第12話 所在がバレたのと、スタンピードについての口頭報告
※※※
「やはり、アーヴィスにいるか」
セレスは深く深く、それは深いため息をついた。
シルについての報告が上がってきて、ほぼ確実となったが、それに加えて新聞にその記事が載っていた。
セレスが執務机に放り投げるように置いた、【大陸国際新聞】の見出し一面にアーヴィス国で起きたスタンピード。
その顛末が記載されていたのだ。
なんと、そのスタンピードを広域破壊魔法によって止め、被害の拡大を抑えたのは少年の神官だという。
しかも、その少年神官はアーヴィス国にて聖女の代理としてお役目に励んでいるというのだ。
記事によると、男であるにも関わらず【聖女】と同じ能力を有しているらしい。
そのため、本来の【聖女】と遜色ない働きっぷりだとか。
このスタンピードの件では、魔力欠乏症となってしまったとか。
その自分の命も惜しまない国への尽くし方に、アーヴィス国の国民は胸を打たれ、彼への人気が爆上がりしているのだという。
「……あー、むり。
これを無理やり連れ戻したりしたら、アーヴィス国と戦争になる」
そうなったら、シルが敵にまわるということだ。
アレを向こうにまわす?
広域破壊魔法を一人で扱える存在を??
しかも、あのシルが魔力欠乏症になったということは使用したのは古代魔法【天の火】だろう。
記事には魔法の名称は載っていなかったので、アーヴィス国側が発表を差し控えたか、ふわっとした説明で終えたのだろうと予想がついた。
大陸全土を見渡しても、【天の火】を扱える者などいない。
かつてはシルの養母、聖女エリスが聖王国を守るために十代の頃に使用したっきりである。
無理無理。
そんなの使える人材を無理やり連れ戻すなんて、
「無理だー。
この国、もう終わりだー」
セレスは投げやりに呟く。
そうやって思ったことでも吐き出していかないとやってられない。
実際のところ、魔法使い一人の有無で国がどうこうなるなど無いのだが。
シルは普通の魔法使いではない。
一応、【聖女】なのだ。
国の盾であり、壁であり、国防の要。
しかし、シルはここに剣とか槍とかモーニングスターとかの価値が付与されてしまう。
要は国の武器だったのだ。
「それもこれも愚弟のせいだ」
そもそも、何故フェルナンドは昔からシルを目の敵にしていたのか。
見ていた限り、シルがフェルナンドになにかしたということはなかった。
なにがそんなに弟の不興をかったのか、姉であるセレスですらわからないままだ。
「昔は可愛かったのに」
母が早くに亡くなり、それもあってか弟はセレスにべったりだった。
それではいけない、と時折家庭教師にきていた聖女エリスに相談したら、
『歳も近いし、うちの子とあそばせてみる?』
と、提案された。
それが当時、エリスが引き取って育てていたシルであった。
対面初日は、とくにトラブルはなかった。
しかし、ある日を境にフェルナンドはシルを叩いたりするようになったのだ。
これではダメだ、ということになり二人の交流は無くなった。
その後、エリスが老衰で亡くなり、身寄りのないシルは一人ぼっちとなってしまった。
それをセレスが王都へ連れてきたのだ。
エリスから、
『姫様、もし私になにかあったらあの子のこと頼みますね』
と、言われていたから。
たぶん、本人は冗談のつもりだったんだと思う。
私としては、もう一人弟が増えたみたいで嬉しかったのだ。
エリスには世話になっていたし、シルは魔法の才能があるから、きっと職業は【魔法使い】だろうと考えていた。
それなら、自分のとなりで将来は補佐してもらおうという、子供ながらに図々しいことを考えていたのだ。
しかし、予想の斜め上の職業をシルは神様から与えられた。
それが【聖女】である。
セレスも、職業を調べる儀式をしていた教会側も、そしてシル自身もなんかの間違いだろうと考えた。
しかし、間違いでは無かったのだ。
シルの運命はこれで大きく変わってしまった。
だからセレスは守ろうとしたのだ。
シルを、もう1人の弟を守ろうとしたのだ。
フェルナンドの妨害で失敗に終わったが。
「せめて、手紙を書こう」
シルがアーヴィスにいるのは確実なのだ。
それなら密偵に手紙を届けてもらおう。
正面から手紙を送ったところで、検閲で引っかかる可能性がある。
そしたらノア殿下の知るところとなり、めちゃくちゃめんどくさいことになる。
セレスとしては、アーヴィス国との関係をこれ以上悪くしたくはなかった。
アーヴィス国と聖王国の国王、つまりセレスの父親は旧知の仲である。
これまでも交流を深めてきた。
父達の友情を壊したくない、という考えもあったのだ。
だから、秘密裏にシルへ手紙を送るのだ。
聖王国の現状と打開策。
シルはずっとこの国を守ってきたのだ。
だから、もしかしたらこの瘴気や魔物の不可解な変化にも気づいていた可能性が高い。
そして、シルは仕事を役目を途中で投げ出して、全てを忘れて生きていくことができるほど割り切れる人間ではないから。
だから、シルは手紙の返事をくれるとセレスは考えたのだ。
気づいていなくても、せめて助言がほしかった。
セレスも必死だった。
国を国民を守るために必死なのだ。
※※※
スタンピードの件が落ち着いて、しばらくするとようやく髪の色が戻ってきた。
「じゃあ、蘇生しに行きますか」
呑まれた村の人々、そして村そのもの。
犠牲になった冒険者、そして軍人達。
「は?」
見舞いに来たノア殿下にそう告げたものだから、変な顔をされた。
ノア殿下だけではなく、部屋の隅で控えているゴードンさんとフリージアさんも変な顔をしていた。
これは三人とも驚いてる??
