第10話 短期間で人気者になったらしい


※※※


シルはラテマで消息をたっていた。

ラテマでは魔物による災害があり、それをどこぞの国からお忍びで訪れていた聖女が解決した、とのことだった。

超巨大な【聖なる矢ホーリーアロー】が出現し、暴走するリヴァイアサンが貫かれ、海に押し戻され沈んだらしい。

【聖なる矢】は基礎中の基礎魔法だ。

しかし、極めれば魔力の量によっては広域破壊魔法にも匹敵する。

そして、この魔法を好んで使う人物を、セレスは知っていた。

以前、竜の大量発生により、聖王国が危機に陥ったことがある。

空を覆い尽くすほどの竜の群れ、これを全て【聖なる矢】で薙ぎ払ったのが、シルだ。


シルの魔力は底を知らない。

限界が無い。

まさに無限大だ。


だから、竜の大量発生時に出た多数の犠牲者も蘇生魔法を1回使うだけで救うことができた。

だというのに、その時点ですでに愚弟が流したシルの事実無根な悪評が国民に広まっていた。

国民が感謝したのはシルではなかった。

筆頭聖女ルリを含めた、ほかの正式な聖女達だ。

ルリなど、あの時は愚弟のもとにいて何もしていなかったのに、救国の英雄扱いとなった。

シルの功績は全てルリに奪われ続けていた。


「……戻ってくるわけ、ないか」


頭を下げたところで、自分を虐げてきた国にシルが戻ってくるはずはない。

そんなのすぐに予想がついた。

けれど、どんなにクソな国でもセレスの守る場所なのだ。

だから、なにがなんでもシルを連れ戻さなければならない。

調査資料を読み直す。

ラテマでの港町の騒動のあと、今度は別の場所で魔物の災害が起こったらしい。

これにも、ラテマで事態を収拾した聖女が関わっているとされている。

やはり名乗り出なかったらしいが。

その災害の直後、アーヴィスから聖女派遣の要請のために訪れていたノア殿下たちが、見知らぬ少年神官とともに行動していたことがわかった。


「最悪だ」


シルのことがアーヴィス国にバレたのだ。

アーヴィス国は聖女を欲している。

そして、シルは誰よりも聖女の仕事を理解している。


けが人や死者がいれば癒すし、蘇生する。

治癒や回復魔法だけなら、神官が使っていても不自然ではない。

けれど、蘇生魔法は違う。

あれは聖女にのみ使用できる魔法だからだ。

これはセレスのただの想像だが、おそらくノア殿下たちに蘇生魔法を使っているところを見られたのだろう。

ノア殿下たちは、聖女を探していた。

本来、聖女にしか使えない蘇生魔法を使える者は、使用者が女性なら確実に聖女だとわかる。

では、男性ならどうだろう?

