかここから去るだろうと考えたのだという。

嫌なことが続けば逃げるに違いない、と。

シルは泣き虫で、小突いただけで泣いてしまう弱虫なのだから、と。

そう信じて、虐げ続けてきたのだという。


『馬鹿らしいとは、自分でもおもってるよ。

こんなことをしてもなんの得にもならない。

父上だけじゃない、姉上からも嫌われる。

でも、やっぱり許せないんだ。

ぼくだって、父上や姉上に認めて貰いたかったのに。

ずっと、シルばっかりズルいズルい、って自分の中の、子供の自分が言うんだ』


その気持ちは理解できた。

私も同じだったから。

本当に認めて欲しい人達、両親は、私に無関心だった。

筆頭聖女になってもそのことを褒めてくれることも、認めてくれることもなかった。

それなのに、なぜか親戚の子やよその家の子ばかりを褒めていた。

あの子は顔が可愛らしい。

あの子はよく気が利いて、うちの子と交換したいくらい。

それに比べてこの子は、バカだから。

目の前で、ケラケラと笑いながら言われたこともあった。

聖女の職業を得た時、筆頭聖女に選ばれた時。

どこかで、認めてくれるかなって思ってたけど違った。

せめて、


『これから国のために、人々のために頑張れ』


くらい言ってほしかった。

けれど両親に筆頭聖女になったことを伝えて、まず言われたのが、いくら給金がもらえるのか、ということだった。

次に続いたのは、こんなことになったけれど調子に乗るな、という釘刺し。


すこしくらい、褒めて欲しかった。

すごい、っていってほしかった。


社交辞令のそれで構わなかった。

嘘でよかった。


けれどほしい言葉も、表情も、両親は私にくれなかった。

フェルナンド殿下の気持ちはだからこそ、理解できた。


「…………」


彼が私に求めているのは、セレス様の、そして亡くなった母君の代わりだ。

そして私が彼に求めているのは、両親の代わりだ。

お互い納得した上での、理解した上での傷の舐め合い、そんな関係だ。

それでも初めて私をみて、必要としてくれた人なのだ。

お役目の前には、がんばれ、ルリならできるよ、と励まされた。

お役目を終えれば、よく頑張ったな、さすがルリだ、と労われた。

それが嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

ずっとほしかった言葉を、彼はくれたのだ。

誕生日が来ると、私好みの素朴なアクセサリーを手作りしたり、私が好きだといった花を贈ってくれた。

ただの村娘だった時には、そんなことなかった。

女は男に尽くすもの、と言われそれこそ奴隷のような扱いをされたことだってある。


「大丈夫ですよ、【ねえさま】は、ここにいますよ」


それに比べれば、姉の代わりがなんだというのだ。

彼は私に好意を示してくれる。

こんな幸せはない。


同時にもう一つ、フェルナンド殿下がシルを虐げ続けるのには理由があった。


虐げれば虐げるほど、国王と王女は軽蔑した目をむけてくれたのだという。

はじめて、彼を見てくれたのだという。

それが嬉しかったのだ、と彼は口にした。

とても、嬉しかったのだと。

そう、私には語ってくれた。


そして、彼はついにシルを国外追放にした。

これは前から決めていたのだという。


理由は、ほかの聖女たちからのクレームが発端だった。

でも、私は知っていた。

王女がシルを、手元に戻そうと動いていたのだ。

そしてその日はすぐそこまで来ていることが、フェルナンド殿下の知るところとなった。

同時に殿下は気づいた。


国外追放すれば、父と姉は怒りという感情を向けてくれる、ぶつけてくれる。

ずっと、自分をそうして見てくれる、と。


もちろんそれすら、本当は……。


愚かしいまでに、家族から見てもらえることを望んで、こんな形でしか叶えられなかった彼は、やっぱり可哀想な人だ。


私だけは彼のことを、その本心を知っている。


私はこの不器用で嘘つきな人を、唯一の理解者を愛してしまった。

私は、この人の盾であり、壁だ。

国の聖女ではない。

私はこの人の聖女だ。

一人くらい、そんな愚かな聖女がいてもいいだろう。

だって、私は聖女であるまえに、人間なのだから。


王女も、私のことはきっと魔女か悪女のように思っているはずだ。

悪い王子様に侍る、悪い魔女。

それでいい。

私は、この人を守れる聖女であればそれでいい。

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