第11話 魔法でスタンピードをぶん殴って国を救う話

シルについてゴードンから報告を受けたノアは、近いうちに彼と面談をした方がいいな、と考えた。

そうした話し合いの場を持つことで、不満などの洗い出しができるからだ。


そんな彼のもとへ、別の報告が届く。

アーヴィス国と他国との国境にあたる山脈にて、魔物の大量発生が起こったというのだ。

これは、別件でそちらに居合わせた冒険者達からの情報であった。

魔物たちは暴れ狂いながら、アーヴィス国へ向かっているとのことだ。

冒険者達は異常事態だとすぐに理解し、アーヴィスの冒険者ギルドへ報告へ戻った。

そこからギルドマスターが、おそらくスタンピードだと判断。

王宮へと報告が上がったのである。

アーヴィスには何組かハイランクの冒険者、あるいは冒険者パーティがいた。

彼らが事態を収拾すべく平原へとむかったとの、追加報告も来た。


冒険者たちが対処できなかった場合、軍を派遣することとなる。

だいたいは、広域破壊魔法が使える者が所属している冒険者パーティ達だけで対処できる。

しかし、時折あるのだどうしようもできないスタンピード現象が。

今回は、それだった。

最前線にて、魔物達を食い止めようとした冒険者パーティは全滅。

軍の派遣が決定した。


通常なら、農村部もだが、首都や主要な街には結界があるから被害は出ないだろう。

そう、通常なら。

今回は、本来なら被害が出ないはずの農村部が、呑まれている。

つまり、結界による弱体化が効かないスタンピード現象なのだ。


こういうことは、稀にある。

念の為、これから呑まれるかもしれない農村部から人を避難させようとするが、動きたくないという者も少なくなかった。

そうしているうちにも、魔物の群れは迫りあっという間に呑まれてしまった。


軍もスタンピードを止めるため派遣されたが、壊滅したとのことだった。


※※※


「なんでもっと早くおしえてくれなかったんですか!!」


瘴気による重症者の回診にきていたのだが、そこでフリージアさんからスタンピードの発生を告げられた。

ちょうど重症者の人達を見終わったところだ。

なので、すぐに俺は城にむかって走り出した。

そんなと俺にフリージアさんが並走してくる。


「どこに行くんですか!!

いますぐ屋敷にお戻りください!!」


屋敷に戻って、ノア殿下の指示を待てということらしい。

城もあるこの首都にはとくに厳重な結界が張ってある。

だからスタンピードだろうと跳ね返す。

被害は出ない。

そんなのわかりきっている。


「これ以上被害を出す訳にはいかないでしょう!」


「だからといって、シル様になにが出来ると言うのです!」


スタンピードは、それが収まるまで待ってからしか出来ることがない。

冒険者でも、軍でも止められない。

そんな災害には、いくら聖女であろうとどうすることも出来ないのだ。

それは、聖女と同等の力をもつ俺でもおなじである、とフリージアさんは言いたいのである。

言い分はわかる。

普通はそう考える。


「スタンピードを止めるんですよ」


「え?」


俺は真っ直ぐにこの首都で一番高い建物。

城の尖塔へと急いだ。


――――――――




――――




――……


俺は途中で家々の屋根へと跳んで、そこから城に向かって走った。

城についてすぐ、


「シル様?」


訝しむ官僚たちの声は無視して、身体強化をして城の外壁へとさらに跳び走った。


「シルさまぁぁぁあ!!??」


なんか素っ頓狂な声でフリージアさんに名前を呼ばれた気がしたが、今は無視しておく。

スタンピードを止めるためだ。

外壁を走ってのぼり、一番高い尖塔へ立つ。

それから周囲をぐるりと見回した。


「あっちか」


首都よりはるか先。

まだ昼だと言うのに、闇がこちらへ迫ってきていた。

特大の瘴気だ。

おそらく向かってきてる魔物達を狂わせ、纏わせているものだろう。


「あぶないですよー!!

降りてきてくださーい!!

い、いや、やっぱりそのままで!!

落ちたら大変なので!!

いま、飛竜隊の方が行きますので、そのままジッとしていてくださいねー!!」


はるか下から微かにフリージアさんの声が届く。

あとで叱られるだろうなぁ。

外壁、蹴っちゃったし。


でも、今は……。


俺は迫り来る闇を見つめる。

見つめながら、印を組み古代語で呪文を唱える。

魔法を展開、発動する。


あっちの方にはほとんど農村はなかったはずだ。

あっても距離からしてすでにスタンピードに呑まれているのは明白だ。


本当は色々確認してからやりたかったけど、時間の猶予はない。


※※※


フリージアは、その光景を見つめた。

フリージアだけではない。

城に勤める者たちが何事かとやってくる。


「シル……様?」


フリージア達が見つめる先では、シルに魔力が集まっていく。

それらはシルを包み込む。

黒だった彼の髪は金色に、瞳は空色へと変わる。

シルが、神聖な何かに変貌したように見えた。

印を組み、呪文を唱えているのはわかった。

しかし、魔法については素人のフリージアには何が起きてるのかはわからない。


「あ、あれは、もしや」


と、近くにいた学者らしき男性が驚きで声を失っていた。


「なんなんですか、あの魔法?

魔法、ですよね?」


フリージアがその男性へ問うのと、シルが光り輝く弓を手にし、狙いを定めて矢を放つ動作をするのは同時だった。

矢は雷を纏って真っ直ぐに、スタンピードが起きている方向へ飛んでいく。


「古代の広域攻撃魔法だと思われます。

通称【天の火】と、呼称されている攻撃魔法です。

本来なら、最低五人の術者で発動するものらしいのですが」


男性の言葉の途中で、轟音と激しい地響きが伝わってきた。


雷が落ちた時のそれに似ていたが、それよりもずっと大きな音と地響きであった。

矢が飛んで行った方を見れば、巨大な黒煙が立ち上っていた。


※※※


ほどなくして、フリージアさんの言っていた飛竜隊の人が尖塔にやって来た。

その名の通り、飛竜に乗って飛んできたのである。

俺は彼らによって、尖塔から降ろされた。

そんな俺を見て、フリージアさんが悲鳴じみた声を上げた。


「どうしたんです、その髪!?」


近くにあったガラス窓で確認すると、俺の髪は真っ白になっていた。


「あー、この魔法使うといつもこうなんです。

魔力消費量がえげつなくて。

簡単に言えば……」


俺の説明は、別の人に取られた。


「魔力欠乏症起こしてるじゃないですか!!

すぐに横になって!!

死にたいんですか?!」


その場の全員によって、俺は地面に寝転がされてしまった。

髪の毛が脱色するのは、魔力欠乏症の症状のひとつなのだ。

魔力欠乏症の怖さは誰でも知っているらしい。

下手すると死ぬ可能性があるからだ。

ふらついて、転んで、頭を打って亡くなる人が多いのである。

魔力が無くなって、最悪マイナス値をたたき出しても死にはしないが、頭を打ったら死ぬ可能性は高い。


髪の毛全部がまっしろになったか。

これは、残量ゼロを通り越してマイナスを示しているのだ。

ちなみに、マイナス値となっても死なないのは体が勝手に体力を削って魔力を補おうとするからである。

だからふらつく。

ふらついて、倒れ、頭を打つことがある。

打ちどころが悪ければ、そりゃ死ぬよねという話なのだ。

あと、虚弱体質で体力がない人は普通に死ぬ。


すぐに担架が運ばれてきた。

俺は城の医務室行きとなってしまった。

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