「いや、生き返らせなきゃでしょ?」
「い、いやいやいや?
君は何を言ってるんだ?」
「だから、犠牲者の蘇生をしないとですよね。
死なせたままはさすがに可哀想じゃないですか。
あ、髪の毛でも指先でも残っていたら、文字通り蘇生させられますよ」
ノア殿下は、言葉を失っている。
なにをそんなに驚いているのだろう?
「確認なんだけど、君、もしかして肉塊になった人も蘇生できるの??」
「あれ?
言ってませんでしたっけ?
はい、出来ますよ。
ただ、ノア殿下の想像してる蘇生魔法と同じものを使っての蘇生かと言われると違うんですけど」
「えーと、もう一つ確認なんだけど。
君、今、村も蘇生させるって言わなかった??」
「言いましたね。
ただ、厳密にいうと蘇生って言葉はやっぱり違うんですよ。
わかりやすいかなって思って使ってるだけで」
俺は、恐る恐るノア殿下の顔を見た。
俺が聖王国で雑菌扱いされても、それでも現場に投入され続けていた理由が、これだ。
「……俺はこの国で、【聖女】の仕事とお役目を任されてるわけですから、それらを果たさなければならないんです。
なら、力を惜しんでちゃダメでしょう?」
「それは、ありがたいが。
けれど、そんなことが本当に出来るのか?」
「出来ますよー」
「いや、だって君、そんなのは」
続く言葉は予想がついた。
だから言われる前に、言う。
「そう、全知全能の神々の頂点に君臨する、創造神の力です。
【円環回帰魔法】と呼ばれる魔法です」
「神話にしか登場しない魔法じゃないか!
なんで、君がそんな力を?」
「さぁ?」
「さぁ、って君」
「だって職業を調べる儀式の時に、能力も調べたらくっついてたんですもん」
「いや、そんな、雑誌の付録かなにかみたいに言わないでくれる?」
「だって言わないと、ノア殿下、これから俺がやること誤魔化してくれないかなって思ってですね」
「…………」
職業のことは絶対に言わない。
ここの人たちからも気持ち悪がられたら、心が折れるかどうにかなってしまいそうだからだ。
【円環回帰魔法】は聖王国ではよく使っていた。
そして、フェルナンド王子は嫌そうなかおをしながらもこの魔法を使うよう命じることが多かった。
俺しかつかえなかったから仕方ないけど。
今更ながらに考えると、嫌そうというより不気味なものを見る目だったのかもしれない。
どこか演技じみていてわざとらしかったな。
「わかった。
誤魔化す。
けれどもこの魔法については、他言無用だ。
いいね?
俺以外に、この事を知っている者は?」
「前の職場の人くらいです」
主にセレス様とフェルナンド王子だ。
セレス様は国のために、フェルナンド王子は俺の手柄には絶対にしたくないので他言することはなかった。
そういや、あの人『天の火』のことも言わなかったんだよな。
教会の人達から聞いてたはずなのに。
言えばよかったのに。
そうしたら、とっくの昔に危険魔法を使えるってことで牢屋送りにできただろうに。
それこそ国外追放する理由にもなるだろう。
能力の封印処置をするとかして放逐できたはずのに。
国王様とセレス様が言わなかったのはわかる。
ほんと、なんであの人言いふらさないし、能力の封印処置もせず、俺のこと追放したんだ。
謎だ。
「では、ここにいるフリージア、そしてゴードン、俺。この三人だけの秘密にしよう。
これは、知られる訳にはいかない。
君自身も誰にも言わないように」
「珍しい魔法らしいですしねぇ」
ノア殿下の顔に、そうじゃねぇ、と書いてあった。
「あ、あの、その魔法は使っても大丈夫、なのですか?」
フリージアさんが、おずおずと聞いてくる。
「その、また髪の毛が真っ白になったりとかしませんか?」
魔力欠乏症を心配しているらしい。
「あぁ、大丈夫ですよ。
ちゃんとセーブするので。
そうじゃないと、仕事が滞るので。
スタンピードの時は、緊急事態でしたし。
それに……」
これは、まだ報告していないことだった。
いい機会なので、今伝えることにする。
「あのスタンピードは、異常でしたから」
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