職業が【聖女】である、と結びつけるかどうかはわからない。

けれど、聖女と同等の存在であるという考えに至っても不思議ではない。

蘇生魔法を使えるものは聖女であり。

聖女は国の結界を張ることができるし、聖石の点検も出来る。

逆に言えば、蘇生魔法が使えないと国を守る結界を張ることもできないし、聖女の点検も出来ないのだ。

これは魔力の種類が違う考えられているが、わかっていない。


とにかく事態は最悪な方向へ転がりつつある。

どうにも、瘴気や魔物の様子がおかしいのだ。

セレス派の聖女達もこまめに聖石の点検を行い、結界の張り直しをしていた。

だから、愚弟派の聖女達に比べれば仕事が出来るのだ。


しかし、現実は被害者が出ている。


魔物が凶暴化しているのだ。

冒険者たちでさえ、最近では討伐依頼での犠牲者が増えていると聞いている。


「いったい、何が起きてるんだ」


※※※


「シル様の様子がおかしい、ですか?」


フリージアからの報告である。


「えぇ、オーバーワークはなんとかお止めできてるのですが。

先日から、なんというのでしょう。

心ここに在らず、といった感じでして」


フリージアは詳細を報告した。

二人の仕事は、シルの身辺の世話と護衛である。

ノアからは女性でこそないものの、聖女と同等の力を持つ稀有な存在だと説明を受けていた。

世界は広いので、まぁそういう存在もいるだろう、と二人はこの説明にも納得した。


稀有な存在はいるところにはいるのである。

そのことを二人は知っていたのだ。

シルはしっかりと聖女代理としてこの国を守ってくれている。

いったいどこで見つけて連れてきたのか。

しかし、たった1ヶ月未満であるがシルの存在は、このアーヴィスには無くてはならないものとなっていた。

寝る間も惜しんで身を粉にして、国の、国民のために尽くす少年神官はあっという間に大人気となったのだ。

彼が来てから、瘴気や魔物による被害は著しく低下した。

それによる不要な死者の数も激減している。

なんなら、シルによる土地の浄化によって、農作物が昨年よりも豊作だときいた。


そんなわけで国民のなかでは、聖女はいらないからシルがずっとこの国にいればいい、という考えが広まっている。

万が一、シルが他国へ行くようなことがあれば国内で暴動か戦争でも起きかねない。

しかし、後進を育てない訳にはいかないので、これにはさすがの王室も苦笑していると噂にきいた。


後進に関しては、【聖女】の職業を持つものを儀式によってでしか調べられない。

さらに、アーヴィス国では【聖女】の職を持つものが珍しいのだ。

急逝した聖女ですら20年ぶりの出現だったのである。

その前、先々代はその時にはすでに80歳を超えていて国も焦っていた。

急逝した聖女は二十歳でその命を落とすこととなったのである。

それでも十年間、彼女は立派に役目を果たしてくれていた。

シルはシルで人気があるが、急逝した聖女の人気も未だ衰えていない。

それぞれのありがたさを皆理解しているのである。


そんなわけであるから、後進がそもそも見つかっていないのだ。


シルはよく国に、国民に尽くしてくれている。

それを労うために、近々慰労パーティーが開かれるということだ。

主導しているのはノアと、二人はしらないことだったがシルに命を助けられたノアの部下たちである。


「なにか、きっかけのようなものはありませんでしたか?」


疲れが溜まってきているのだろうかとも考えた。

なにしろ、休むよう促しても働く。

無理やり休ませると、なぜか仕事のようなことをして時間を潰す。

彼はまだ十代半ばの少年だ。

この国にいた聖女達も、あの年頃の頃はお勤めを果たしつつ、それでも年相応の青春を謳歌していた。


先代、急逝した聖女だってそうだ。


けれどシルは、まるでそれが存在意義だとばかりに働き続けている。

あのような生活を続ければ、いくらポーションや治癒、回復魔法を使ったとしてもいずれ身体を壊してしまう。

今は若さで何とかなっているようにしか、ゴードンには見えなかった。


「きっかけ、ですか」


フリージアは思い出す。

シルの様子がおかしくなったのは、ここ一週間のことだ。

一週間前、何かあっただろうか?

やがて、ふるふるとフリージアは首を横に振った。

いつも通りだった。

とくに何も変わったことはない。


「では、些細なことでかまいません。

シル様が、なにかいつもとちょっと違うな、という行動などはありませんでしたか?」


「そう、ですね」


なぜか隠れて携帯食料を食べようとするのはいつものことだし。

早朝の聖石の確認もいつも通りだ。

あとは、


「あ、食べるご飯の量が減りました!

あと、読む新聞の数が増えました」


ここへ来た時より食べる量が増えたので安心していたのだ。

シルは、あの歳の少年にしては痩せすぎていたのである。

だから食べる量が増えて、体重も少しづつ健康を維持する重さに近づいていたので安心していたのだ。

しかし、ここ最近は料理の量を少し減らすよう頼まれていた。

残すのは勿体ないから、と。


「それは、心配ですね。

やはり心身に負担がかかっているのでしょう」


食事というのはとても大事なのだ。

同じく睡眠もだ。

シルはなにかに熱中すると寝食を忘れることがある。

なので、それらの管理も二人は、シルの負担にならないよう配慮しつつ徹底して行っていた。

慣れない国、慣れない環境下だ。

気をつけていても体調を崩すのはありうることである。


「一度、ノア殿下にも報告しておきましょう」


シルはノアの管理下にある。

報告しないわけにはいかないのだ。

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